うさこさんと映画

映画のノートです。
目標の五百本に到達、少し休憩。
ありがとうございました。
筋や結末を記していることがあります。

0146. Spartacus (1960)

2006年09月06日 | 1960s
スパルタカス/スタンリー・キューブリック
161 min (1967), 198 min (1991) USA

Spartacus (1960)
Directed by Stanley Kubrick based on a novel by Howard Fast. Cinematography by Russell Metty, music by Alex North. Performed by Kirk Douglas (Spartacus), Laurence Olivier (Marcus Licinius Crassus), Jean Simmons (Varinia), Charles Laughton (Sempronius Gracchus), Peter Ustinov (Lentulus Batiatus), John Gavin (Julius Caesar), Tony Curtis (Antoninus) et al.



「大河ドラマ」というコピーをNHKの番組のためにかんがえたひとが誰なのかは知らないけれど、アメリカの映画界には「大河ドラマの系譜」が、日本のテレビ番組の数百倍の規模をもって、おそらくたしかにある。劈頭にあってひとつの神話のはじまりをもたらしたのは、やはり『イントレランス』なのだろう。あのバビロンの門にかざられた巨大な象の彫刻ひとつに胸を躍らせる兄弟の物語を、ずっとのちになっても、コーエン兄弟は深い愛着と憧憬をこめてつくりあげていた。

この作品は、1960年のアメリカが創った「古代ローマ」の像がおもしろい。それらしくもへんてこで、感心したり笑ってしまったり。映画としては、じっくりと腰をすえて描いていく息のながさが、いまみるとかえって新鮮にうつる。スパルタカスという人物のアクチュアリティーは、アメリカの価値観では「自由を得るためにたたかった男」になるのだろう。ただし、ヒステリックな赤狩りをおこなったほど短絡的なものにとどまっていた共産思想認識しかもたないハリウッドで、「階級闘争」という概念は厳重に封印されているようにみえる。

いっぽう、ここで奴隷たちを抑圧しているのがローマの貴族による支配階層であることはストレートにえがかれている。概念をほんのすこしずらしさえすれば、「反乱」と「戦い」そのものは政治的にコレクトな記号なのだ。やれやれ。

背後で問題を醸成している「階層性」は、あの国の映像界ではしばしばイギリスとアメリカという「国」の記号にすり替えられる。字の読めないスパルタカスとして「自由と解放」のためにたたかう役はアメリカの代表的な俳優、カーク・ダグラスが演じる。反面、支配階層、あるいは知識人の役にしばしばイギリス人の古典劇の俳優が配されるハリウッドの"伝統"は、ここにも顔を出す#。抑圧的なローマの元老院議員を演じるのはローレンス・オリヴィエで、彼に見初められる"教育のある"女奴隷にはジーン・シモンズが配されていた。このヒロインはオリヴィエの推薦かもしれない。シモンズはこの15年ほど前、オリヴィエ自身によって制作された例のハムレットで、わかいオフィーリアを演じている。

#たとえば宇宙における刑務所が舞台になっていた『エイリアン3』でも、支配層にあたる侮蔑的な所長はイギリスのアクセントで話し、服役者たちはアメリカの英語を話す。悪はドイツ、支配者はイギリス、自由はアメリカ、野蛮は日本。1960年代からながらくつづいた記号である。地域名はいれかわっても、その認識の単純な色分けにはあまり変化がない。蛮族はいまではプレスリーの猿まねをするまでに飼い慣らされたらしいけれど……。あの二匹の猿!



メモリータグ■これがローマだと語るバルコニーでの立ち台詞の遠景に、奴隷たちの長い行列がつづく。いったい何度あの行列のリハーサルをしたのだか、映像のお手本のような演出だった。キューブリックというひとは、端正な構図を好むというより、そもそも「汚い画面が撮れない」のだと思う。



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