学歴身分の根深い害

~現代の教育について分析しています~

「子どもが嫌がる勉強」を続けさせる親の大問題

2019年11月13日 | 日記
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●子どもが嫌がることを続けさせる親の心理とは
勉強量に関する相談は全国からたくさんいただきます。その多くは、勉強量が少なくて困っているというものです。その代表的なものは「うちの子勉強しないんですけど、どうしたらいいのでしょうか」というもので、子どもが勉強しないことに対する親の不安を代表するフレーズです。その結果、学校や塾に「もっと宿題を出してください」という人も少なくないようです。

一方で、学校や塾の宿題の量が多いとか、プリント学習の量が多くて困っているという進藤さんのような相談もあります。単純に量をこなせば学力が上がると考える先生は、さすがにいないと思いますが、子どもの学力水準と出される勉強量が合っていないことで、子どものキャパシティーを超えてしまうことがあります。

このように考えていくと、進藤さんがおっしゃる「嫌になった原因は塾のやり方にもある」ということを肯定することになりそうですが、実は今回の問題の本質はそこにあるとは思いません。単純に、塾に問題があると考えてしまうと、重要な視点を見失ってしまうことになります。

では、問題の本質とは何か? それは次のことです。

「子どもが嫌がり続けているのに、親はなぜそれをまだ続けさせているのか?」

今回のご相談は学校での話ではなく、塾での話です。塾であれば、親には選択権があります。合わないならやめさせるという選択もあるわけです。つまり、問題の本質は、塾の問題ではなく、親の問題ということになるのです。さらに親のある心理状態が問題の根本であると考えられるのです。

●親の本音は?
「子どもが嫌がっているのに、親が継続させようとするのはなぜでしょうか?」と聞くとおそらく次のような回答が返ってくることでしょう。

「根気強い子にならないのではないか心配だから」
「勉強ができなくなるのが心配だから」
「子どもの将来が不安だから」
しかし、これらは本当の理由ではなく、次のことが本音の理由だったりします。

「子どもがやるべきことをやらない人間になっていくと、親である自分が困るから」
実は子どものためではなく、親が自分の心を安定させたいからということが背景にある可能性があるのです。このように言われて、かなり心にグサリとくるかもしれませんが、残念ながらそれが実像、ということが少なくありません。

(略)

●勉強量は増やさず、好きな科目に時間を使う
「人財」育成の原則と呼んでいますが、それは「いい部分をさらに伸ばしていく」というものです。

進藤さんは次のようなことをしてみてください。

国語、算数、英語の3つを均等にやるのではなく、いちばん好きな科目である国語に多くの時間を使い、算数は量を減らして、できる問題中心型にします。英語は書く量を減らして音読型にしましょう。これらは通常されるアドバイスとはまったく違うと思われることでしょう。

通常は、苦手科目に時間を使いなさいと言います。今の状態でそれをやると、娘さんの勉強に対するイメージがさらに悪化する可能性があるのです。ですから、好きな科目に時間を使うという方法を取ることで、いったん、娘さんの勉強に対する心の状態を安定させるようにします。

それを続けていれば、算数、英語で自信を取り戻して、徐々にできない領域を自己修正させていくようになります。間違っても「苦手な部分をたくさんやらせる」ことから入らないようにしてください。

まだ小1ですから、勉強量を増やすのではなく、「やっていて楽しい」「面白い」と思える心を作っていくことのほうがはるかに大切です。その点を念頭において進めてみてください。


井垣義稀
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大学生よりも優秀?高専生が注目される理由 技術者や研究者として必要な行動力がある

2019年11月09日 | 日記
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高専をご存じだろうか。工業高専と言われることも多いが、高等専門学校のことだ。いちばんの特徴は中学校卒業後、5年間学ぶ一貫専門教育だ。高校3年、大学4年で計7年間を要する大学工学部レベルの教育を、重複なく5年間で完成する一貫教育を行うことを標榜してきた。そうした高専だが、学歴的には短大卒と同じであるため、高学歴化が進む状況から入学希望者が落ち込む傾向があった。

しかし、最近では、高専生が有能な人材として再認識され始めている。従来、産業界からは技術者としての評価は高かったが、近年、大学工学系の教授らが大学生より高専生のほうが優秀だということを公言している。今話題のAI活用研究などで成果を上げ、評価が高いのだ。

■産業界からも大学からも引く手あまたの高専生
設立以来、高専卒業生に対する求人倍率は高い。東京高専の進路状況をみると、2018年度の求人倍率は各学科平均で18.0倍、専攻科の求人倍率は98.4倍だ。

進学先も、多くの国公私立大学工学部などを中心に高専生の編入(専攻科修了生は大学院進学)を積極的に受け入れている。主な編入学先としては、豊橋技術科学大学や長岡技術科学大学のほかにもトップレベルの大学も多い。大学院の進学先では東京工業大学大学院や九州大学大学院などだ(大学・大学院への編入学先リストの一覧)。

前述の東大・松尾教授は自らの研究室に在籍する高専出身者を高く評価しているし、同じく東京大学で31歳という若さで特任准教授となったことで知られる大澤昇平氏は福島高専を卒業し、筑波大学に編入、その後東大大学院に入っている。やはり、AIの研究で注目されている新進の研究者だ。

就職においても、大学の研究面においても高専生の評価が高いのはなぜだろうか。東京高専の新保幸一校長は、「5年間、専攻科を含めると7年間の教育を通じて、専門知識を修得するのみならず、困難な課題に真摯に取り組む姿勢、問題解決へのプロセスを論理的に考える力、課題を的確に解決する実行力など、これからの技術者や研究者として必要な能力と資質を身に付けているから」と話す。

こうした資質を高専卒業生が持っていることは松尾教授も指摘している。新保校長によれば、「真摯な姿勢、論理的な思考力、的確な実行力」が備わっているということだ。

高専では「社会実装教育」が実施されてきた
「頭は良くても行動に結びつかない。言われたことしかしない」。大学生や新社会人がよく受ける評価だが、高専生はそうした点において社会の期待に応えられるような教育を受けているということであろうか。高専では「社会実装教育」が実施されてきた。

「KOSEN発“イノベーティブ・ジャパン”プロジェクト」などだ。東京高専を拠点に21高専が連携し、イノベーションを実現しうる技術者を育成するプロジェクトだ。「社会実装教育」という言葉はなじみが薄いが、以下の達成を目指している。

1.市民や異なる分野の専門家から生まれる「生きている情報」を工学上の言葉や具体的な技術に変換することのできる高度なコミュニケーション力
2.社会の複雑な要求に基づきながら改善や改良に取り組む主体性と創造性
そして、興味深いのは、これらの能力を育成するには、社会の現実の問題に正面から向き合い、他者との対話と工学的な解決策を駆使し、価値を共に創造する経験が必要との考えがあり、以下の4ステップから構成される実践教育をしているという。

ステップ1「課題を把握する」
ステップ2「提供する価値を考案する」
ステップ3「社会に導入する」
ステップ4「評価を得る」
こうした努力が実を結んでいるということであろう。

■自民党議員も注目しはじめた高専のシステム
国立高専機構は、発展途上国での技術者教育支援として高専の海外展開を行っており、「KOSEN」はモンゴルやタイでも導入され、高い評価を得ている。自民党でも内外での高専の評価に注目しており、同党文部科学部会に「高等専門学校小委員会」が設置されている。

大きな問題は高専についての国民の認知度がそれほど高くないことだ。卒業生に対する評価は高いのに中学生の高専への入試倍率が高くない、職場で大卒との待遇格差が生じている場合がある、多くの高専が設立から50年以上が経過し、施設の老朽化が進んでいるなどの問題点も抱えている。こうした問題に自民党関係議員の関心は高いようだ。

大学教育全体を見直すきっかけにも
高専に対する高評価は、大学などの高等教育全体の検証にも参考になると筆者は考えている。現在、法学や政策学など、社会科学領域の教育を行っているが、近年、若者の未知なものへの好奇心や社会への関心の低さを強く感じる。興味・関心に基づく行動意欲を欠いていては大学の授業を面白いと感じるはずはない。

ほとんどの欲求がスマホを通じて満たされている若者に対して、学ぶ動機づけをどのように与えるかは極めて重要な問題だ。学校での学びが社会につながっており、自らが社会に貢献できるという実感こそが大学教育には不可欠だと筆者は信じている。現在の大学教育にはそれが欠けている。高専教育から学ぶことは多い。



大川剛史
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「大学病院だから安心」なんて大ウソ ~圧倒的に経験不足の医師たち~ブランド名に惑わされるな

2019年11月04日 | 日記
「週刊現代」2016年9月3日号より
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○ 患者はモルモット

「いまだに『うちの主人は東大病院で診てもらっていますの』とか、『慶應病院の先生を知っているから安心だ』という人がいますが、大学病院の中の人間からすれば、お笑い草ですよ。

はっきり言って、自分の家族が病気になっても大学病院には絶対に入院させたくない」

こう断言するのは、首都圏の国立大学附属大学病院で働く外科医。医療界の実情をよく知らないと「東大」「阪大」「慶應」といったブランドを聞くだけで、大学病院に行けば素晴らしい治療が受けられると勘違いする人も多い。

だが、それは大きな勘違いだ。医療ジャーナリストの田辺功氏が解説する。

「一般的な病気の患者は地域の中核病院で診てもらったほうがいい。大学病院は非常に稀な病気や、実験段階の研究的な治療を受けたい場合にだけ利用すべきです。

そもそも大学病院というのは研究と教育のための機関です。従って大学病院の医師には中核病院の医師のような、患者を診るための知識や姿勢が備わっていないことが多いのです。

大学病院では研究に役立ちそうな珍しい病気の人は尊重されますが、患者数の多いありきたりの病気であれば、たとえ命に関わるようなものであっても、おざなりな対応をされることもある」

大学病院では研究論文を有名な医学誌に発表することばかりを考えている研究者も診察を受け持たなければならない。日々研究に明け暮れている学者の目には、患者はモルモット同然に映っているのだ。

「海外の論文に出ていた新しい手術法を成功させると鼻高々になる外科医は多いですね。医局ではそれが患者の身体のためによかったかどうかよりも、手術の難易度や斬新さで評価が決まる。

内科にしても、製薬会社と協力して新薬の治験に参加することが多い。他に治療法がなくて藁をもつかむ思いの患者さんはそれでもいいかもしれませんが、病院側は一人でも多くの『実験台』がほしいというのがホンネですよ」(前出の大学病院外科医)

このような独特の風土が、医療現場を歪めていることは間違いない。

事実、このところ話題になった医療事故の現場は大学病院がほとんどだ。腹腔鏡手術の失敗が続いた群馬大、麻酔薬プロポフォールの誤使用で男児が死亡した東京女子医大、女児の心臓手術で重度の脳の障害が残って裁判沙汰になっている慶應大学病院などなど。

自身も長らく東京大学医科学研究所に籍を置いてきた医療ガバナンス研究所の上昌広理事長は「大学病院の医師は圧倒的に経験が不足している」と語る。

○ 実は経験が足りない

大学病院のトップに立つ東大病院を例にとってみよう。東大病院で働く内科医の数は約200人。一方年間の内科の患者数は8000人。1人の医師あたり40人の患者を診たことになる。

一方で、例えば宮城県の仙台厚生病院の内科医は約50人。退院患者数は1万5000人。1人あたり300人と差は明らか。医者が診る患者数が少なければ、それだけ丁寧に診てくれるかといえば、そうはならない。むしろ逆だ。

「これだけ患者数が少ないと圧倒的に経験の差が生まれ、それが手術や治療の技術の差につながる。

大学病院は旧態依然とした医療の総合デパートのようなもの。あらゆる科がそろっているが、ほとんどの科のクオリティが中途半端です。一方で国立がん研究センターやがん研などの病院はがんに特化している分、症例数も多く、優秀な医師たちが集結しているのです」(前出の上氏)

大学病院の経営状況の悪化も、医療の質の低下に拍車をかけている。とりわけ首都圏の大学病院は火の車のところが多い。診療報酬は全国一律で同じだが、人件費などの経営コストは首都圏が高くなるからだ。

「都内の某有名大学病院には40代で月給が手取りで30万円代という外科医もいます。それでは食べていけないからといって、アルバイトに精を出す。当直勤務などでがっぽり稼ぐのです。

なかには給料よりバイト代が高いという医者もいます。そんな状況ですから、自身の勤める大学病院での仕事にもしわ寄せが来るのは当たり前ですよ」(前出の大学病院外科医)

このように勤務医の職場環境は悪化する傾向にある。

しかしそれとは裏腹に近年、受験生の医学部志向がますます強まっている。東芝やシャープといった工学部系の就職先の花形企業が次々と経営危機に直面するなか、安定した職種として医師を目指す理系の学生が増えているためだ。

「ここ20年ほどで地方の国立大学医学部の偏差値が大きく伸びています。いまや岐阜大、山口大、旭川医大の医学部が東大理Ⅰと同じレベルなのです。

このような受験エリートを大学に入ってからも詰め込み型カリキュラムでしばってしまうと社会性のない『専門バカ』を量産することになります。医学部教育は岐路に立たされています」(前出の上氏)

このように育てられた専門バカたちが「教授」という椅子を狙って、いつまでも居座り続けている場所-それが、大学病院という白い巨塔である。本当に患者本位の医療サービスを受けたいなら、大学名という「ブランド」に惑わされてはならない。



津田大照
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「子を東大に入れた私を褒めて」という親のエゴ

2019年11月04日 | 日記
以下リンクより引用

〇「周囲に自慢できるわが子」をつくった私をもっと褒めて

わが子の大学合格までの道のりに介入して、それを公然と口にして「褒めてほしい」とまで言う時代なのです。たしかにご両親も受験に際して、大変なご苦労をされたことと思います。多額の塾代や私立中高一貫校の学費といった金銭面の負担、塾への送迎といった手間暇の負担が大きいことは知っています。

長らく東大で教壇に立ってきた印象で言うと、今や東大は親との二人三脚なしには合格できない大学です。東大に限らず、難関校に合格した子供たちは、いわば親の作品、なかでも「成功作」です。学歴という見えやすい軸で、勝利をつかんだ「周囲に自慢できるわが子」をつくったわけですから、祝辞でも「作者である私を褒めてねぎらって」という気持ちになるのでしょう。

〇1985年の男女雇用機会均等法以降の世代ゆえ

女子の場合はもう一つ親が教育に力を入れる理由が加わります。それは、母親世代が性別を理由に、満足に働けなかったということです。今の大学生の親より下の世代は、1985年の男女雇用機会均等法以降の世代です。

しかし、均等法にはほとんど実効性がなく、企業では多くの女性が従来通りの差別を受けました。総合職に就ける女性はひとにぎり、女性は一般職雇用で給与は低く、男性と同じようには昇進できません。結婚したら働き続けるという選択肢は現実的ではありませんでした。こうした社会でも娘が働いていけるような進路を親は必死に考えます。その結果が現在の女子受験生の学部選択にあらわれています。

90年代以降、女子学生の増加が著しいのは、法学部や医学部といった資格取得に直結する学部です。つまり個人プレーがききやすい「手に職」系の学部です。弁護士と医者は、高給版「手に職」志向、ほかにも薬剤師や看護師などの資格志向があります。反対に、組織に入らなければ成果を上げられない経済学部や工学部はあまり女子学生が増えていません。

「手に職があれば、組織に組み込まれなくてもすむ。転退職しても再就職が容易。私は果たせなかったけれど、社会で活躍してほしい。私が企業社会で受けた嫌な思いをしてほしくない」という「母心」が透けて見えるようではありませんか

〇家庭が「評価の場」なら子供にとって家庭は「緊張の場」になる

教育を投資だと見なすことは、将来のリターンを期待するということです。投資は、コストとベネフィットを勘案する「費用対効果」で測ります。学力という物差しだけで測られて、結果を出せないと愛されない。そんな家庭で親からの過大な期待と教育熱を注ぎ込まれて、つぶれなかった子は運がよいですが、そうでない場合、精神的に追い詰められます。

たとえつぶれなかったにしても「投資対象」である子供は、評価者である親といても楽しくありませんから、思春期とともに親を疎むようになっていきます。そのツケは将来、一緒にいても会話のない親子関係となってあらわれるでしょう。先に挙げた東大生たちの心の闇も、こうした家庭の中から生まれます



新直
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上から目線、やたらとダメ出しする人ほど「考えない人」が多い理由①

2019年10月31日 | 日記
志を失えば、思考は停止する。


引用元:リンク

社会人になって
年数がたつほど考えなくなる
 前回、ビジネスにおいて「考えない人」が企業内・組織内に増えていることと、「考えない人」が企業や組織を衰退させていくことを見てきた(参考記事:『自分で考えない人ほど「仕事ができる人」と勘違いされ、昇進する理由』)。

「考えない人」は、危機回避の意識が強く、失敗を恐れるために自分ができることしかやらない。しかし、自分ができることはたくさんの数をこなすために、自身も周囲も「考えない人」のことを仕事ができる人と勘違いしやすい。

 そして「考えない人」が企業や組織の中で昇進すると、その企業や組織がチャレンジしなくなり、競合他社との競争力を徐々に失い衰退していくことをお伝えした。

 では、私たちはこのような「考えない人」にならないようにするために、どうしたらいいのだろうか?

 ベテランのビジネスマンで物事を深く考えない人であっても、新卒の頃はもっと考えていたはずだ。

 そのような人が、社会人になってかなりの年数がたつと、なぜ考えなくなってしまうのだろうか?

人間の脳は本質的に省エネモード
 例えば脳は、「従来とは全く違う思考や業務を行うこと」よりも「ルーティン」を好む。

 これは毎回、新しいことを考えること自体が、脳にとって負担だからだ。

 だから脳は、常に負担が掛からないようにしようとする性質を持つ。この性質が人を考えなくするように働いていると考えられる。

 ビジネスマンであれば、新人の頃は何もかも新しいことばかりで、学ばなければならないことだらけだから、常に脳は活性化している状態だ。

 ところがビジネスマンとしての経験をたくさん重ね、ベテランになり、ある程度のことはさほど頭を使わなくてもこなせるようになってくると、状況は変わってくる。

 負荷なくスムーズに思考や業務ができるのであれば、脳はそれをよしとして、それ以上のことをやらなくなっていく。これが「考えない人の脳」がなす仕業だ。

 また、その人の価値観や特性などが、「人を考えなくするように影響している」ことも、脳科学や心理学などの複数の研究でわかっている。

 心理的に「失敗したくない、リスクを取りたくない」と考える人は、今やれることを手堅くこなすことに集中してしまい、新しいことにチャレンジしなくなっていく。そしてそれに伴って、次第に物事を考えなくなっていく。

 こうして「考えない人」が徐々に形作られていくのだ。

その②へ続く



土偶
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