落武者の行方

09.02.02>>>迷走中?(since 04.09.13)

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東京国立博物館特別展「踊るサテュロス」

2005-02-18 | art
TOKYO NATIONAL MUSEUM"The Dancing Satyr"



2005年2月19日より東京国立博物館にて開催される特別展"踊るサテュロス"の内覧会、お世話になっている先生がお声をかけて下さったのでご一緒させて頂きました。

1998年、イタリアシチリア島沖で引き上げられたブロンズ像。ディオニュソスの従者とされるサテュロスの見事な像です。
両手、右足、尻尾を失ってはいますが、それは逆に我々の想像力を喚起するわけです。
これはミロのヴィーナスについて清岡卓行氏が述べていたことと同様のことなのだと思いますが、理論云々は置いておいても失われた身体の一部は当時どのようにサテュロスに動きを与えていたのか、そのことを考えたその瞬間観る者の中で踊りだすのです。

とにかく、尻美人。
変な意味ではなく、エロいのです。セクシーなのです。背面に物凄い色気。やられました。
観る角度によっては少々間抜けな感じがするところもありましたが、それはあくまで現存部のポージングの問題でありその壮絶に豊かな表現力は一見の価値ありです(体勢に多少の無理はありますが)。
頭髪はパーツを付けて創られているそうですが、毛先など案外折れずに残っているのは驚きでした。その表現は少々記号化されていますけれど。

現在このような作品(肉体表現)をどれほどの人が創れるのか、そう考えると古代の文化レベルの高さにはただただ唸るしかないわけです。
展示場所の表慶館もこの像にはあっていたと思います。

ただ、これは先生とも話したのですが顔だけみれば仏像か四天王像かと思うようなその表情はやはりギリシャ彫刻という感じで、躍動感溢れるはじける肉体とは全く分離しています。
「実は踊ってないんじゃないか。」とか「ディオニュソスに無理矢理踊らされている像なんじゃないか。」とか余計なことをどうしても考えたくなってしまいます。
特徴、と言ってしまえばそれまでですがやはりもったいない気がします。

他にはサテュロスの写真と引き上げや修復についてのパネル、ミニチュアなどが展示されているのみです。
観覧料金800円ですので、もし愛・地球博に行かれる方はそちらのイタリア・パビリオンで観ても良いかもしれませんね。相当混むんでしょうが・・・。

ご自分の目で観て、手足や尻尾を色々なパターンで生やし体勢を変えオリジナルのサテュロスを完成させてみてはいかがですか?
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東京オペラシティアートギャラリー「森山・新宿・荒木」

2005-02-18 | art
TOKYO OPERA CITY ART GALLERY"MORIYAMA・SHINJUKU・ARAKI"



東京オペラシティアートギャラリーで開催中の"森山・新宿・荒木"展です。
森山大道と荒木経惟の二人展。昨年の8月(パンフレットでは今年8月となっていましたが、それは・・・)に新宿歌舞伎町界隈で撮りおろした新作を含め、新宿で撮影された作品たち。

森山、荒木両氏の新宿というところへの眼差しの軌跡と言えるのではないでしょうか。
僕は写真に造詣が深いわけではありませんし、常日頃からこの2人の写真家を熱心に追っているわけでもありません。ですからテクニック的なことはわかりませんし、実際どちらの撮ったものなのか分からないものもありました。正直。
それでも感じたことは、新宿へ向けられた眼差しは予想以上に静かで優しいということでしょうか。

アラーキーといえば、僕が中学生位の時に神戸ファッションミュージアムで開催されていた企画展に彼の写真が出品されていました。
トンネル状の空間一面には彼特有の写真が隙間無く展示されています。ヌードや扇情的な写真たち。母と妹と行ったのですが、「母が慌てて妹だけ先に行かせていたなぁ」なんてことをアラーキーの作品を観るたびに思い出すのです。
扇情的と書きました。一般的にはエロス云々とも言われています。
が、僕は彼の作品にそういったものを感じることは殆どありません。何か、張り詰めたか細い悲哀の糸が常に根底にあって(それが見えているとは限らないのだけれども)、時にその上にある種コミカルな被写体がのってしまうものだから、良くも悪くも切なくなるのです。
コミカル、なんて言ったら怒られるかもしれません。自分でもその理由は良くわからないのですが、おそらく色々な意味でイタイ部分を撮っているからなのかもしれません。
それもこれも新宿の内包するものか。

森山作品では"ポスター"が印象に残っています。
「誰でもできるだろう、あんなの。」と思う人もいそうですが、そうはいかないでしょう。
彼の写真は「シンジュク」という響きに囚われた僕を解放してくれます。
それは今回の企画展に限らず。


新宿という場で向き合った、二人。
果たして何を感じたのでしょうか。




project N 21"BABA Megumi"

プロジェクトNのほうは、今回は馬場恵。

色彩自体はキレイだったのですが、正直何がしたいのか殆ど伝わってこなかったです。フォルムからもタッチからも。
パンフレットを見ると奥深い作品たちのようですが、何かまだまとまっていないのではないかなと感じてしまいました。他の作品を見たことがない(あるいは記憶に無い)ので何とも言い難いのですが。。
元はリトグラフ、シルクスクリーンで制作していたようで、ネットでみつけた過去の作品のほうが魅力的でした。

ただし、"版画集「シェイプ-ペイン・キラーズ」"はなかなか良かったとおもいます。
並べて初めて魅力が出るという感じでしょうか。




そしてiccはまた時間切れ・・・。
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朱鷺メッセのアート

2005-02-18 | art
はずかしながらこんなものたちがあることを知りませんでした・・・。
"begining"をイメージした、ここだけの作品たち。ここでこんなものを観られるとは。
かなり嬉しかったです。

説明は、基本的にパンフレットなどを参考に書かせて頂いてます。
デジカメ写真は前回同様不問ということで・・・。


Rebecca Horn"Oceanlight-Trees 2003"

レベッカ・ホーンの"オーシャンライト・ツリー 2003"。海光の木々。
3つの石に満たされた海辺の都市を象徴する塩水、そのエネルギーが光の矢のような金の振り子を伝って天井に青い水の波紋を投影する。光へと姿を変える。


といいつつ、天井には何も映っていません。


3つの石のひとつ。礎石的な意味合いもあるのでしょうか。


やはりホーンの形状は独特ですね。


Anish Kapoor"Turning the World Upside Down,2003"

アニッシュ・カプーアの"世界を反転させる,2003"。
ステンレススチールの巨大な凹面鏡。少し離れていると映る像は逆転しているが、近づくに従い像はもう一度反転する。別世界へ開く窓のような、視覚的虚実の問題をスリリングに問う作品。


なんとなく反転。空間と感覚の操作はカプーアの十八番。


奈良さんの皿キャンバスを思い出す。キレイな形状です。


しつこい。


Daniel Buren"Somewhere along the way,some colors"work in situ for Toki Messe,Niigata 2002-2003

ダニエル・ビュレンヌの"道に沿ってどこかに、幾つかの色"新潟県朱鷺メッセの為の作品2002-2003。
4面の色が異なる23本のグリッド状に配置された柱は、アクセスの仕方で全く違う表情を見せる。夜には照明で瞑想へと誘う詩的な場となる。


緑のストライプかと思ったら・・・


ピンクが現れる。写真の際立つマズサに自分もびっくり。


Kan Yasuda"Secret of Sky"

安田侃の"天秘"。
単純な白い形態が芝生の上に佇む姿は、自然に宿る静けさを表し、我々の想像力を喚起させ同時に瞑想へともいざなう。


カラスの溜まり場・・・。


安田さん独特の形態。360度どこを背景にしても際立つ。


Cai Guo-Qiang"Lighthouse"

蔡國強の"灯台"。
巨大な自然石の内部を刳り抜き、割れ目の内側からは霧が噴出し夜には幾条もの光束を放つ。海外との友好の象徴、未来への文化の灯台。


霧など出ていません・・・。夜は壮絶にキレイなようですが、見れなかったです。。


横に置かれたサイン。


朱鷺メッセをバックに"天秘"と記念撮影(強引)。
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