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東京都南青山|おおした鍼灸院

触れるという土台があって成り立つ視覚と聴覚

「視覚と聴覚、触覚は大脳新皮質にスポンと入るので、分断しちゃぁ絶対にだめ!」

ここに書いてたのですね(^◇^;)
最近ブログを見ても書いてもいなかったので、だいぶ探しました。


以前瞑想をしに千葉まで出かけたことがあります。
毎日12時間、10日間の瞑想で思ったことの一つが目と耳を通さないことからくる内部感覚への集中です。ただ体にだけ集中する心地よさ、お釈迦様が言った「過去を追うことなかれ、未来を追うことなかれ」のあの言葉、「今」に集中する事と通ずるところがあるのでしょう、とても穏やかな気持ちになったのを思いだしました。

過去を追うことなかれ。
未来を追うことなかれ。
過去はすでに過ぎ去れり。
未来はいまだ来ざりき。
ゆえに、ただ今なすべきことを、そのところにおいてよく観察し。
揺らぐことなく動ずることなく、よく見極めて実践せよ。
ただ今日なすべきことをよくなせ。
誰か明日の死あることを知らん。      
 『賢愚因縁経 大聖武』

見ること聞くことは、触れること味わうこと嗅ぐことに比べて体から遠く離れていることです。だから実体化するのが難しいですが、触覚や味覚、嗅覚を育てる前に視覚や聴覚に頼る生活を子どもに強いるのは、服を着させず冬山に放り出すようなものと解釈して良いほどだと私は思っています。

哺乳類、とくに霊長類は保育期間が長く、その間に絶対的安心感を肌で感じ、それを当たり前にできないと、生きにくくなるは普通に考えても当然です。

視覚や聴覚全盛の時代だからこそ、触れるということを必要以上に意識することは子育てでとても大切なことだと、そういう環境で育った子ども達の生きやすさを見て、つくづく思う今日この頃です。



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