mukan's blog

つれづれなるままに ひぐらしPCにむかいて

幸運に恵まれた北岳でブロッケンを観る

2015-07-31 15:29:10 | 日記

 28日の出発は、いつもの日帰り山行と違って、ゆっくり。夕方4時ころに登山口の山荘に到着する予定。正午ちょっと過ぎに甲府に着いて、参加の皆さんと合流。まずバスの切符売場で時刻を確認したところ、12時発がすでに出ていて、つぎは2時発の最終便。私が調べたのは、プランニング時点の冬タイムのものであったようである。鉄道の時刻表もそうだが、近頃こういう変更に何度か出くわしている。現地の運航が状況に対応して柔軟になっているのか。

 

 そのおかげで、駅ビルのチェーン・レストランに入ってゆっくりとお昼。現地でバスを降りてから5分ほどしか歩かないとあって、ビールを飲む人、甲州なのでワインを傾ける人、優雅な山行の入口となった。陽ざしは強く、気温は35度を超えている。

 

 バスは25人乗りくらいのマイクロ、車掌もついて昔風に切符を切り、出発地・行き先・料金の該当箇所にカチカチカチと鋏を入れる。座席の無い人も3人ほど乗る。芦安村の駐車場から先は、一般車は入れない。標高1400mの夜叉神峠のトンネルを抜けて野呂川左岸を500mほど下方に見ながら、うねうねと山肌に沿って45分も走る。道は一車線分しかなく、ところどころにすれ違うための余地がしつらえられている。小さなトンネルがいくつも抜け、両側からかぶさるような樹林の中を走る。いかにも山に来たという気分がすすむごとに増してくる。

 

 ほぼ2時間で広河原に着く。その先の北沢峠へ向かう人たちは、甲斐駒ヶ岳や仙丈が岳を目指すのであろう、ここでバスを乗り換える。私たちは、野呂川にかかる吊り橋を渡り、広河原山荘に入る。すでに、山荘前のベンチやテント場や河原に向かう広場には、たくさんの人がくつろいでいる。テント場にいるのは若い人、山荘に止まるのは年配者たちと、おおむね年齢層が別れている。若い人がこんなに多いんだと、登山離れを忘れてしまいそうになる。ただ、小学生の姿は見えない。それだけ、北岳が地味な山なのか、2番目じゃだめですかとあの国会議員のように小学生に尋ねたくなる。

 

 山荘の3階の部屋は、16人定員のところに10人。これくらいで、まずいっぱいという感じ。定員通りだと、身体の幅をとるのがやっと、寝返りを打つこともできないし、夜トイレに行くときは足を踏んづけなければならない。山荘の夕食には、カップワインが1杯ずつ付く。そうか山梨かここは、と思う。気温は20度くらいだろうか。寒くはないし、むろん、暑くはない。水は美味しい。ここで、のんびり本を読みながら過ごすのも、悪くはない。まさに避暑地だ。

 

 29日、朝4時起床。4時半朝食。15人くらいの団体さんが小屋の前で記念写真を撮るのを頼まれ、それと引き換えに、私たちも珍しく記念写真を撮って、5時30分過ぎに出発。一日晴れの予報だったのが、曇りに変わる。これはありがたい。暑い陽ざしに体力を奪われると、高度が高いだけに呼吸にも歩行にも多大の影響をもたらす。曇り空くらいがちょうど良い。

 

 二俣までは大樺沢沿いの2時間半の行程。標高差は700m。樹林の間を歩く。道中に花がたくさん咲いている。花の名前を良く知っている一人が、聞かれるとなんだかだと教えてくれる。片っ端から撮影するが、そのうち面倒になって、手を抜くようになる。タマガワホトトギス、キツリフネ、ジャコウソウ、ノリウツギ、シモツケソウ、レンゲショウマ、ソバナ、ヤマホタルブクロ、ヤマハハコ、キヌタソウ、名前のわからない木の一カ所に二つ付いた赤い実、オオカメノキの赤い実も美しい。センジュガンピ、ウメバチソウ、クガイソウ、ハバヤマボクチ、オヤマボクチの緑の花、グンナイフウロ、カラマツソウ、バイカウツギ、サワギク、カツラの実が小さいバナナの実のようで面白い。クモキリソウ、オドリコソウ、クルマユリが頭のすぐ上に赤い花をつけて垂れ下がる。オトギリソウの仲間か、ハクサンフウロも顔を出す。この後も花がいろいろとでてくるが、私のカメラに収めたのが58種類、名前のわからないものが何種類かある。

 

 御池小屋から二俣へほぼ等高線沿いにトラバースして、ここから大樺沢を八本歯のコルへ登る人もいる。私たちはここからぐいぐいと標高をあげて、このたくさんの花が、二俣から肩の小屋までの標高差800mの急斜面の登りの気分を和らげてくれる。このダケカンバの森を抜けると広いお花畑に出る。標高は2600mの少し手前。出発してから4時間、朝食を食べてから5時間経っている。ここでお昼にする。山荘で作ってくれたおにぎりの大きいのが二つ。「塩を使ってないわね」と、塩分が欲しい声が上がる。梅干し二つと沢庵二切れ。「これで800円じゃ、高い」とも。先ほど抜いた先行者が先へすすむ。ここから標高2750mまでに広がるお花畑には、マルバダケブキ、イブキトラノオ、タカネナデシコ、エゾシオガマ、ミヤマハナシノブ、ヤグルマソウ、オトリギソウ、アキノキリンソウ、トリカブトの仲間、イワオウギ、キンポウゲ、コゴメグサの仲間、バイケイソウの緑の花が後ろに立ちあがる稜線に視線を誘うように上へ伸びている。ハクサンチドリもポツンポツンとある。シナノキンバイが群落をつくっている。ヨツバシオガマの脇に、ピンク色の花をつけたなんとかチドリがある。あとで調べてみたら、手形チドリだった。ウサギギクが2輪鮮やかな黄色の花をつけて背伸びをしている。キバナノコマノツメというスミレの仲間が黄色の花をつけている。標高2800mになるとハイマツ帯に出る。ハイマツの花が咲いている。はハクサンイチゲやチングルマがそちこちに花をつけている。コケモモが岩陰に楚々として小さな花を下に向けている。標高1950mの小太郎からの合流点でルートは大きくカーブする。そのざれた稜線の広いところにたくさんに人が座り込んで、休んでいる。アオノツガザクラが白緑の花をつけて群れを成している。ミヤマヤハズハハコがこれから咲き始めるぞという気配の先端が赤い蕾を開きかけている。ミヤマクワガタが、他の背の高い植物を風よけにしているかのようにして咲いている。

 

 まだ11時にならない。「このままだと12時前に着いちゃうよ」「早く着いたら、どうしよう」という。だが、5時半発で行程6時間を歩くのだから、11時半についてちょうどコースタイムだ。お昼をふくめて12時なら、結構な歩き方と言わねばならない。風が吹き抜けて寒くなる。「身体を冷やさないように、行きましょう」と歩き始める。ツメクサの仲間だろうか、何種類かのちがった白い花が岩の間に広がる。トウヤクリンドウがある。山頂の方は霧がかかる。「ハイマツに霧となればライチョウですね」というと、目を皿のようにして、ライチョウ探しが始まる。チシマギキョウ、クロトウヒレンなどが、砂礫のざれ場に花をつけている。後ろから来た半ズボン姿のガイジンが「ライチョウいましたか?」と声をかけて追い抜いていく。霧の中に消えていくその姿は、寒くてふるえそうだが、彼は平気なようだ。身体の出来が違うってところか。岩場を越えたところで、向かいから来た若い4人連れとすれ違う。ライチョウをみた、という。「間の岳と北岳の間、子ども4羽を連れていた」といって、i-padを開く。目に焦点のあったライチョウの親鳥やひな鳥がそれぞれ一羽ずつも映っている。「いや、ラッキーでしたね。いい写真ですよ」というと嬉しそうに、何枚も撮影したと指先を右から左へ何度も動かして画面を見せてくれた。彼らはこれから広河原に降りるそうだが、4時前には着きそうだ。

 

 12時ころに小屋に着いた。標高3009mの肩の小屋。すでに小屋前のベンチに座って、宴会を開いている人たちもいる。手続きを済ませ説明を受ける。雨水は1リットル100円、飲み水は500ccのみねらるウォーター400円というのに目をむく。部屋に入る。汗に濡れた服を着替えて、荷物を片付け、このまま寝たら、夜寝られないよというので、外へ出る。寒いほど。羽毛服や雨具やフリースを着る。北岳の方へ登ってみようとするが、上は雲の中。降りてくる人たちも「なにも見えない」という。また部屋に戻って、4時45分の食事タイムまで横になってのんびりする。どやどやと男たち6人組が上がってくる。下で「左奥」と彼らに指示している声が聞こえ、私ともう一人は、すぐに自分たちの指定場所へ移る。ところが先頭で登ってきた人は、右側の部屋へ入る。右側の人たち10人ほどは下へ降りていて誰もいない。上がってきた人たちは「狭いなあ」などとにぎやかにおしゃべりしながら荷物を広げている様子。しばらくすると、小屋の従業員らしい女の人をともなって上がってきて、下へ移るかどうかと話しをしている。私たちの左の部屋へあとから来た人たちが入ればおさまるだろうが、こちらの部屋を覗き込みもしない。結局初めに右の部屋へ入っていたグループが全員下に降りることにして決着した。おかげで私たちの部屋は、13人定員のところ6人で過ごすことになった。

 

 4字45分の夕食を済ませて、外に出ると「水場」という表示を見つける。「往復30分」とある。テント泊に人たちのための水場だろうか。これなら降りて顔を洗って歯をみがいて顔を洗って帰ってきてもいいかなと、散歩代わりに水場へ行ってみることにした。テント場を過ぎて東斜面を下りはじめる。右の方に沢があるようだが、水が取れるのはウンと下の方だ。降りはじめでMrさんは断念しア。他の人たちはついてくる。ジグザグに道は下る。そろそろ沢へ寄ってみるかと私はざれた岩礫と岩を伝って沢へ降りる。だが、水を受けて流す鉄製の樋が乾いているだけ。水はちょろとも出ていない。ジグザグを下ってたKhさんが下の方にそれらしいものがあると声をかけてくれる。私は元へ戻らず、沢沿いの癌礫を伝って降る。滑りそうだし、岩雪崩を起こしていっしょに崩れ落ちてしまいそうな感じだ。なるほど、Khさんは目がいい。たしかに樋があって、水が出ている。ちょろちょろと。そこで水を汲み、歯を磨き、顔を洗い、Mrさんのペットボトルをいっぱいにして登りはじめる。飲んだ水の量よりも汗で流した量が多いのは、間違いない。標高差150mほどを登った感じだ。

 

 7時前には床に入ったが、8時半の消灯までうつらうつら。いつしか寝入って、一度目が覚めたのは11時半、つぎに2時ころ。つぎに気がつくと4時を過ぎていて、電燈は灯り、皆さん着替えもしている。起きて着替え、荷物を整える。4時半には荷物をもって下に降り、5時の食事のあとにトイレを済ませたら、すぐにでも出発しようと皆さんは構えている。標高3000mの空気の薄さが全く身に応えていない様子にホッとする。薄明るくなってきた。富士山が見える。鳳凰三山が見事に黒くシルエットをうかばせている。地蔵岳のオベリスクがすっきりと姿を立ててみせる。北の方には、甲斐駒ケ岳が、東には仙丈岳の黒い姿が屹立する。八ヶ岳の南部分は雲に覆われているが、北の蓼科山は独特の姿を独立峰のように現している。4時40分頃から並び、5時10分前に始まる朝食を頂く。夕食は7分で済ませた。朝食はその記録を抜くかなどと言いながら、ほぼ完食。体調はいいようだ。

 

 5時20分出発。雨着の上を羽織ったまんまで歩くのは暑かろうと、脱いでしまったが寒くはない。雲が取れて渓部分が黒々と深く、陽の当たるところに山の陰が映る。「影北だよ」と影富士をもじっていうが、ウケない。大きな岩場になる。つかむところに不自由はしないが、浮石があって危なっかしい。と、ガラガラと音がして、大きな岩がKhさんの足元に落ちている。痛めたかなと思ったが、Khさんは慎重に足を動かして、その大きな岩を両手でつかんで落ちないところ置く。あとで聞いたことだが、Khさんの先を歩いていた人ががさりと岩を落としてしまった、という。ずいぶん雑な歩き方をする人だと思っていたら、がさりと大きな岩を蹴飛ばして登り、それがKhさんの後ろを歩いていたMsさんに顔にぶつかりそうになった。Khさんはすぐに両手でその大岩を向こうへ押しやって岩壁に押し付けて落下の流れをずらし、足元へと落としたという。さすがに落とした人も気づいたようで、Khさんが上へあがってくるまではとどまって事態を確認していたようであった。やれやれ。これで怪我でもしたら、下山そのものが難しくなる。先行者と少し距離を置いて歩くようにする。

 

 山頂手前の岩場を歩いていると、西側に雲がかかる、東側から朝日が差し込む。「あっ、ブロッケンだ」と誰かが声をあげる。両手をかざすと、雲に我が姿の陰が映って両手を挙げ、手を振ると手を振る。虹色の後光が差している。ウホ―と声をあげる。山頂は雲の中だ。ここでしか見られないかも、とカメラを出して撮影する。後ろから来た高齢者2人連れが、「えっ、なんていうんですか」と聞く。「ブロッケン現象」と応えて、また手をかざし振る。「こんなものがみられるなんて、これだけで北岳に来た甲斐があった」と、後続の高齢者は喜んでいる。第一峰の山頂部を通り抜け、主峰に着いたのは6時5分。30分のコースタイムのところを45分かけて小屋から登っている。先ほど山頂を覆っていた雲は取れ、周りは360度見晴らせる。まず、記念写真を撮る。最後に他の方にお願いして、全員の記念写真を撮る。陽が昇りすぎて鳳凰三山は明るくシルエットがはっきり見えなくなる。甲斐駒や仙丈が岳は黒々した姿を変えて、カールもはっきりと見分けられる。2,30人は居たろうか。そこへ、北岳山荘の方から高校生たちがやってくる。総勢26人、東京工芸高校の生徒たち。今どき山岳部にこれほどの人数がいるのは珍しい。そのうち8割は女子という感じだ。しかも「東京A」とか「東京B」と表示してあるから、インターハイに出場したのであろう。聞くと、甲斐駒ケ岳に登り、昨日北岳山荘にテントを張り、今日これから広河原に向かうという。教師らしき人は3人。たいへんだろうなと思うが、生徒たちは「やったぞおー」と言いたそうな喜びようだ。続々と北岳山荘の方からもやってくる。私たちも25分もいたから、席を空けることにする。

 

 6時半、下山開始。10時20分に間に合わせることはしないから、ゆっくり降りましょうと岩場を折りはじめる。難しいところはないが、すれ違う人が多い。岩場が終わるところが、八本歯のコルへの分岐だ。そこからお花畑がはじまる。キタダケソウが群落をつくるところだが、一月前に終わっている。変わってハクサンイチゲ、チョウノスケソウ、ウスユキソウ、キンロバイ、イブキジャコウソウなどが咲き乱れる。名前のわからない白い花もある。ルートが山荘への分岐に着くと後は、岩場になる。一人高齢者が座り込んでいる。どこをどう歩けばいいか迷っていて、お先へどうぞという。岩につけられたマークは薄くなってわかりにくい。大きな岩ばかりのところをひょいひょいと伝って歩くのは、慣れない人には怖いだろうなと思う。岩が終わるところから梯子を伝い、八本歯のコルに至る。その先は梯子が断続し、登ってくる人とすれ違い、ぐいぐいと標高を下げていく。下から見上げると北岳バットレスが大きな岸壁を起ち上げて聳える。すごいなあ、と声が出る。

 

 大樺沢の岩礫帯に出ると登山道も広くなり、すれ違う不都合もなくなる。若い人たちが結構多い。中学生を交えて高校生の合宿が上ってくる。私立の学校なのだろう。16人と聞いたが、それも人数は多い方だ。上級生が大きな荷物をかついでいる。中学生からすると「神様」にみえるに違いない。1時間歩いたところで一休みする。下の方に雪渓が見える。上ってくる人は、私たち下山組の顔をみて、「羨ましいなあ、いい顔をしている」と声をあげる。Kwさんが「なら、降りれば……」とヤジで応える。でも、この暑い陽ざしのなかを登るのはたいへんだなあと、Khさん。昨日の私たちはほんとうにラッキーであった。

 

 雪渓の上部に着いた。せっかくもってきたのだから、アイゼンで楽に下ろうよと、雪渓に乗り出す。MrさんとMsさんは雪の上でバランスがとりにくいと、腰が引ける。と、アイゼンが利かなくなり、滑る。Khさんにぶつかってとまる。もう一人はずるずると滑りはじめてとまらない。Khさんが駆け下りて、下で止める。「滑ったのは楽だった」と後で感想をしていたが、2人はそこで雪面から降りてアイゼンをしまった。雪渓はすっかり地面についていて、融けて落ちる心配がまったくなかった。残りは楽ちんな下りを楽しんで、下で二人を待ち受ける。9時15分、二俣に着く。ここから2時間ほどのコースタイム表示がある。私がみたガイドブックでは1時間半だが、2時間ほどが妥当だろうと読む。

 

 しかしここから、脚の下肢が脱力するような不安定を感じるとTさん。後ろを歩くよりは先頭を歩かせてと、とつとつと歩度をすすめる。もう花をみて愛でる元気はない。い仰がなくても11時半には着けるから、とゆっくり行くように言う。途中、脚を冷やすスプレーをかける。二度目に休んだときには、流れ落ちる沢の水に浸したタオルで下肢のひざ部分を冷やす。これはずいぶん聞いたようだが、それでも歩いていると、不安定さはほぐれない。当人にとっては這う這うの体であろうが、出発した山荘に着いた。11時40分。出発して、6時間20分。いい歩きであった。水場で顔を洗い、水を補給して、広河原のバス停に着き、すぐにバスチケットを購入し、甲府行きの列に荷物を置く。よく冷えた車内で、うつらうつらしていたから、それほど長い時間かかったようには思わなかった。

 

 甲府に着いたのは、2時40分。近くの「ほうとうの店」に入り、「かぼちゃのほうとう」をいただき、特急あずさに乗ってさかさかと帰還。よく無事に、3000m峰へ登ってきたものだと、安堵している。こういうことはこの後、そう何度もあるまい。