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あまてるみたま考(1)【昔のイングランド海軍では】

2013年01月25日 20時51分47秒 | あまてるみたま紀行

 昔のイングランド王国では海軍の艦船で使用されるすべての索具にある仕掛けがしてあり、それは、もっとも太いものからもっとも細いものに至るまで、一本の赤い糸が端から端まで貫通しているというもので、この糸を抜き取れば全体がほぐれて解けてしまうし、この糸を見れば、どんな小さな切れ端でも王国に属していることが分かったという。

 この話のポイントは2つあって、それは以下のA・Bのようなものである。

 A.赤い糸を見れば、索具がイングランド海軍のものとわかる 。
 B.赤い糸はそれだけでは強度が足りないので索具としての使用には耐えられないが、周囲に縄がなわれると重量物をつり上げたり、固定したりできるようになる。しかしそのいっぽうで、この赤い糸は索具という全体を構成する核ともなっていて、赤い糸が抜かれてしまうと全体がほぐれて解けてしまう。つまり赤い糸とその周囲になわれたものの間には、「持ちつ持たれつ」といったような関係がみとめられる。

 現在のイギリス海軍ではこうした索具は使われていないだろうから、この赤い糸はすでに歴史的な事象になったとおもわれる。そして、もしどこかからこの赤い糸が見つかるようなことがあれば、思いがけない過去のいきさつに導いてくれるだろう。 

 たとえばある時、英仏海峡沖の海底からスペイン海軍とイングランド海軍が戦ったアルマダ海戦で沈没した戦艦が引き上げられたとする。艦内からはスペイン語の文書やスペイン王国の紋章が見つかったので最初、この船はスペインのものと思われた。ところが索具を調べてみると、船で使われていたどの索具からも例の赤い糸が発見された。歴史家はこの謎を解明するために、この戦艦はもともとイングランド海軍のものであったが、後にスペイン海軍に拿捕され、後者の船として参戦したが沈められたとか、あるいはある謀略のためにイギリス海軍が、スペイン海軍に帰属するかのような偽装をしてからこの船を沈めたとか、いろいろな仮設をたてた、── 。

 これは歴史の事象における何かの徴表(この場合は赤い糸)が、何を意味するか(この場合はそれがイングランド海軍に帰属すること)を把握しておいたことで、歴史の解明につながった例である。わが国の例を持ち出せば、たとえば子持ち勾玉は三輪山祭祀において特権的に使用された祭祀遺物とされている。このため、この山が見える場所で子持ち勾玉が出土したとなれば、たとえ山麓から離れた場所であっても、この神体山に対する祭祀が行われていたことがわかるのである。そうした祭祀が行われた地点には、子持ち勾玉という赤い糸が貫通しているのだ。 

 神社とその古代について識ろうとする試みも、その言説の空間にこのような赤い糸を通そうとすることなのである。たとえば天火明命という神についてみてみよう。 

 記紀によると天火明命は天孫降臨段に登場する神でニニギの兄にあたる。ただし紀にはニニギの子とする一書もあるほか、『先代旧事本紀』では物部氏の祖神であるニギハヤヒと同神ともされる。また、尾張氏や海部氏の祖神であることもよく知られているが、不思議なことにこれらの上代文献にはこうした系譜関係の記事しかみられず、その具体的な活躍を伝えるような伝承がほとんどみられない。例外は『播磨国風土記』で父親から冷たくされたこの神が怒り狂って船で追いかけてくるエピソードくらいである(ちなみにその父神は大己貴命であったことになっている)。
 ただこうした中でわりと一般的に天火明命はアマテラスとは別の、男性の太陽神であったと言われている。そして、このような説がひろく知られるようになったのは、神話学者の松前健が『天照御魂神考』という論文でこの問題について論じてかららしい。 

 松前はまず、「天照御魂神社」という式内社に注目した。
                                                          
 松前の学説の影響を強く受けた千田実の『伊勢神宮── 東アジアのアマテラス』(中公新書)p17~23によると、『延喜式』神名帳には次の10社の「あまてる神社」がある。

 以下、まず神名帳に登載のある社名をあげ、その後ろにカッコ書きで旧国名と郡名を入れた。また、その下には現在の所在地、さらにその下に現祭神を記入し、論社がある場合はさらにそれをABCと分けた。

(1)木島坐天照御魂神社(山城国葛野郡)明神大社
  京都市右京区太秦森ヶ東町

    天之御中主、大国魂神、穂々出見命、鵜茅葺不合命

(2)水主神社(山城国久世郡)十座 並大社
      ★『延喜式』神名帳にあるは割注では、十座の中に「水主坐天照御魂神」と「山城大国魂」があることを示している。
      京都府城陽市水主宮馬場
      天照御魂神、天香語山命、天村雲神、天忍男神、建額赤命、建筒草命、建多背命、建諸隅命、倭得玉彦命、山城大国魂命

(3)他田坐天照御魂神社(大和国城上郡)
      A奈良県桜井市太田
       天照御魂命
      B奈良県桜井市戒重(春日神社)
       天児屋根命、天太玉命、武甕槌命、比売大神

(4)鏡作坐天照御魂神社(大和国添下郡)大社
      奈良県磯城郡田原本町大字八尾
      天照國照日子天火明命、石凝姥命、天児屋根命

(5)新屋坐天照御魂神社(摂津国鴨下郡)三座 並名神大社
      A大阪府茨木市福井
       天照皇大神、天照国照彦火明大神
      B大阪府茨木市宿久庄
       天照皇大神、天照国照彦火明大神、天津彦瓊々杵大神
      C大阪府茨木市西河原
       天照国照彦火明命、天児屋根命、建御名方命

(6)粒坐天照神社(播磨国揖保郡)明神大社
      兵庫県たつの市龍野町日山
      天照国照彦火明命

(7)天照大神高座神社(河内国高安郡)二座 並大社
      大阪府八尾市教興寺
      天照大神

(8)伊勢天照御祖神社(筑後国三井郡)
      A福岡県久留米市御井町字中尾
       伊勢天照御祖神
      B福岡県久留米市大石町
       天火明命

(9)阿麻氐留(あまてる)神社(対馬下県郡)
      長崎県対馬市美津島町小船越字河岸川
      天日神命

(10)天照玉命神社(丹波国天田郡)
      京都府福知山市今安
      天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊

 このうち、(4)(5)(6)(10)の4社が現在でも火明命(天照国照彦火明命、天照國照彦天火明櫛玉饒速日尊)を祭神としている(いちおう、(8)B伊勢天照御祖神社も火明命を現祭神としているが、この神社は式内社の比定手続きにいささか難があるのでここではカウントしない。)。

 
久留米市の伊勢天照御祖神社

 

あまてるみたま考(2)」につづく

 

 

 



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