落武者の行方

09.02.02>>>迷走中?(since 04.09.13)

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

播磨みどり「縫合」

2005-05-30 | art
Gallery Jin | Midori HARIMA"suture"



ギャラリー・ジンで始まった、播磨みどり"縫合"です。



白黒コピーの平面から立体に仕立て上げられた子供の立体。
それはその工程が示すように、決して外へと打ち出され溢れ出る何かを持つものではない。かと言って、その空間が消滅してしまいそうな負の力を湛えたものというわけでもない。
ちょうど、あの場に危うくも存在しており、己と外界の境界にただひたすらにひっそりとその外皮を並べた中間としての存在。

そのように感じました。


確かにコピーで陰影やパーツが描かれてはいますが(凹凸はあります)、予想した以上にはっきりと横たわっていました(こう書くと前述の事項と矛盾しますが、こちらは物質としての存在という感じです)。

床に置かれた2対の立体の間には両面鏡が置かれ両者の橋渡し的存在を担っているのですが、このインスタレーションが見事。
互いが鏡像の関係をもって配置されているのですが、その間には鏡がある。つまり1体について2つの像、鏡に映る虚の鏡像と実際にもう一方の立体が表現する現実の鏡像が存在するということです(ちょっとわかりづらいですね・・・)。
その配置の妙から、特に手前の立体とそれに関する2つの像においては鏡面のエッジで入れ替わる時のズレが殆ど無く、まるで鏡に映った像とその向こうにある立体がつながっているような状態、それによって本当にこれは鏡なのかという疑念が生まれ、最後にはその存在や空間すら疑わしく思えてくるような作品になっています。


「縫合」というつなぎ合わせること、つなぎとめることを意味することばをタイトルとしてもってきた意図。
次第に、なんとなくですがわかってきました。



その他、窓とカーテンによるインスタレーションや、映像作品、ドローイングで構成されています。
6月26日まで。
コメント   トラックバック (1)

高橋コレクション次回

2005-05-29 | art
高橋コレクション、次回は9月3日から野田幸江展。
コメント

「岡倉天心展-日本文化と世界戦略」

2005-05-28 | art
watarium MUSEUM | "Tenshin Okakura The Awakening of Japan"



ワタリウムで6月26日まで開催中の、"岡倉天心展-日本文化と世界戦略"です。

先日オンサンデーズまで行ったのに、何故か行かずに帰ってしまったので改めて。



天心、という名前は中学や高校の美術の授業などで耳にしたことがある方も多いと思います。
日本の伝統美術の価値を重んじ保存や修復を行ったり、東京美術学校を創立したり、ボストン美術館
部長になったり・・・と挙げ出すとその功績はきりが無いわけです。

勿論そんな人をあのワタリウムのスペースで全て語りつくすことなど出来るわけがなく、やはり少々物足りず味気無い感じは否めませんでした。
会場自体が暗いのでなんだかどんよりした空気も流れていたりしたのですが、それでもちょこちょこと書簡や天心の筆によるものなど面白いものもあったりして、「どうせならもうちょっと突っ込んでやってくれれば良いのに・・・」という気分になります。

そんななかで妙に頑張っていたのが、"新六角堂"。
五浦の観瀾亭六角堂に基づき、磯崎新監修、六角鬼丈設計でワタリウム内に新六角堂が設置されています。
中に入ることができ、外に映し出された茨城の五浦海岸の映像を眺められるというもの。
正直、亭というのは簡素な山荘のようなものを意味し、技巧やデザインはそこにおいて問題ではなく周囲の光景を感知し自然と一体化することが風雅なのであり六角堂はそういう場所であった、ということを考えるとお世辞にも再現できているとは言えません。
映像がずれていたりで半端な印象しか残らなかったのは残念です(あそこでやろうとするとあれ位が限界なのかもしれませんが)。
それにしても六角堂に六角氏、とはギャグなのか。それとも六角氏が六角紫水と何か関係があるからなのか・・・(そこまでは存じ上げておりません)。



期待していっただけに残念な印象が先行してしまっていますが、岡倉天心という人物のへ入門としては良いのではないでしょうか。
かく言う僕も、まだまだ初心者なのでそういった面では勉強になりました。
年配のお客さんばかりでしたが、若い人がもっと観るべきだと思います。
コメント (2)

森村泰昌「風刺家伝-ゴヤに捧ぐ」

2005-05-27 | art
SHUGO ARTS | Yasumasa Morimura"Los Nuevos Caprichos"



シュウゴアーツにて5月21日より開催されています、"風刺家伝-ゴヤに捧ぐ"です。

森村さんの新作、"ロス・ヌエボス・カプリチョス"は18世紀の巨匠、ゴヤの"ロス・カプリチョス"を主題として制作されています。
このゴヤの作品は18世紀のスペインの社会における政治、宗教、悪徳悪習をアイロニーをこめて描いた銅版画であり、それらを現代においてアーティスト・森村泰昌の「彼らしい視点」から再解読再構成したものです。



まず驚かされるのが元ネタである、"ロス・カプリチョス"の色褪せない新鮮味、普遍性。
今回の個展まで、ゴヤのこの一連の銅版画の存在は知りませんでした(何か観たことある気もするので、もしかしたら単体でどこかで目にしているのかもしれませんが)。
18世紀という時代を考えると、一時代、いやそれ以上に先を進んでいたような内容ですからまずその先鋭性と奥深さに驚嘆させられます。

それを今回の題材とした森村さん。

prints21で一番最初に目にした時は、「ちょっとサイコボーグみたいだな。」と感じました。
今考えると何故そういった感想をもったのか少々謎なのですが、単にその質感のせいだったのでしょう。
しかし、そう一瞬考えたうえで明らかに違うと思ったのはその洗練された作風です(余談ですが、サイコボーグは発表当時、それまでの一連のヒストリーポートレイトで森村さんの支援者だった人をだいぶ怒らせたとかなんとかということを以前何かで読みました)。
ゴヤの感覚の再現を試みることは当然可能だったでしょう。だが彼の選択は自分のフィルターを通しての再解釈というものだった。そうなってくると衣装やら小道具やらも当然違ってきますし、セレクトも困難になると思います。

その選択が見事に融合したんでしょうね。
アヤしいアイテムを買い漁る森村さん(詳しく知りたい方は著書をお読みになってください)らしい、「なんじゃこりゃ」的小道具も、少々きわどい背景や現代の要素の注入で入れ替わった登場人物も見事に作品を構成しています。
それに「現代アート道楽の日々。」のpizzさんも書かれていましたが50過ぎの男とは思えないお御足も強力な武器となって加わり(もちろん根本にあるコンセプトが良かったのは言うまでもありませんが)、アーティストの解釈を加えたセルフポートレイト作品として非常に完成度の高い作品となっており、それらを大きなプリントで見られるシュウゴ・アーツでのこの個展は必見です。

是非。



(正直に言えば、「ちょっと安易ではないか?」と生意気に思った変換もあったりしたのですが、最後は別に良いや、と思ってしまいました。一貫して元ネタを同時に見せているのもポイントが高いと思います。)
コメント (2)

「劉野」展

2005-05-27 | art
Project Room | Riu Ye solo exhibition



Project Roomで28日まで開催中のリュウ・イエの個展です。


開催予定だけしかチェックしておらず、アーティストの紹介文などには目を通していかなかったため、女性のアーティストだと思って会場に足を運びました。
実際に作品を見ても勘違いそのまま。
会場のアーティストファイルに目を通して初めて男性作家だということを知りました。


このような言い方が果たして良いのかどうかはわかりませんが、やはり中国という国家の時代もしくは政治背景を感じさせるような作風でした。

画面にはどこか自然で伸びやかな、でも陶器のような表情も併せ持った登場人物たち。
無垢で愛らしいようにも、複雑に絡み合った葛藤が内部に存在するようにも見えます。
ファイルで説明されていた、彼のモンドリアンに対してのスタンス、というのはいまいち納得出来ないというかしっくりこないというか・・・そんな部分もありましたが中国のアートの萌芽、ということで今は受け取っておくことにします。

また作品そのものとは関係ありませんが、中央に飾られた大きな1枚の淡い絵。
その作風とホワイトキューブ、ライティングが相まって、まるで壁面にその風景が浮かび上がっているかのように目に飛び込んできました。
これには一瞬驚かされましたし、勉強にもなりました。


中国の作家ということで、森美術館で7月2日から開催される「フォロー・ミー!新しい世紀の中国現代美術」展に出品されるかもしれませんね(概要しか知りませんので定かではありませんが)。
今回観ただけでは完全に把握しきれないところもありましたし、また観る機会があれば良いなと思っています。
コメント