浄空法師説法研究

浄空法師の説法に学びながら、日本語に翻訳して紹介しています。

人の過失を心に留めていれば、自分が大損をする

2016-02-13 | 【修行の方法】


把別人的過錯放在心上,自己吃的虧大了 / 人の過失を心に留めていれば、自分が大損をする
文摘恭錄—二零一二淨土大經科註(第九十三集)2012/12/28 檔名:02-040-0093

瞋忿就是心裡頭有怨恨,「謂人於違情之境,不順己意,便發恚怒,而忘失正念」。有人起心動念、所作所為我看不慣,懷恨在心。這種怨恨障礙我修道,障礙修定、障礙觀想、障礙念佛,念佛堂障礙念佛。所以真正修行人,要保持心平氣和,不要把別人的過錯放在自己心上,我們自己吃的虧大了。決定不能冤冤相報,結怨成仇這個事情就麻煩大,佛教導我們決定要避免。
瞋忿(しんふん)とは心の中に怨恨(えんこん:恨み)があることです。「人と感情的な相違が生じた状況で、自分の思い通りにならずに怒り出し、正念を忘れてしまうことを言う」(謂人於違情之境,不順己意,便發恚怒,而忘失正念)【注:訳者意訳】。ある人のやることなすことが気に入らず、恨みを心に抱きます。このような怨恨は自分の修道の障碍になります。定(じょう)を修める障碍になり、観想の障碍になり、念仏の障碍になります。念仏堂での念仏の障碍になります。ですから真の修行者は、心を平静に、和やかに保たなければなりません。人の過失を自分の心に留めていてはなりません。私たち自身が大損をします。決して恨みを報い合ってはなりません。恨みの縁を結ぶことは、とても面倒なことです。仏は私たちに絶対に避けるよう教えています。

吃虧了也不跟他結怨,上當了,受他的陷害、受他的羞辱,都沒有報復的念頭,成就你自己的行,忍辱波羅蜜。你能忍就能修定,能修定就能開智慧。《金剛經》上講六度,最重要的兩門就是布施、忍辱。布施是修福,忍辱能夠積,讓你所修的福不會失掉。不能忍,一面修一面就失掉了,有漏,又漏掉了,就是功漏掉了,修一點福報而已。福報,來生在人天,不能往生,這個必定要知道。
損をしたとしても、その人とは恨みの縁を結びません。騙されたとしても、陥れられても、恥辱を受けても、報復する考えは持ちません。あなた自身の徳行を成就させます。忍辱波羅蜜です。あなたが耐え「忍」ぶことができれば「定」を修めることができ、「定」を修めることができれば「智慧」を開くことができます。『金剛経』では六度を説きますが、最も重要な二つは、布施と忍辱です。布施は福を修めます。忍辱は徳を積みます。あなたが修めた福を失くしません。耐え忍ぶことができなければ、一方で修めながら、一方で失っています。漏れがあり、漏れ尽くしてしまいます。つまり功徳が漏れ尽くして、少しばかり福報を修めただけになります。福報では、来世は人天(人道・天道)に生まれ、往生は出来ません。これは必ず知っておかなければなりません。

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