「そういえばアユミは何歳?」
「何歳に見える?」
「うーん、ハタチぐらいか?」
「19だよ。サントスは?」
「何歳に見える?」
うーむ。仕事してるってことは・・・でも若く見えるな・・・でも外国人って若く見えるかもしれないし・・・あんまり少なく見積もると失礼か?
「24かな?」
「22さ」
「僕はね、今まで色んなところで仕事をしたことがあったんだ。」
彼は自分の人生の話を、聞いていないけど勝手にどんどん始めた。
物凄く長い話を、物凄く早い英語で、沢山の伏線で、話し続ける。
「大学でフランス語を専攻してたんだ。だからフランス語の通訳をしてる。僕のお父さんはブッダガヤの僕の町で一番ぐらいに優秀だったんだけど、僕の家はとても貧しかった。お父さんはいつも誰かに物をあげてしまうんだ。だから僕はひもじい想いを何度もして、お父さんを恨んだこともあった。だけど、持っているものを人にあげるということは当たり前のことだと気づいたよ。僕の家には毎日違う人が泊まっていた。チベット僧もずっと住んでいて・・・僕の家はとても仏教に対して信仰深いんだ、だから僕はチベット語を習った。それから、僕はあるとき旅行会社のオフィスで仕事をしていたことがあった。そのときにも日本人のお医者さんと仲良くなったんだ。その人は僕とオフィスで話した次の瞬間に僕を突然抱きしめて、"君の事を気に入った、君に世話してもらいたい"と言ったんだ。彼はその後も何人も友達を僕のオフィスによこしてくれた。だけど彼は交通事故で亡くなった。僕はショックだった。大事なビジネス相手をも失ってしまったしね。
カズヤっていういい友達もいる。僕が日本語で話しかけたら、僕の顔も見ないで走っていこうとして、怒って肩に手をかけたら、彼が振り向いたんだ。そのとたんに彼は笑い出して、それから僕らはベストフレンドになった。日本に行って六本木ヒルズに連れてってくれたのも彼なんだ。」
30分ぐらいは話していたかもしれない。私は聞くので精一杯だった。
「・・・・・・・・・さて、君の話を教えてよ」
これまでの話は、実は私が自分の話をしやすくするためだったのだ。彼は実は心の底で、私がさっき泣いていたことを気にしていたのだ。
「私は・・・ 私はさ、まぁ、日本でのエリート学校に行ってたけど学校行かなくなったり・・・そこを辞めたり・・・」
そんなことはこの国では珍しいことでは全然ない。まず私も大きな出来事だとまったく捉えていない。そんな話をしても世界中のほとんどの人間が何も思わない。何か思うのは日本人だけだ。
「旅したり・・・ 映画観たり・・・ 音楽聴いたり・・・ うーん」
色々話せるエピソードはあったけれど、簡単には出てこない。英語がめんどくさい。
「チベット難民キャンプにホームステイしたことがあるから、私もチベット語をほんのり知ってたりするよ。あとは、東ティモールのテトゥン語とアラビア語をやっぱりほんのり知ってるけど、でもやっぱりほとんど分からないよ。アメリカに居たことがあって、今も行きたくても、英語はこんな感じだよ」
「何でインドなの?」
「あぁ、うーん。」
一息置いて、覚悟を決めた。
「彼氏が、亡くなって」
サントスの顔が今までにないほどに変わった。私の辛い想いを全身に被ったような表情だった。
「インドなら、人間の環境の不平等さとか、生と死について考えることとか、そういうのができると思ったんだ」
「・・・っ・・・そうだったの・・・。本当に、大変だったね」
私は、遠くを見るような顔をしていたのかもしれない。静かな時間だった。
「どうして、そうなっちゃったの?」
「事故、みたい」
「は・・・」サントスの顔が泣きと笑いが混じったような複雑な表情になった。
「どうして、僕の人生と君の人生は、こんなに似てるんだろう」
「そう、だね・・・? お互い、まだ若いのに、色んな経験してるし、色んな人に出会ってるよね」
「違う、そんなことじゃなくて・・・ 僕の前の彼女も、事故に遭ったんだ。しかも、彼女の親のせいで」
「?そうなの?」
「しかも彼女は、日本人だったんだ」
サントスは、その子の話を始めた。どんな人間も、それぞれのドラマを持っている。
日本人の女の子がバーでインド人に写真を勝手に撮られても何も言えなかったのを見て、彼はインド人の男どもを追い払ったそうだ。日本語ができることから、2人は打ち解けた。彼女は自分の継母の話をした。相当にいじめられていて、逃げるようにインドに来たという。サントスはその過去ゆえに(?)彼女のことを好きになってしまった。しかし彼女は旅の途中で、デリーから離れていく。
だが、数日後戻ってきた。サントスに会うためだけに。
「結婚したいの」 彼女はそう言って日本に帰って行った。彼女の両親はそれを聞いて日本で怒ったという。でも、インドという離れた国に居るサントスにはどうしようもなかった。
そしてある日突然、何の連絡もとれなくなった。何が起きたのか分からなかった。イライラした。苦しかった。インドに居る自分には何もできない。2ヶ月間。彼は待ち続けた。
・・・・なんだ、別にただ事故に遭ったってだけで、死んでないじゃん。それは、物凄い差だよ。事故でも死なないってのは、全然問題じゃないってことだよ。そこには、生き残るか、死ぬか、には、どうしようもない境界線が引かれてんだよ。
期待・・・していた話と違った。そんな話と私の悲劇を、「こんなに似ている」なんて思われたくなかった。
しかし、同時に、
「2ヶ月も?!」私はびっくりした。そのあいだ、確かに相当辛かっただろう。私は、彼氏と一度別れそうになったとき、1週間でも耐えられなかった。あの1週間は、ある意味彼の死後の1週間に勝るほどの苦しみだった。大好きな彼を苦しませている原因が自分と考えると、悶絶してそのまま死ぬんではないかと思うほどの辛さだった。サントスの場合は、突然連絡がとれなくなっただけだけれど、その間の彼の心配を考えると、私には到底耐えられそうにもない。何が起きたのか、ずっとそれしか考えられないだろう。
「仕事も、できなくなっちゃってさ」サントスは笑いながら言う。
「だけど突然2ヶ月後に電話かかってきた。事故に逢ったって言ってて、口調が随分冷たくてさ、そのまま僕は、”ふざけんな、オマエなんかもうしらねえ”って言ってきっちゃったよ。それが彼女との最後。」
「え?それでいいの?!」確かに2ヶ月大変だったろうけど・・・そんな酷い言葉をかけていいのだろうか。
つくり話のように見えるほどに見事なストーリーだ。でも本当の話だ。
サントスの言葉には、実感が込められていた。
言葉の内容なストーリーでなく、インドという国に居る私は、人間自身から発せられる重みだけを信じるようになってきた。
「・・・・あ」
なんだか、おとなしそうな、含み笑いを浮かべながら、遠慮がちに話そうとするサントスを音がさえぎった。
彼の携帯が鳴っていた。彼の友達からだった。
「こいつ、ヘンな奴なんだけどいい奴なんだ。是非とも呼びたいんだけど、いいかな?」
「いいよ?」
彼は意味深なウィンクを私にした。
「ガンジャ、好きでしょ。一度もそんな話しなかったけど、見て分かるんだよね、大体」
「何歳に見える?」
「うーん、ハタチぐらいか?」
「19だよ。サントスは?」
「何歳に見える?」
うーむ。仕事してるってことは・・・でも若く見えるな・・・でも外国人って若く見えるかもしれないし・・・あんまり少なく見積もると失礼か?
「24かな?」
「22さ」
「僕はね、今まで色んなところで仕事をしたことがあったんだ。」
彼は自分の人生の話を、聞いていないけど勝手にどんどん始めた。
物凄く長い話を、物凄く早い英語で、沢山の伏線で、話し続ける。
「大学でフランス語を専攻してたんだ。だからフランス語の通訳をしてる。僕のお父さんはブッダガヤの僕の町で一番ぐらいに優秀だったんだけど、僕の家はとても貧しかった。お父さんはいつも誰かに物をあげてしまうんだ。だから僕はひもじい想いを何度もして、お父さんを恨んだこともあった。だけど、持っているものを人にあげるということは当たり前のことだと気づいたよ。僕の家には毎日違う人が泊まっていた。チベット僧もずっと住んでいて・・・僕の家はとても仏教に対して信仰深いんだ、だから僕はチベット語を習った。それから、僕はあるとき旅行会社のオフィスで仕事をしていたことがあった。そのときにも日本人のお医者さんと仲良くなったんだ。その人は僕とオフィスで話した次の瞬間に僕を突然抱きしめて、"君の事を気に入った、君に世話してもらいたい"と言ったんだ。彼はその後も何人も友達を僕のオフィスによこしてくれた。だけど彼は交通事故で亡くなった。僕はショックだった。大事なビジネス相手をも失ってしまったしね。
カズヤっていういい友達もいる。僕が日本語で話しかけたら、僕の顔も見ないで走っていこうとして、怒って肩に手をかけたら、彼が振り向いたんだ。そのとたんに彼は笑い出して、それから僕らはベストフレンドになった。日本に行って六本木ヒルズに連れてってくれたのも彼なんだ。」
30分ぐらいは話していたかもしれない。私は聞くので精一杯だった。
「・・・・・・・・・さて、君の話を教えてよ」
これまでの話は、実は私が自分の話をしやすくするためだったのだ。彼は実は心の底で、私がさっき泣いていたことを気にしていたのだ。
「私は・・・ 私はさ、まぁ、日本でのエリート学校に行ってたけど学校行かなくなったり・・・そこを辞めたり・・・」
そんなことはこの国では珍しいことでは全然ない。まず私も大きな出来事だとまったく捉えていない。そんな話をしても世界中のほとんどの人間が何も思わない。何か思うのは日本人だけだ。
「旅したり・・・ 映画観たり・・・ 音楽聴いたり・・・ うーん」
色々話せるエピソードはあったけれど、簡単には出てこない。英語がめんどくさい。
「チベット難民キャンプにホームステイしたことがあるから、私もチベット語をほんのり知ってたりするよ。あとは、東ティモールのテトゥン語とアラビア語をやっぱりほんのり知ってるけど、でもやっぱりほとんど分からないよ。アメリカに居たことがあって、今も行きたくても、英語はこんな感じだよ」
「何でインドなの?」
「あぁ、うーん。」
一息置いて、覚悟を決めた。
「彼氏が、亡くなって」
サントスの顔が今までにないほどに変わった。私の辛い想いを全身に被ったような表情だった。
「インドなら、人間の環境の不平等さとか、生と死について考えることとか、そういうのができると思ったんだ」
「・・・っ・・・そうだったの・・・。本当に、大変だったね」
私は、遠くを見るような顔をしていたのかもしれない。静かな時間だった。
「どうして、そうなっちゃったの?」
「事故、みたい」
「は・・・」サントスの顔が泣きと笑いが混じったような複雑な表情になった。
「どうして、僕の人生と君の人生は、こんなに似てるんだろう」
「そう、だね・・・? お互い、まだ若いのに、色んな経験してるし、色んな人に出会ってるよね」
「違う、そんなことじゃなくて・・・ 僕の前の彼女も、事故に遭ったんだ。しかも、彼女の親のせいで」
「?そうなの?」
「しかも彼女は、日本人だったんだ」
サントスは、その子の話を始めた。どんな人間も、それぞれのドラマを持っている。
日本人の女の子がバーでインド人に写真を勝手に撮られても何も言えなかったのを見て、彼はインド人の男どもを追い払ったそうだ。日本語ができることから、2人は打ち解けた。彼女は自分の継母の話をした。相当にいじめられていて、逃げるようにインドに来たという。サントスはその過去ゆえに(?)彼女のことを好きになってしまった。しかし彼女は旅の途中で、デリーから離れていく。
だが、数日後戻ってきた。サントスに会うためだけに。
「結婚したいの」 彼女はそう言って日本に帰って行った。彼女の両親はそれを聞いて日本で怒ったという。でも、インドという離れた国に居るサントスにはどうしようもなかった。
そしてある日突然、何の連絡もとれなくなった。何が起きたのか分からなかった。イライラした。苦しかった。インドに居る自分には何もできない。2ヶ月間。彼は待ち続けた。
・・・・なんだ、別にただ事故に遭ったってだけで、死んでないじゃん。それは、物凄い差だよ。事故でも死なないってのは、全然問題じゃないってことだよ。そこには、生き残るか、死ぬか、には、どうしようもない境界線が引かれてんだよ。
期待・・・していた話と違った。そんな話と私の悲劇を、「こんなに似ている」なんて思われたくなかった。
しかし、同時に、
「2ヶ月も?!」私はびっくりした。そのあいだ、確かに相当辛かっただろう。私は、彼氏と一度別れそうになったとき、1週間でも耐えられなかった。あの1週間は、ある意味彼の死後の1週間に勝るほどの苦しみだった。大好きな彼を苦しませている原因が自分と考えると、悶絶してそのまま死ぬんではないかと思うほどの辛さだった。サントスの場合は、突然連絡がとれなくなっただけだけれど、その間の彼の心配を考えると、私には到底耐えられそうにもない。何が起きたのか、ずっとそれしか考えられないだろう。
「仕事も、できなくなっちゃってさ」サントスは笑いながら言う。
「だけど突然2ヶ月後に電話かかってきた。事故に逢ったって言ってて、口調が随分冷たくてさ、そのまま僕は、”ふざけんな、オマエなんかもうしらねえ”って言ってきっちゃったよ。それが彼女との最後。」
「え?それでいいの?!」確かに2ヶ月大変だったろうけど・・・そんな酷い言葉をかけていいのだろうか。
つくり話のように見えるほどに見事なストーリーだ。でも本当の話だ。
サントスの言葉には、実感が込められていた。
言葉の内容なストーリーでなく、インドという国に居る私は、人間自身から発せられる重みだけを信じるようになってきた。
「・・・・あ」
なんだか、おとなしそうな、含み笑いを浮かべながら、遠慮がちに話そうとするサントスを音がさえぎった。
彼の携帯が鳴っていた。彼の友達からだった。
「こいつ、ヘンな奴なんだけどいい奴なんだ。是非とも呼びたいんだけど、いいかな?」
「いいよ?」
彼は意味深なウィンクを私にした。
「ガンジャ、好きでしょ。一度もそんな話しなかったけど、見て分かるんだよね、大体」
*****************************
まだ、言葉に出来ないけど、
本当に私を理解してくれて私に、自分らしく生きる道を教えてく
れたあなたへ。
事故から1週間。家族の人から電話が来たときは、夢なんじゃな
いかと何度も思った。あなたの名前の上に、「故」という文字が
あるのを見て、よく分からなかった。家族の人が私に連絡ができ
たのは、あなたが手記に「私には生きて欲しい」と書いていて、
私が大切な人だとわかったからなんだね。
部屋を片付けていたら、3年前、私がまだ悩んでいた頃にあなた
がくれた短歌とMDがふとした拍子にぽろっと出てきたよ。本当に
思いがけず出てきて、あなたがそばにいてくれるんだなってほん
とに思った。ありがとう。今、思い出すと、出会ってからの3年
間、私に数え切れないぐらいの生きる勇気と、愛情をくれたんだ
ね。私の眼に映る全てのことにあなたの面影を感じるんだよ。
カレンダーを見て、この1週間の間にたくさんの友人やあなたの
家族に支えられて、ああ私は生きているんだなと思った。ちゃん
と私は、生きてるよ。そしてあなたが、嘘偽りなく私の幸福を
願ってくれていたように、私は絶対に幸せになる。ちゃんと、私
らしく生きて、あなたに笑顔いっぱいで再会できるように生き抜
くから。人を愛するという力は偉大だね。これ以上ないぐらいに
つらいことでも、前向きになれるパワーをくれるんだね。
たぶんあなたは、もう私の一部なんだ。元から私の分身みたいなあ
なただったけど、あなたが生きた29年間は、すべて私が引き継い
だ。あなたは自分の今まで生きた人生全部を注いで私を愛してく
れたね。私はあなたの生命を受け継いで、これからもちゃんと生
きていくよ。ありがとう。
何度言っても足りないけど、本当に愛してる。いつかちゃんと私
の中にいるあなたも愛してくれる人を見つけます。
・・・できることなら、あなたと暮らしてゆきたかったけれど。
そして同じく、恋人を不運な事故で亡くした人へ。
同じ痛みを知っている人間は居る。そして、悲しいと想うことは、
決して本当には悲しいことではないと思う。真剣に人を愛するこ
とができた人だけが感じることのできる痛みなんだと思う。ちゃ
んと乗り越えよう?今まであなたの隣に居た人がくれた最後の強
さだと思うから。きっと私たちは、人の気持ちがもっと分かるや
さしい人になれる。
*****************************
自分が、書いた文章を読んで、あざけ笑った。
こんなん、インターネットに載せるために書いた理想なんじゃないか。
第一私は、この1週間後から何ひとつ変わってないじゃないか。むしろ、弱くなってるさ。
あなたとの距離が掴めなくなってくるんだ。
私の分身、双子の片割れ。そんなつもりだった。
魂の一番奥深いところで繋がっていて、そこから私は自分が生きる命の源みたいなものを貰っていた。
私は、あなたに生かされていたのだ。
あまりにも存在が当たり前すぎて、そして、だから、全く実感が湧かなかった。
自分の命の源のような存在を失っても
なぜ 私の体は存在しているの。
こんな前向きな文章を、たった1週間後に書いたというのに
インドに居た1ヶ月強の間
ほとんど泣かない日はなかった
そしてそれは
4ヶ月経った今、ただのこの瞬間でもそうだ。
なんにも変わってない
会いたい。
まだ、言葉に出来ないけど、
本当に私を理解してくれて私に、自分らしく生きる道を教えてく
れたあなたへ。
事故から1週間。家族の人から電話が来たときは、夢なんじゃな
いかと何度も思った。あなたの名前の上に、「故」という文字が
あるのを見て、よく分からなかった。家族の人が私に連絡ができ
たのは、あなたが手記に「私には生きて欲しい」と書いていて、
私が大切な人だとわかったからなんだね。
部屋を片付けていたら、3年前、私がまだ悩んでいた頃にあなた
がくれた短歌とMDがふとした拍子にぽろっと出てきたよ。本当に
思いがけず出てきて、あなたがそばにいてくれるんだなってほん
とに思った。ありがとう。今、思い出すと、出会ってからの3年
間、私に数え切れないぐらいの生きる勇気と、愛情をくれたんだ
ね。私の眼に映る全てのことにあなたの面影を感じるんだよ。
カレンダーを見て、この1週間の間にたくさんの友人やあなたの
家族に支えられて、ああ私は生きているんだなと思った。ちゃん
と私は、生きてるよ。そしてあなたが、嘘偽りなく私の幸福を
願ってくれていたように、私は絶対に幸せになる。ちゃんと、私
らしく生きて、あなたに笑顔いっぱいで再会できるように生き抜
くから。人を愛するという力は偉大だね。これ以上ないぐらいに
つらいことでも、前向きになれるパワーをくれるんだね。
たぶんあなたは、もう私の一部なんだ。元から私の分身みたいなあ
なただったけど、あなたが生きた29年間は、すべて私が引き継い
だ。あなたは自分の今まで生きた人生全部を注いで私を愛してく
れたね。私はあなたの生命を受け継いで、これからもちゃんと生
きていくよ。ありがとう。
何度言っても足りないけど、本当に愛してる。いつかちゃんと私
の中にいるあなたも愛してくれる人を見つけます。
・・・できることなら、あなたと暮らしてゆきたかったけれど。
そして同じく、恋人を不運な事故で亡くした人へ。
同じ痛みを知っている人間は居る。そして、悲しいと想うことは、
決して本当には悲しいことではないと思う。真剣に人を愛するこ
とができた人だけが感じることのできる痛みなんだと思う。ちゃ
んと乗り越えよう?今まであなたの隣に居た人がくれた最後の強
さだと思うから。きっと私たちは、人の気持ちがもっと分かるや
さしい人になれる。
*****************************
自分が、書いた文章を読んで、あざけ笑った。
こんなん、インターネットに載せるために書いた理想なんじゃないか。
第一私は、この1週間後から何ひとつ変わってないじゃないか。むしろ、弱くなってるさ。
あなたとの距離が掴めなくなってくるんだ。
私の分身、双子の片割れ。そんなつもりだった。
魂の一番奥深いところで繋がっていて、そこから私は自分が生きる命の源みたいなものを貰っていた。
私は、あなたに生かされていたのだ。
あまりにも存在が当たり前すぎて、そして、だから、全く実感が湧かなかった。
自分の命の源のような存在を失っても
なぜ 私の体は存在しているの。
こんな前向きな文章を、たった1週間後に書いたというのに
インドに居た1ヶ月強の間
ほとんど泣かない日はなかった
そしてそれは
4ヶ月経った今、ただのこの瞬間でもそうだ。
なんにも変わってない
会いたい。
ホテルは、素晴らしかった。広い部屋に、なんと、インドでは貴重品のトイレットペーパーがついていた!!これは豪勢すぎである。インドでは高いのだ。一食分ぐらいする。日本から持参した貴重なトイレットペーパーがそろそろなくなりそうだったし、私はこそこそと芯を抜いてそれをバックパックにしまっておいた。インドでは、ほとんどの人がトイレットペーパーじゃなくて水を使ってお尻を洗っている。私はなぜだかそれにまだなじめずに居た。それ以外にも、トイレットペーパーには、汗を拭いたり、鼻水をかんだり、まぁ色々と使い道はあるのだ。 冷蔵庫に、ソファーに、ベッド。しかもダブルベッドで広い。なんて豪勢なんだろうか。安宿ばかり泊まっていた私は、純粋に感動した。
「350ルピーだよ。本当は500なんだけど、僕の顔で安くなるんだ。いっぱい日本人紹介してるからね。あと、税もとらないよう言っとくよ」
「ありがとう!」まぁ、高いほうなんだけど、でもこの質だったら全然良い!私が感動しているのを見て、サントスは満足そうだった。 本当に感謝した。 疑って無視してさっきのホテルに走った自分が申し訳なかった。
「これからどうする?」
「あ、私は、ちょっと休みたいかな」デリーから出て、戻ってきている間、夜行列車に乗ったり、夜うるさすぎるホテルに泊まったりと、ほとんど寝ていない夜が多かった。だから、これからの旅のためにも、休みたかったし、なんとなく一人になりたかったのだ。
「分かった。また夜遊びに来ていい?インド版六本木ヒルズに連れてってあげるよ。」
静かな緊張感が穏やかに走った。まだ、サントスのことを完全には信用し切れなかった。こんなに安くホテルを紹介し、ここに来るまでのリキシャー代までもって、彼には何のメリットもないじゃないか。 インドの旅にもまれ、疑い深くなっているというより、用心深くなっていた。もしかしたら、怪しげな目的があるのかもしれない。そうしたら、どうしよう。そんな風には、全然見えないし、こいつなら信用できそうなんだけど・・・でも・・・
「インド人は飢えてるからたぶんキスできるよ、頑張って。3週間で2人が目標だな」インドに行く前、彼の死について泣きまくりながら、いつものように旅先で恋に落ちまくるぞとわめいていた私に、友達がかけてくれた言葉が響く。(余談だが、私はこういう理解ある友達に囲まれていて本当に幸せだと思う・・・。「彼氏を亡くして旅に出るのに何を言ってるの」と常識に縛られた人間は言いそうなところなのに・・・)
「平気になったら電話してね」
「う、うん・・・じゃあ電話するよ」私は曖昧に答え、サントスは楽しみそうに帰って行った。
しかし、一人になると、気分が沈んだ。とりあえず、仲良くなった、India Visit Tourのオフィスに行って、みんなと会った。わいわいがやがやとチャイを出して迎えてくれる。デリーに戻ってから毎日のように遊びに行ってるのに、一度も彼らにお金を払っていない。お昼を一緒に食べたりしているのに。本当に遊びに行っているだけだ。明日の朝、デリーを離れるつもりだった私は、彼らに最後の挨拶をするために、夕方日が暮れるまでそこに居た。オフィスを出てから大好きなひよこ豆を路上で買ったり、ぶらぶらしていると、オフィスの人たちが心配してやってきた。「夜だし、ここは危ないから早く帰れ」とリキシャーを勝手に呼ばれてホテルに戻される。それが最終的なオフィスの人との別れだった。
部屋に戻ると、やっぱりもっと疲れが出てきた。面倒くさかった。外に行きたくなかったから、部屋でルームサービスのカレーを頼んで食べることにする。しかし、この広い部屋に一人の食事は、今の私の精神状態にはあまりにも寂しすぎた。涙が、頼んでいないのに。ぼろぼろとこぼれて、胸がいっぱいになってしまう。 また同じことをぐるぐると考えはじめる。 なぜ、どうして、どうやって、どんなふうに、どうして、なぜ・・・・・ 彼の死なのか。 そのとき彼は何を想ったんだろう。わたしはなぜ気づかなかったの。悲しい。なんで居ないの。もう居ないの。それが分からないよ。どうしてあの人の「人生」が、終わるの。終わるなんて誰も想わないのに。毎日、明日があると想って日々を送るんでしょ、普通の人は??なぜ、あんなに優しい人が。そう優しかった。私が今まで出会った人間の中で、一番優しかった。常に優しかった。優しいという言葉を形にしたような人だったのに。華人薄命。友達が私を想ってつぶやいた言葉を思い出す。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しいよ。悲しすぎるよ!
胸がいっぱいになってしまった。インドという遠い地に居たって、日本のことしか想うことが出来ない。それ以外何にも考えられない。インドから実際の日本に帰る日は迫ってるのに。こんな短い期間で私は何かを得て帰ることができる?そんなことよりも、悲しい、悲しい。
涙でカレーが濡らされた。もう食べる気がまったくしなかった。ルームサービスで高いのに。2倍ぐらいしたのに。普通のより。しかもチキンカレーだったから、いつも食べるベジタリアンカレーよりさらに2倍ぐらい高いのに。もう、お腹というより胸がいっぱいだよ、でも。
ドアの呼び鈴が鳴った。
サントスなんだろう。電話、してなかった。だから来たんだろう。そんなことよりも、こんな姿で出るのか・・・?この顔見せるのか私・・・?
とりあえず、でも、ドアを開けた。
満面の笑顔が、ドアの向こうに待っていた。しかし次の瞬間、涙は拭いたはずなのに。彼の表情がはっと変わった。
「ど、どうしたの?アユミ?なんか、センチメンタルだよ?」
一応、私も笑って返したつもりだったのに、うまくは隠しきれてなかったみたいだ。
「ん。大丈夫だよ。ごめんね、電話しなくて」
サントスは心から心配そうな顔をしている。こいつのやってること、まだ少し警戒したほうが気もするけど、やっぱりこの顔を見ると、信用したくなってきてしまう。
「いいよ。っていうか勝手に来ちゃった。入って平気?」
「うん。いいよ。カレー食べてたんだけどね」
サントスは物凄く嬉しそうな顔をして、私の「旅の指差し会話帳」を広げる。
「インド人と会話したいって気持ちが伝わってくるよ、これもってる人ってさ」
「あ、知ってるの?」
「あったりまえじゃん!面白いよなコレ。」
ぱらぱらとサントスはページをめくっている。私もそれを覗きこむ。これは、英語ができる人間と会話するときでも、話のネタになるからとても役に立つ本だった。
サントスは、探していた単語を見つけると、それを広げて、私と、その言葉を、さっきからずっと変わらない笑顔で、交互に指した。
「やさしい」
「・・・・?? 私?」
彼は満足そうな笑顔で、ゆっくりと何度もうなずく。
「そう、感じるんだ」
驚いた。
それは、あなたの存在が私に溶け始めていることを感じる瞬間だったのだ。
そんなことを言われたのは、人生で2回目だった。どちらも、あなたが死んでからの話だ。それまで私は1度も「やさしい」なんていわれたことが、なかった。わがままな自分とは無縁の言葉だと思っていた、この瞬間まで。優しいあなたの姿が浮かんだ。告別式で一番最後に、父親が「優しい男でした」とつぶやいたような、誕生日に自分は大嫌いな寿司をおごってくれたような、「優しい」という言葉を体現したようなあなたが、今度は私の体の中に溶け込んだのか。サントスが指した言葉は、私の向こう側にいるあなたのことであるように私には思えてならなかった。そしてそれは、「あなたとの合体旅行」を理想としてがむしゃらに旅をしていた、私にとって、あまりにも不思議すぎる瞬間だったのだ。
「350ルピーだよ。本当は500なんだけど、僕の顔で安くなるんだ。いっぱい日本人紹介してるからね。あと、税もとらないよう言っとくよ」
「ありがとう!」まぁ、高いほうなんだけど、でもこの質だったら全然良い!私が感動しているのを見て、サントスは満足そうだった。 本当に感謝した。 疑って無視してさっきのホテルに走った自分が申し訳なかった。
「これからどうする?」
「あ、私は、ちょっと休みたいかな」デリーから出て、戻ってきている間、夜行列車に乗ったり、夜うるさすぎるホテルに泊まったりと、ほとんど寝ていない夜が多かった。だから、これからの旅のためにも、休みたかったし、なんとなく一人になりたかったのだ。
「分かった。また夜遊びに来ていい?インド版六本木ヒルズに連れてってあげるよ。」
静かな緊張感が穏やかに走った。まだ、サントスのことを完全には信用し切れなかった。こんなに安くホテルを紹介し、ここに来るまでのリキシャー代までもって、彼には何のメリットもないじゃないか。 インドの旅にもまれ、疑い深くなっているというより、用心深くなっていた。もしかしたら、怪しげな目的があるのかもしれない。そうしたら、どうしよう。そんな風には、全然見えないし、こいつなら信用できそうなんだけど・・・でも・・・
「インド人は飢えてるからたぶんキスできるよ、頑張って。3週間で2人が目標だな」インドに行く前、彼の死について泣きまくりながら、いつものように旅先で恋に落ちまくるぞとわめいていた私に、友達がかけてくれた言葉が響く。(余談だが、私はこういう理解ある友達に囲まれていて本当に幸せだと思う・・・。「彼氏を亡くして旅に出るのに何を言ってるの」と常識に縛られた人間は言いそうなところなのに・・・)
「平気になったら電話してね」
「う、うん・・・じゃあ電話するよ」私は曖昧に答え、サントスは楽しみそうに帰って行った。
しかし、一人になると、気分が沈んだ。とりあえず、仲良くなった、India Visit Tourのオフィスに行って、みんなと会った。わいわいがやがやとチャイを出して迎えてくれる。デリーに戻ってから毎日のように遊びに行ってるのに、一度も彼らにお金を払っていない。お昼を一緒に食べたりしているのに。本当に遊びに行っているだけだ。明日の朝、デリーを離れるつもりだった私は、彼らに最後の挨拶をするために、夕方日が暮れるまでそこに居た。オフィスを出てから大好きなひよこ豆を路上で買ったり、ぶらぶらしていると、オフィスの人たちが心配してやってきた。「夜だし、ここは危ないから早く帰れ」とリキシャーを勝手に呼ばれてホテルに戻される。それが最終的なオフィスの人との別れだった。
部屋に戻ると、やっぱりもっと疲れが出てきた。面倒くさかった。外に行きたくなかったから、部屋でルームサービスのカレーを頼んで食べることにする。しかし、この広い部屋に一人の食事は、今の私の精神状態にはあまりにも寂しすぎた。涙が、頼んでいないのに。ぼろぼろとこぼれて、胸がいっぱいになってしまう。 また同じことをぐるぐると考えはじめる。 なぜ、どうして、どうやって、どんなふうに、どうして、なぜ・・・・・ 彼の死なのか。 そのとき彼は何を想ったんだろう。わたしはなぜ気づかなかったの。悲しい。なんで居ないの。もう居ないの。それが分からないよ。どうしてあの人の「人生」が、終わるの。終わるなんて誰も想わないのに。毎日、明日があると想って日々を送るんでしょ、普通の人は??なぜ、あんなに優しい人が。そう優しかった。私が今まで出会った人間の中で、一番優しかった。常に優しかった。優しいという言葉を形にしたような人だったのに。華人薄命。友達が私を想ってつぶやいた言葉を思い出す。悲しい。悲しい。悲しい。悲しい。悲しいよ。悲しすぎるよ!
胸がいっぱいになってしまった。インドという遠い地に居たって、日本のことしか想うことが出来ない。それ以外何にも考えられない。インドから実際の日本に帰る日は迫ってるのに。こんな短い期間で私は何かを得て帰ることができる?そんなことよりも、悲しい、悲しい。
涙でカレーが濡らされた。もう食べる気がまったくしなかった。ルームサービスで高いのに。2倍ぐらいしたのに。普通のより。しかもチキンカレーだったから、いつも食べるベジタリアンカレーよりさらに2倍ぐらい高いのに。もう、お腹というより胸がいっぱいだよ、でも。
ドアの呼び鈴が鳴った。
サントスなんだろう。電話、してなかった。だから来たんだろう。そんなことよりも、こんな姿で出るのか・・・?この顔見せるのか私・・・?
とりあえず、でも、ドアを開けた。
満面の笑顔が、ドアの向こうに待っていた。しかし次の瞬間、涙は拭いたはずなのに。彼の表情がはっと変わった。
「ど、どうしたの?アユミ?なんか、センチメンタルだよ?」
一応、私も笑って返したつもりだったのに、うまくは隠しきれてなかったみたいだ。
「ん。大丈夫だよ。ごめんね、電話しなくて」
サントスは心から心配そうな顔をしている。こいつのやってること、まだ少し警戒したほうが気もするけど、やっぱりこの顔を見ると、信用したくなってきてしまう。
「いいよ。っていうか勝手に来ちゃった。入って平気?」
「うん。いいよ。カレー食べてたんだけどね」
サントスは物凄く嬉しそうな顔をして、私の「旅の指差し会話帳」を広げる。
「インド人と会話したいって気持ちが伝わってくるよ、これもってる人ってさ」
「あ、知ってるの?」
「あったりまえじゃん!面白いよなコレ。」
ぱらぱらとサントスはページをめくっている。私もそれを覗きこむ。これは、英語ができる人間と会話するときでも、話のネタになるからとても役に立つ本だった。
サントスは、探していた単語を見つけると、それを広げて、私と、その言葉を、さっきからずっと変わらない笑顔で、交互に指した。
「やさしい」
「・・・・?? 私?」
彼は満足そうな笑顔で、ゆっくりと何度もうなずく。
「そう、感じるんだ」
驚いた。
それは、あなたの存在が私に溶け始めていることを感じる瞬間だったのだ。
そんなことを言われたのは、人生で2回目だった。どちらも、あなたが死んでからの話だ。それまで私は1度も「やさしい」なんていわれたことが、なかった。わがままな自分とは無縁の言葉だと思っていた、この瞬間まで。優しいあなたの姿が浮かんだ。告別式で一番最後に、父親が「優しい男でした」とつぶやいたような、誕生日に自分は大嫌いな寿司をおごってくれたような、「優しい」という言葉を体現したようなあなたが、今度は私の体の中に溶け込んだのか。サントスが指した言葉は、私の向こう側にいるあなたのことであるように私には思えてならなかった。そしてそれは、「あなたとの合体旅行」を理想としてがむしゃらに旅をしていた、私にとって、あまりにも不思議すぎる瞬間だったのだ。
私は、それ以上何も聞いてはいけない気がして、黙っていた。代わりに「ボーイフレンド」という欄を指したら、首を振ったが、「プレーミー」の欄を指差すと、彼女はほんとうに嬉しそうな顔をして、うなずいた。どうも、ボーイフレンドというのは男友達を指すようだ。
「家出したんだー。」
「え?!いつ?」
「今日。さっき」
「え?なんで?」
「お母さんと大喧嘩したの。お母さん大っ嫌い。もう2度と帰ってやらないんだ。今日から私は、一人なの。ところでさ、携帯持ってる?」
「あ、持ってるけど、なんか動かないんだよねコレ」
私は携帯を渡すと、すぐさま番号を押して電話をかけようとした。しかし何の反応もない。なぜだろう?彼女は諦めて携帯を私に渡した。
「お腹すいてないの?飯でも食べない?」
「アユミはお腹すいてるの?ならいいよ」
私はさっきバナナを大量に食べ、ほとんどお腹はいっぱいでほとんど食べる気なんてなかったのだが、彼女がさっき、「ブークラギー(お腹すいた)」とつぶやいていたのを思い出して
「うんお腹すいてる。食べに行こうよ」と誘った。私は自分がまるで、気がある女の子にいい男を気取る男の子のような気がした。
食堂に入ると、「何食べたい?」スジャータは本当に嬉しそうだ。
ヨーグルトと、スジャータが好きなカレーと、私が好きなブリヤーニー(インド風ピラフ)、チャパティを頼んだ。
「私、これ大好きなの!」スジャータは大喜びでジャガイモのカレーを食べる。チャパティを小さくちぎって、その上に乗せる。私の口に「あーん」と運んでくれた。
「めっちゃ美味しい!!アッチャラガー!」私は感動した。スジャータは私が美味しい顔をするのが嬉しくてたまらないらしく、次から次へとくれる。もういいよ、自分で食べろよちょっとは、と思うぐらいに何度も何度も、お母さんみたいにチャパティをちぎって、それを口に運んでくれた。
スジャータはヨーグルトに塩をかけて食べていた。私には考えられないし、なにより甘いもののがずっと食べたかった。なのでチャイも追加で頼んだ。
「大学生?」
スジャータは私に聞いた。
「うーん、たぶん9月からかな」アメリカの大学に行くつもりの私は、そういった。
「ホント?!私も9月から大学生だよ!」
「ホントに?!」
私たちはまた顔を見合わせて笑った。何度も言うが、私たちは「旅の指差し会話帳」の絵を指差しながらコミュニケーションを図っていた。
私は、一番最後の日本語からヒンディーへの辞書欄をめくり、伝えたい言葉を指差した。
「似ている」
スジャータは、もっと嬉しそうな顔で笑い、私の肩に手をかけた。
私たちは手を繋いで、街を歩いた。
「これからどうするの?」
「私は今日、夜の便でデリーに帰らなきゃ」
スジャータの顔がはっと暗くなった。
「じゃあ私も一緒に行く」
家出したばかりで、お金も1銭(1パイサ)も持たず、お金がないから誰にも電話できずスジャータは実は途方に暮れていたのだろうと思う。私と離れたら、スジャータは本当の一人になってしまう。それが彼女は怖かったのだろう。せっかく見つけた暇つぶしの仲間を逃したくない。そして、その子は私のことをすごく気に入った。私もこの子のことを気に入っていた。
「離れていく人間はいいよね」と、どこだかで言われたことがあった。
「俺たちはここで這いずり回って生きてくんだよ。君は結局、他人さ」
私は今回も、せっかく出会った魅力的な女の子の問題と最後まで関わることなんてしないで、逃げるようにデリーに帰るのだろうか。でも、はっきり言って、家出したことはこの子の問題なのだ。私が何かできることなんて、今この瞬間に少しでも気持ちをやわらげることしか、本当に無いんだ。自分がバカみたいだった。結局現地の人にとっては、ほんとうには深く関わることなんてできないんだ。はじめから。
でも私はこの女の子に、恋に近い感情を抱くほど身近なものを感じていた。そしてスジャータも、私のことをもっと知りたいようだった。
「ほんとうに行っちゃうの?」
「うん、実はもう荷物置いてある部屋に行ったほうがいいかも」
「分かった。わたしも着いてくね」
「もちろん!」
私たちはリキシャー(バイクタクシー)に乗った。風が心地よかった。なんでだろう。2人だけがここに居る気がした。
スジャータは旅の指差し会話帳を広げ、「妹」という欄と私を同時に指差した。
私は嬉しくなって、声をたてて笑っていた。
風が吹いて、町を私たちと一緒に駆けていた。
「家出したんだー。」
「え?!いつ?」
「今日。さっき」
「え?なんで?」
「お母さんと大喧嘩したの。お母さん大っ嫌い。もう2度と帰ってやらないんだ。今日から私は、一人なの。ところでさ、携帯持ってる?」
「あ、持ってるけど、なんか動かないんだよねコレ」
私は携帯を渡すと、すぐさま番号を押して電話をかけようとした。しかし何の反応もない。なぜだろう?彼女は諦めて携帯を私に渡した。
「お腹すいてないの?飯でも食べない?」
「アユミはお腹すいてるの?ならいいよ」
私はさっきバナナを大量に食べ、ほとんどお腹はいっぱいでほとんど食べる気なんてなかったのだが、彼女がさっき、「ブークラギー(お腹すいた)」とつぶやいていたのを思い出して
「うんお腹すいてる。食べに行こうよ」と誘った。私は自分がまるで、気がある女の子にいい男を気取る男の子のような気がした。
食堂に入ると、「何食べたい?」スジャータは本当に嬉しそうだ。
ヨーグルトと、スジャータが好きなカレーと、私が好きなブリヤーニー(インド風ピラフ)、チャパティを頼んだ。
「私、これ大好きなの!」スジャータは大喜びでジャガイモのカレーを食べる。チャパティを小さくちぎって、その上に乗せる。私の口に「あーん」と運んでくれた。
「めっちゃ美味しい!!アッチャラガー!」私は感動した。スジャータは私が美味しい顔をするのが嬉しくてたまらないらしく、次から次へとくれる。もういいよ、自分で食べろよちょっとは、と思うぐらいに何度も何度も、お母さんみたいにチャパティをちぎって、それを口に運んでくれた。
スジャータはヨーグルトに塩をかけて食べていた。私には考えられないし、なにより甘いもののがずっと食べたかった。なのでチャイも追加で頼んだ。
「大学生?」
スジャータは私に聞いた。
「うーん、たぶん9月からかな」アメリカの大学に行くつもりの私は、そういった。
「ホント?!私も9月から大学生だよ!」
「ホントに?!」
私たちはまた顔を見合わせて笑った。何度も言うが、私たちは「旅の指差し会話帳」の絵を指差しながらコミュニケーションを図っていた。
私は、一番最後の日本語からヒンディーへの辞書欄をめくり、伝えたい言葉を指差した。
「似ている」
スジャータは、もっと嬉しそうな顔で笑い、私の肩に手をかけた。
私たちは手を繋いで、街を歩いた。
「これからどうするの?」
「私は今日、夜の便でデリーに帰らなきゃ」
スジャータの顔がはっと暗くなった。
「じゃあ私も一緒に行く」
家出したばかりで、お金も1銭(1パイサ)も持たず、お金がないから誰にも電話できずスジャータは実は途方に暮れていたのだろうと思う。私と離れたら、スジャータは本当の一人になってしまう。それが彼女は怖かったのだろう。せっかく見つけた暇つぶしの仲間を逃したくない。そして、その子は私のことをすごく気に入った。私もこの子のことを気に入っていた。
「離れていく人間はいいよね」と、どこだかで言われたことがあった。
「俺たちはここで這いずり回って生きてくんだよ。君は結局、他人さ」
私は今回も、せっかく出会った魅力的な女の子の問題と最後まで関わることなんてしないで、逃げるようにデリーに帰るのだろうか。でも、はっきり言って、家出したことはこの子の問題なのだ。私が何かできることなんて、今この瞬間に少しでも気持ちをやわらげることしか、本当に無いんだ。自分がバカみたいだった。結局現地の人にとっては、ほんとうには深く関わることなんてできないんだ。はじめから。
でも私はこの女の子に、恋に近い感情を抱くほど身近なものを感じていた。そしてスジャータも、私のことをもっと知りたいようだった。
「ほんとうに行っちゃうの?」
「うん、実はもう荷物置いてある部屋に行ったほうがいいかも」
「分かった。わたしも着いてくね」
「もちろん!」
私たちはリキシャー(バイクタクシー)に乗った。風が心地よかった。なんでだろう。2人だけがここに居る気がした。
スジャータは旅の指差し会話帳を広げ、「妹」という欄と私を同時に指差した。
私は嬉しくなって、声をたてて笑っていた。
風が吹いて、町を私たちと一緒に駆けていた。
<デリーとハリドワールの話をとあるアイディアで同時進行で書きます。混同しないでください。
これは、私がスジャータと別れ、ハリドワールからデリーに着いた後の話です。>
その日は、デリーから出る前日だった。私は最低なホテルにうんざりし、今日こそはましなホテルに泊まろうと探していた。大抵こういうのって大したことないのだが・・・地球の歩き方に載っている高めのホテルにしようと決めていた。コンノートプレイスにある、静かそうなホテルだ。
リキシャーでそこに着く。暑さにうんざりしていた。すべてにうんざりしていた。重い荷物、うまくいかないこと、暑さ、自分と自分の存在している世界がイヤなキブンでそんな感じだった。そしてそのとき。まさにホテルに向かおうとしたその瞬間だった。
「ニホンジンデスカ?」日本語でいかにも怪しく話しかけてくるもう、うんざりにも程がある客引きが居た。またかよ、わたしはいらいらした。こんな奴らにはもう振り回されたくはなかった。腹が立っていたので英語で答えた。日本語は使うまいという姿勢を見せて、足はホテルへと急ぐ。
「あのホテルにいこうとしてるんだろ?ガイドブックに載ってるやつ。あれはよくないよ。高いし、うるさいし、汚いよ。僕が紹介してあげるって」
「いや、いらない。本当に駄目なホテルか私の眼で確かめてくるからさよなら」
私はさっさと彼を振り切り、わき目もふらずホテルへ走った。あんにゃろう、後ろから叫んでやがる。
「いいじゃん行ってみれば?そこまで言うなら!だけど結果は分かってるんだ僕は!」
ホテルは駄目だった。
高かった。そして綺麗でなく、シャワーが部屋と別にあり、外にあった。それは今の私には面倒くさいと感じた。私は、快適なホテルに泊まりたくてたまらなかったのだ。それまでの宿にうんざりしていた。今日だけは安心してちゃんと眠って、明日のアグラへと旅立ちたい。
ホテルをとぼとぼと出た。
「ほら言ったじゃん!良くなかったろ?」
さっきのインドの青年だ。彼の英語は驚くほど綺麗で、ネイティブに近かった。
「うん、悪かった。どうしようかな」
「僕が紹介してあげるよ」
ふと、その青年の顔を見上げた。そういえば私は、この青年の顔も見ずにさっきは通り過ぎていた。
笑顔があった。ふっと気が緩んだ。不思議なのだけれど、その表情を見ているだけで、この青年は大丈夫なんじゃないかと思えたのだ。
「あ・・・じゃあ、お願い」
そのホテルも悪そうだったら断ればいいだけの話だ。それより、この青年は安心できそうだ。なぜか一瞬のうちにそんな気がした。
「日本語できるの?」
「ああ友達にちょっとだけ習ったんだ」
びっくりするぐらいのボキャブラリーで、丁寧な日本語を話す彼の名はサントスと言った。聞くと、フランス語とチベット語もできるという。今はフランス語の通訳をしているらしい。
「これ、見てよ」
ポケットからお守りのような、仏陀の顔が彫られたペンダントを彼が出してきた。
「これ、僕の宝物なんだ。なんたって姉さんが作ったんだから」自慢げだ。
「ふうん。でも、なんで首につけないでポケットに入れてるの?」
「ちょっと紐が壊れそうだから、取り替えようと思ってさ」またしまいなおす。
「僕はブッディストなんだ。ブッダガヤで生まれたんだよ。僕の家にはチベット僧が住んでてさ、だからチベット語も覚えたんだ」
彼はずっとにこにこしていた。常に笑顔を絶やさなかった。私もそういう人種だ。だから分かる。人と話すときに、自然ににこにこしてしまうのだ。こいつも自分の本質を隠す笑顔をなくしてしまうと人と会話ができない、そういう奴だと思った。
リキシャーに乗っている間、少し警戒しようとはしていた。彼が、もしかしたらヘンな客引きである可能性はまだまだあるからだ。でも、彼の話は面白く、フレンドリーで、私はすぐに打ち解けてしまった。
「僕日本行ったことあるよ」
嘘だろ、と心で突っ込む。話をあわせようとしてるんじゃないかコイツ?実際、こんなに英語がぺらぺらなのって、怪しい。
「六本木ヒルズとかさ」
え、ほんとうに行ったことあったの??
「友達がいてさ、日本人の。僕、日本大好きなんだ。だからこうやって日本の人に少しでも手助けしたいんだよ」
うーむ。胡散臭いのか、本当なのか。しかし、こいつの口調は大好きだな、私。私も知らぬ間に物凄くにこにこしていた。不思議な青年だった。
言ってることとやってることの内容はまるで、「地球の歩き方」の注意事項に載っているようなことなのに。なのに、口調と表情が、なんだかいい奴そうだった。
これは、私がスジャータと別れ、ハリドワールからデリーに着いた後の話です。>
その日は、デリーから出る前日だった。私は最低なホテルにうんざりし、今日こそはましなホテルに泊まろうと探していた。大抵こういうのって大したことないのだが・・・地球の歩き方に載っている高めのホテルにしようと決めていた。コンノートプレイスにある、静かそうなホテルだ。
リキシャーでそこに着く。暑さにうんざりしていた。すべてにうんざりしていた。重い荷物、うまくいかないこと、暑さ、自分と自分の存在している世界がイヤなキブンでそんな感じだった。そしてそのとき。まさにホテルに向かおうとしたその瞬間だった。
「ニホンジンデスカ?」日本語でいかにも怪しく話しかけてくるもう、うんざりにも程がある客引きが居た。またかよ、わたしはいらいらした。こんな奴らにはもう振り回されたくはなかった。腹が立っていたので英語で答えた。日本語は使うまいという姿勢を見せて、足はホテルへと急ぐ。
「あのホテルにいこうとしてるんだろ?ガイドブックに載ってるやつ。あれはよくないよ。高いし、うるさいし、汚いよ。僕が紹介してあげるって」
「いや、いらない。本当に駄目なホテルか私の眼で確かめてくるからさよなら」
私はさっさと彼を振り切り、わき目もふらずホテルへ走った。あんにゃろう、後ろから叫んでやがる。
「いいじゃん行ってみれば?そこまで言うなら!だけど結果は分かってるんだ僕は!」
ホテルは駄目だった。
高かった。そして綺麗でなく、シャワーが部屋と別にあり、外にあった。それは今の私には面倒くさいと感じた。私は、快適なホテルに泊まりたくてたまらなかったのだ。それまでの宿にうんざりしていた。今日だけは安心してちゃんと眠って、明日のアグラへと旅立ちたい。
ホテルをとぼとぼと出た。
「ほら言ったじゃん!良くなかったろ?」
さっきのインドの青年だ。彼の英語は驚くほど綺麗で、ネイティブに近かった。
「うん、悪かった。どうしようかな」
「僕が紹介してあげるよ」
ふと、その青年の顔を見上げた。そういえば私は、この青年の顔も見ずにさっきは通り過ぎていた。
笑顔があった。ふっと気が緩んだ。不思議なのだけれど、その表情を見ているだけで、この青年は大丈夫なんじゃないかと思えたのだ。
「あ・・・じゃあ、お願い」
そのホテルも悪そうだったら断ればいいだけの話だ。それより、この青年は安心できそうだ。なぜか一瞬のうちにそんな気がした。
「日本語できるの?」
「ああ友達にちょっとだけ習ったんだ」
びっくりするぐらいのボキャブラリーで、丁寧な日本語を話す彼の名はサントスと言った。聞くと、フランス語とチベット語もできるという。今はフランス語の通訳をしているらしい。
「これ、見てよ」
ポケットからお守りのような、仏陀の顔が彫られたペンダントを彼が出してきた。
「これ、僕の宝物なんだ。なんたって姉さんが作ったんだから」自慢げだ。
「ふうん。でも、なんで首につけないでポケットに入れてるの?」
「ちょっと紐が壊れそうだから、取り替えようと思ってさ」またしまいなおす。
「僕はブッディストなんだ。ブッダガヤで生まれたんだよ。僕の家にはチベット僧が住んでてさ、だからチベット語も覚えたんだ」
彼はずっとにこにこしていた。常に笑顔を絶やさなかった。私もそういう人種だ。だから分かる。人と話すときに、自然ににこにこしてしまうのだ。こいつも自分の本質を隠す笑顔をなくしてしまうと人と会話ができない、そういう奴だと思った。
リキシャーに乗っている間、少し警戒しようとはしていた。彼が、もしかしたらヘンな客引きである可能性はまだまだあるからだ。でも、彼の話は面白く、フレンドリーで、私はすぐに打ち解けてしまった。
「僕日本行ったことあるよ」
嘘だろ、と心で突っ込む。話をあわせようとしてるんじゃないかコイツ?実際、こんなに英語がぺらぺらなのって、怪しい。
「六本木ヒルズとかさ」
え、ほんとうに行ったことあったの??
「友達がいてさ、日本人の。僕、日本大好きなんだ。だからこうやって日本の人に少しでも手助けしたいんだよ」
うーむ。胡散臭いのか、本当なのか。しかし、こいつの口調は大好きだな、私。私も知らぬ間に物凄くにこにこしていた。不思議な青年だった。
言ってることとやってることの内容はまるで、「地球の歩き方」の注意事項に載っているようなことなのに。なのに、口調と表情が、なんだかいい奴そうだった。
<ほんとはリシケーシュに先に行ってそこの話も書きたいけどこっち先に書いたからこっち投稿しますわ>
泣いていた。
ガンガーは私に、感情を膨らませることしかさせてくれなかった。
静かな、そして大きい、まるで母親の懐のようなその流れを見ていると、まるで何千年もの生命のひとつの繋がりを見ているのではないかという気になった。
ヘッドフォンをつける。私は、流れる悲しい音楽と、思い出と、ガンガーの流れにひたすらに身を浸していた。
そろそろ、歩か、なきゃ。
私は涙を拭きながら、その川から離れ、またどこかへ移動しようと歩き出した。日はとうに暮れ、夜になっている。川には、プージャと呼ばれるヒンズー独特の儀式で火をつけられた花々が流れていた。オレンジ色にそれは夜の川にところどころに、ほんものの花のように咲いていた。
「一人?」
インド人のかわいらしい女の子と目が合った。年はおなじぐらいだろうか。世界のほとんどの人より背の低い私よりも背が低く、その目はとても綺麗だった。女の子は話しかけてきた。
「うん。一人だよ」
「どこから来たの?」
「私は、日本から。あなたは?」
「私は・・・町の外れから。」
「一人?」
女の子は笑った。「一人だよ」
私たちは、目を合わせて笑いあった。
「ヒンディーできる?私英語全然できないの」
「うーん、挨拶ぐらいしかわかんないな。
あ、これがある」
旅の指差し会話帳を取り出した。女の子の表情が嬉しそうに変わった。
「私、さっきまで、泣いてたんだ、ずっと」
女の子は言った。
「ほんと?私もだよ」
私たちはまた笑った。
「名前は?」
「スジャータ。名前は?」
「アユミ」
「アユミは何歳?」
「19歳。何歳?」
「私は・・・21歳。私のが年上かぁ。ちょっと歩かない?」
ヒンディーでなにやらぶつぶつ言っている。
「は~。ブークラギー!(お腹すいた!)」
それだけ聞き取れて、あとは、チキン、チキンと何度も繰り返しているのが私には可笑しかった。
「チャイでも飲む?」
私は道端でチャイを買うと、スジャータに渡し川のそばの端の階段に座った。
はっきり言って、旅の指差し会話帳を使ってほとんど会話したはずなのだが、彼女の言ってることはほとんど分かったので、何を英語で、何をヒンディーで話したか、はっきりとは覚えていない。でも彼女は私がヒンディーをわからないのと同じぐらい、ほとんど英語ができなかった。
彼女は旅の指差し帳の家族のページを開いて、私にひとつずとさして聞いた。
「お母さんは?」「ハーン(うん)」
「お父さんは?」「ハーン(うん)」
「弟は?」「ナイーン(いない)」
「妹は?」「ナイーン(いない)」
「一人っ子?」「ハーン(そうだよ)」
最後に、にやにやとしながら「プレーミー(恋人)」というところを指差した。
私は、対応に困った。ページをめくった。
最後のほうの動詞の欄に、「生きる」と「終わる」という単語が書いてあった。私はそれを両方指差した。
「・・・」彼女は黙って私の手を握った。そして笑った。
今度は私が聞いた。「家族は?」
「いないの」
彼女ははっきりと言った。
泣いていた。
ガンガーは私に、感情を膨らませることしかさせてくれなかった。
静かな、そして大きい、まるで母親の懐のようなその流れを見ていると、まるで何千年もの生命のひとつの繋がりを見ているのではないかという気になった。
ヘッドフォンをつける。私は、流れる悲しい音楽と、思い出と、ガンガーの流れにひたすらに身を浸していた。
そろそろ、歩か、なきゃ。
私は涙を拭きながら、その川から離れ、またどこかへ移動しようと歩き出した。日はとうに暮れ、夜になっている。川には、プージャと呼ばれるヒンズー独特の儀式で火をつけられた花々が流れていた。オレンジ色にそれは夜の川にところどころに、ほんものの花のように咲いていた。
「一人?」
インド人のかわいらしい女の子と目が合った。年はおなじぐらいだろうか。世界のほとんどの人より背の低い私よりも背が低く、その目はとても綺麗だった。女の子は話しかけてきた。
「うん。一人だよ」
「どこから来たの?」
「私は、日本から。あなたは?」
「私は・・・町の外れから。」
「一人?」
女の子は笑った。「一人だよ」
私たちは、目を合わせて笑いあった。
「ヒンディーできる?私英語全然できないの」
「うーん、挨拶ぐらいしかわかんないな。
あ、これがある」
旅の指差し会話帳を取り出した。女の子の表情が嬉しそうに変わった。
「私、さっきまで、泣いてたんだ、ずっと」
女の子は言った。
「ほんと?私もだよ」
私たちはまた笑った。
「名前は?」
「スジャータ。名前は?」
「アユミ」
「アユミは何歳?」
「19歳。何歳?」
「私は・・・21歳。私のが年上かぁ。ちょっと歩かない?」
ヒンディーでなにやらぶつぶつ言っている。
「は~。ブークラギー!(お腹すいた!)」
それだけ聞き取れて、あとは、チキン、チキンと何度も繰り返しているのが私には可笑しかった。
「チャイでも飲む?」
私は道端でチャイを買うと、スジャータに渡し川のそばの端の階段に座った。
はっきり言って、旅の指差し会話帳を使ってほとんど会話したはずなのだが、彼女の言ってることはほとんど分かったので、何を英語で、何をヒンディーで話したか、はっきりとは覚えていない。でも彼女は私がヒンディーをわからないのと同じぐらい、ほとんど英語ができなかった。
彼女は旅の指差し帳の家族のページを開いて、私にひとつずとさして聞いた。
「お母さんは?」「ハーン(うん)」
「お父さんは?」「ハーン(うん)」
「弟は?」「ナイーン(いない)」
「妹は?」「ナイーン(いない)」
「一人っ子?」「ハーン(そうだよ)」
最後に、にやにやとしながら「プレーミー(恋人)」というところを指差した。
私は、対応に困った。ページをめくった。
最後のほうの動詞の欄に、「生きる」と「終わる」という単語が書いてあった。私はそれを両方指差した。
「・・・」彼女は黙って私の手を握った。そして笑った。
今度は私が聞いた。「家族は?」
「いないの」
彼女ははっきりと言った。
そのおんなのこは思わずキスしたくなるぐらいかわいくてでもそんなことおんなのこがいきなりおんなのこになんかしてきたらびっくりするし嫌がられるかもしれないと思ってしなかったりした。
手 にぎるぐらいだったら いいだろう まるで おとこのこ みたいな きぶんだよ おれってもしかして おんな ってのを わすれるってのが けっこうあるな
ほら かわいい また わらった 見惚れている 自分が こわかったぐらいだ
そして近かった。どきどきさせるだけじゃなくて、なにかが私に近いんだ。それがちらちらと綺麗な目の中に見えてくるからすごいよ。これって、もしかして、恋ってやつに近かったのかな、うん、初めてだ。憧れの、おんなのこへの恋だ。やっぱりおれはおとこのこにうまれるべきだったのかもしんないな。このおんなのこをいとおしく思ってやさしく包めるのはやっぱり、おとこのこのしごとなんだから。
手 にぎるぐらいだったら いいだろう まるで おとこのこ みたいな きぶんだよ おれってもしかして おんな ってのを わすれるってのが けっこうあるな
ほら かわいい また わらった 見惚れている 自分が こわかったぐらいだ
そして近かった。どきどきさせるだけじゃなくて、なにかが私に近いんだ。それがちらちらと綺麗な目の中に見えてくるからすごいよ。これって、もしかして、恋ってやつに近かったのかな、うん、初めてだ。憧れの、おんなのこへの恋だ。やっぱりおれはおとこのこにうまれるべきだったのかもしんないな。このおんなのこをいとおしく思ってやさしく包めるのはやっぱり、おとこのこのしごとなんだから。
インドの人たちや、田中さんと話しているときの自分は不思議だった。どうしてこんなに、笑ってるんだろう。
彼が死んでから、そのことを知っている人間としか会わなかった。
だが、この国では誰も知らない。私自身を誰も知らない。すべてが初めての人間だ。そんな人たちに、自分は一体どうやって関わるのだろうか?
今まで自分は何かから逃れるために旅に出ていた。初めて旅したのは17歳の頃。私は若さゆえにドキュメンタリーの制作に挑戦し、失敗し、警察沙汰に巻き込まれそうになり、不特定多数の見知らぬ人を巻き込み、自分を責め続けていた。事態を収拾したのは私ではなく、大人だった。自分の小ささをあまりにも強く感じ、それを振り切るために日本を旅した。
その後も調子に乗って、何度も何度も、1年に半年近く旅をしていた。どこか別の場所に行きたかった。その気持ちは同じだ。そして海外に行けばいくほど、どんどんと滞在する期間は長くなり、そして日本を、ここを、離れたくなっていた。2月のあの時期はそれがピークに達していた。日本での生活に耐えられず、逃げるように留学を急いでいた私が居たのだ。
今回 私がひとつだけはっきりとわかっていたのは、どんなにもがき、地理的な逃避を求めていたとしても、自分自身からはどんなことがあっても逃れることができないという絶望だった。このことは、今までの経験から痛感していた。どんなに、遠くを見つめて、今居る場所から離れたいと思っていたとしても、たどり着いた先は自分なのだ。
そしてインドという、地理的に遠い国に居るという事実は、
彼がほんとうに死んでしまったという事実を
わたしに示しているのだった。
何度も何度も自問自答していた。
なぜ、ここにいるのだろう。それはあれが起きたからだろう。あれがおきなければインドなんて行かなかったのさ。
旅が現実を忘れさせてくれる?そんなこと誰が言ったんだ?一体いつだれがどうしてそんなことを思うんだ?旅なんて現実そのものじゃないか。私がここに居るという事実とそれまでに至る過程の事実が、現実でなければ、一体なぜわたしはここにいるのだ!?
旅は非日常だと言う人がいる。私も、そう感じていた。だから今までは日本に帰る頃になると憂鬱だったのだ。しかし、今回の旅は私にとっては現実的に、日常の延長に過ぎなかった。
「なんだよ、場所が変わっただけじゃねえかよ。私の心は何にも変わってねぇよ。私に起きた現実も、事実も、何にも、すべて、変わってないよ。日常だよ。これは日常だよ」
必死だった。インドの伝統文化?生活習慣?貧困層の生活?いつもなら興味があることは、たぶん、どうでもよかった。自分に起きた出来事をどういう形で受け止めるのか、それを模索しよう、それしか頭になかった。
しかし、物乞いは私からペットボトルを奪い取ろうとする。おじさんはチャイをおごってくれる。旅行会社の人はご飯を一緒に食べてくれる。おばちゃんは突然怒る。誰も何も知らない。そして私だって彼らの事情を何も知らない。知らない同士。その人がどれだけのドラマをこれまでの生の中で体験し、感じてきたかなんて、誰も知らないし、そんなことどうでもいいのだ。それがもどかしく苦しくて悔しくて、そして痛快でもあった。
そしてそれは自分の世界が取り戻されるようだった。カレーが美味しい。町を歩くとやっぱり熱気にやられる。人と話すのは、楽しかった。彼の話じゃない話をするのは、面白かった。人の意見を聞くのは、おもしろかった。3週間私にはぽっかりと無くなっていた空間が、埋め戻されていくような感覚もあった。
彼が死んでから、そのことを知っている人間としか会わなかった。
だが、この国では誰も知らない。私自身を誰も知らない。すべてが初めての人間だ。そんな人たちに、自分は一体どうやって関わるのだろうか?
今まで自分は何かから逃れるために旅に出ていた。初めて旅したのは17歳の頃。私は若さゆえにドキュメンタリーの制作に挑戦し、失敗し、警察沙汰に巻き込まれそうになり、不特定多数の見知らぬ人を巻き込み、自分を責め続けていた。事態を収拾したのは私ではなく、大人だった。自分の小ささをあまりにも強く感じ、それを振り切るために日本を旅した。
その後も調子に乗って、何度も何度も、1年に半年近く旅をしていた。どこか別の場所に行きたかった。その気持ちは同じだ。そして海外に行けばいくほど、どんどんと滞在する期間は長くなり、そして日本を、ここを、離れたくなっていた。2月のあの時期はそれがピークに達していた。日本での生活に耐えられず、逃げるように留学を急いでいた私が居たのだ。
今回 私がひとつだけはっきりとわかっていたのは、どんなにもがき、地理的な逃避を求めていたとしても、自分自身からはどんなことがあっても逃れることができないという絶望だった。このことは、今までの経験から痛感していた。どんなに、遠くを見つめて、今居る場所から離れたいと思っていたとしても、たどり着いた先は自分なのだ。
そしてインドという、地理的に遠い国に居るという事実は、
彼がほんとうに死んでしまったという事実を
わたしに示しているのだった。
何度も何度も自問自答していた。
なぜ、ここにいるのだろう。それはあれが起きたからだろう。あれがおきなければインドなんて行かなかったのさ。
旅が現実を忘れさせてくれる?そんなこと誰が言ったんだ?一体いつだれがどうしてそんなことを思うんだ?旅なんて現実そのものじゃないか。私がここに居るという事実とそれまでに至る過程の事実が、現実でなければ、一体なぜわたしはここにいるのだ!?
旅は非日常だと言う人がいる。私も、そう感じていた。だから今までは日本に帰る頃になると憂鬱だったのだ。しかし、今回の旅は私にとっては現実的に、日常の延長に過ぎなかった。
「なんだよ、場所が変わっただけじゃねえかよ。私の心は何にも変わってねぇよ。私に起きた現実も、事実も、何にも、すべて、変わってないよ。日常だよ。これは日常だよ」
必死だった。インドの伝統文化?生活習慣?貧困層の生活?いつもなら興味があることは、たぶん、どうでもよかった。自分に起きた出来事をどういう形で受け止めるのか、それを模索しよう、それしか頭になかった。
しかし、物乞いは私からペットボトルを奪い取ろうとする。おじさんはチャイをおごってくれる。旅行会社の人はご飯を一緒に食べてくれる。おばちゃんは突然怒る。誰も何も知らない。そして私だって彼らの事情を何も知らない。知らない同士。その人がどれだけのドラマをこれまでの生の中で体験し、感じてきたかなんて、誰も知らないし、そんなことどうでもいいのだ。それがもどかしく苦しくて悔しくて、そして痛快でもあった。
そしてそれは自分の世界が取り戻されるようだった。カレーが美味しい。町を歩くとやっぱり熱気にやられる。人と話すのは、楽しかった。彼の話じゃない話をするのは、面白かった。人の意見を聞くのは、おもしろかった。3週間私にはぽっかりと無くなっていた空間が、埋め戻されていくような感覚もあった。








