映画と音楽そして旅

主に懐かしい映画や音楽について…
時には新しい映画も…

(映画音楽〕(78)「シャレード」〔同名の映画)

2006-03-15 00:38:47 | 映画音楽
 我が憧れのオードリー・ヘップバーンが、珍しくサスペンスに出演した作品でしたが、最初は彼女とサスペンス‥どうも違和感があるように思っていました。推理とかこの種の映画はストリーを追って行くのが大変でしたが、この映画は実際に観て見るとサスペンスとはいっても、コミックに近い作品のようでしたので終わりまでお付き合い出来ました。
 未亡人になったレジーナ(A・ヘップバーン))の死んだ夫が、何か犯罪にかかわっていて大金を隠し持っている‥と思われているらしい‥彼女に付きまとう男たち‥ピーター〔ケーリー・グラント)もその一人です。
 やがて彼女の周りで殺人事件が次々と起きて‥と物語は展開していくのですが、登場人物の正体が次々と変わって行って、私だけでなく彼女ですら「訳が判らなくなった‥」と嘆く程‥それでも私が途中で投げ出さずに最後の結末まで観たのも、コミック・サスペンスだったからと思います。
 ケーリー・グラントは本格推理みたいに深刻にならずに、アノ映画で見せたような軽いタッチが良かったです。
 
 ヘンリー・マンシーニの音楽もあの主題曲が冒頭から使われていましたが、何かが起こりそうな‥といった不気味なものでなく、ちょっと軽い感じかな‥と思ったぐらいですが、このあたりがコミック・サスペンスだからなのかな‥
彼の映画音楽は「ひまわり」などでも広大なロシヤの大地で、夫を必死に捜し求めるS・ローレンの心情にマッチして、素晴らしい効果を醸し出していました。
 「シャレード」の主題曲もCDでも一度聴き直してみると‥不思議なことに、映画を観る前と観てからと、同じ曲なのに感じ方が違うのですね。
 このあたりにやはり映像をバックにした、スクリーン・バック・ミュージックの特徴とか強みを確かに感じました。メロデイを耳にするとと‥反射的にあのタイトルとか場面が目に浮かび、古い映画のスチル写真などを見ると自然とアノ音楽が‥これはもう「条件反射」みたいなものですね。
 今までマンシーニのCDで聴いていても、外の映画主題曲に比べて特に良いとも思わなかった「シャレード」の主題曲が、だんだん好きになってきたのですから「映画音楽」に秘められた独特の不思議な魅力を感じます。
 

 
 

(シネマ雑記帳) (77) アメリカ映画 「噂の二人」

2006-03-14 00:32:02 | 映画
 この作品も少し苦手とする分野だったので、一歩引いて敬遠していたのですが、我が敬愛するオードリー・ヘップバーンの作品なので、避けて通るわけには行きませんのでレンタルして観ました。
 カレン(A・ヘップバーン)とマーサ(シャーリー・マクレーン)は同じ女学校に勤める女教師ですが、日頃から反抗的な生徒メアリーの告げ口で、二人は特別な関係ではないか‥と疑いの目を向けられます。職を失い世間の好奇の目にさらされ、婚約者ジョー(ジェームズ・ガーナー)もカレンの元を去って行きます。
 あの「ローマの休日」から9年も経ち今まで「王女さま」「下町の娘」「貴族の令嬢」と美貌を売り物にした役柄が多かった彼女が、本格的な演技派女優を目指したと云われる映画です。
 映画自体も華やかなカラーではなく地味なモノクロ作品で、このあたりE・テイラーの「陽のあたる場所」のような感じの映画になりました。
 現在では特に問題視されそうもないように思われることが、不道徳 不自然だとして罪悪視されていた頃に、映画に出ること自体に勇気が必要だったと思います。 しかし興味本位的な描写は避けて、追い詰められていく二人の心の動きを追った映画として、今までの作品に比べて異質なものを感じます。
 生徒達の教師に対する態度について、現在の視点で見ればなぜ子供達が反抗的になるのか、大人の論理を押し付けてはいなかったのだろうか?などと少し気にかかりました。
 自ら生命を絶ったマーサの葬儀の後で、毅然として胸を張ってみんなの前を通り過ぎていくカレンの姿に、戦後のウイーンを舞台としたあの有名な映画のアリダ・ヴァリの姿を、ふと思い出すような印象的なラスト・シーンでした。

(シネマ雑記帳) (76)アメリカ映画「戦争と平和」(2)

2006-03-13 06:32:45 | 映画
 これ程の大作になると頭が混乱して一休みしていました。
 アンドレイ公爵役の、メル・ファラーはA・ヘップバーンの当時の旦那様で、さすがに息がぴったりしていて良かったですね。彼は50年代の「リリー」と云う映画でレスリー・キャロンと共演した古いスターでした。
 前線へ戦争を見に来たピエールにアンドレィは「私が真に友と呼べるのは共に戦っている仲間だけだ」と言い切ります。お気楽な貴族ピエールもここで始めて祖国愛に目覚めて、女性を連れ去ろうとするフランス兵に抵抗して捕らえられます。
 ぬかるみや積雪のロシアの原野の中をよろめきながら、撤退していくフランス兵の群れ‥この痛ましい姿はイタリア映画「ひまわり」で同じくロシア戦線から退却して行くイタリア軍の姿を想起します。捕虜として連行されていたピエールも、追撃して来たロシア軍の手で助けられますが、彼を助けたのは皮肉にも過去に女性問題で、決闘して殺し損なった相手将校でした。
 10年後の1966年にソ連で製作された「戦争と平和」で、ナターシャに選ばれたロシア人女優は当時18歳の、リュドミラ・サヴェリーエワでA・ヘップバーンに、そっくりの女優だと云われましたが彼女はイタリア映画「ひまわり」で、端麗で憂いを含んだ容姿を見せて深い印象を残しました。
 大作であるが故に3時間半という映写時間の割合に、ざっとした感じに終わったようでしたが文豪トルストイの意図も、少しばかりも判ったような気もしました。
 
 

((シネマ雑記帳)(76 )アメリカ映画 「戦争と平和」

2006-03-12 16:44:18 | 映画
 トルストイ‥名前だけで一歩引いて今まで素通りしてましたが、我が憧れのオードリー・ヘップバーンの作品なので、そう飛ばす訳にいかず観ることにました。世界最強のナポレオン軍のロシア侵攻作戦を背景として、人間としての生き方を問いかけた壮大なドラマでした。このあたりは南北戦争を軸として南部に生きた女性の生き方を描いた、名作の「風と共に去りぬ」を想起するようなスケールの大きい物語でした。
 ナターシャ(A・ヘップバーン)は、自らを「恋多き女 どこへもお嫁には行かない‥」と公言している伯爵家の令嬢です。彼女と親しいピエール(ヘンリーフオンダ)も伯爵家を継いだばかりの青年貴族、彼の友人アンドレイ公爵(メル・ファラー)は折から始まったフランスの侵攻から、祖国を守るために前線へ赴きます。
 この三人を中心としてストリーは展開して行きますが、なんといっても見せ場は戦闘場面です。イタリア北部で本物のイタリア軍の兵隊が、エキストラで出演して空前のスケールで撮影されたと云う映像は迫力満点でした。
 特にナポレオンがモスクワに侵攻したのに、軍も市民も立ち去って無人の首都で、イラつきながら「熊のように」室内を歩き廻る場面は、「史実」か「伝説」かは知りませんが、なにか想像の通りで笑えました。   (続く)


 

〔信濃路紀行)「さらば日本アルプス!」

2006-03-12 00:21:53 | 旅 おでかけ
 善光寺の参詣を済ませて帰途につきましたが、昨日は雨模様のため見えなかった日本アルプスが姿を見せました。急峻な白銀の峰が連なる北アルプスなどは、ワクワクするような魅惑を持って迫ってくるようです。
 私も二十代は旅をしても関西周辺ばかりで、当時から便利よく行けた南紀や四国とか北陸が中心で、中年以降になってから松本や白樺湖とか浅間山や八ヶ岳山麓、それに長野県最南端の南信濃村とかは行った記憶があります。
 中央高速が出来てから距離感もぐっと縮まったし、上高地とか白馬山麓へも行ってみたいですね。
 冒頭に「信濃路」と云う言葉にノスタルジアを感じる‥と云いましたが、私の少年時代の歌に「高原の旅愁」と云う歌がありました。
 <昔の夢の懐かしく 尋ね来たりし信濃路の 
  山よ小川よまた森よ 姿昔に変わらねど ‥>
 私が今でもよくは知らない「信州」と云う土地に、ふるさとへ帰ったような親しみを感じるのは、この歌のイメージから何かを感じるからかな‥とも思います。
 
 それにもう一つ思い当たることがあるのです。それは我が家で「廃棄物」寸前の状態の古本の中に「日本地理大系」と云うのがあるのです。
 小学生から中学生の頃その本の中の「中部編」が一番のお気に入りで、特に中部山岳地帯‥長野、岐阜あたりに興味を持ち、薄汚れるまで読みまくった記憶が甦ってきました。昭和初期の出版ですから現在から見ると、内容はかなり時代ズレしていると思います。それでも乱開発などで消えた古い自然や風景が、この本には残っているかも知れなません。
 この本をまた後で数十年ぶりに、一度開いてみようかな‥と思いつくと、少年時代の世界に戻るれようでなにか期待感にワクワクして来ました。例えば戦後の電源開発などでダムの底に沈んだ山村や、現在は世界遺産として登録されている白川村の昭和初期時点の風景とか‥ひょっとしたら貴重な写真や資料が発見できるかも‥
 もしかして、なんらかの成果があればいいがな‥と思います。
 
 
 
 
 
 

〔信濃路紀行)「善光寺参詣」(2)

2006-03-11 00:10:56 | 旅 おでかけ
 この大修理は5ヵ年計画で工事費は十億円で、平成十九年に完成予定だそうです。この善光寺は各宗派を越えて全国的に、信仰する人が多く同じ名前のお寺は全国で百二十カ寺もあるそうです。
 有名なお寺では門前町が賑わっていますが、ここも沢山のお店が軒を連ね活気を見せていました。
 「家内安全」「諸願成就」などと沢山お祈りしましたが、昨日から神仏頼みであちこちで拝みまくったので、果たして聞き届けて頂けるのかな。

 

(信濃路紀行〕「善光寺参詣」(1)

2006-03-10 00:01:35 | 旅 おでかけ
 昨日とは打って変わって好天気でスタートしました。昨日の逆コースで鳥居峠を通って、上信越高速道を通って信州の中心長野市へ向かいました。
トリノの冬季五輪も荒川選手などの華麗な演技による貴重な金メダルでした。平成10年に長野で冬季五輪が行われ、これに合わせて施設や交通網の整備が行われました。特に長野新幹線の開通は信州と東京との距離を、一挙に縮めたようです。
 やがて今日の主たる拝観所の善光寺に到着しました。「大本願」と云うお堂で念仏や法話や宝物拝観のあと本堂へ向かいました。途中の山門はちょうど平成の大修理中だそうで、シートで覆われていました。

(信濃路紀行〕今日も上州「白根山」

2006-03-09 00:19:58 | 旅 おでかけ
 草津温泉のシンボル的存在である白根山は、標高2171m、山頂にはエメラルド・グリーンの神秘的な水を湛える火口湖があるそうです。行ってみたいと‥思っても、今日のツアーのコース外だからどうしょうもありません。
 標高2145mno地点にある展望台からの風景は絶景だそうです。
 写真は草津の市街から少し外れた土産物店からの遠望です。あまり良く写っていませんが実際はもっと綺麗でした。
 

(雑記帳) 「信濃路紀行」でも今日は上州です‥

2006-03-08 05:58:34 | 旅 おでかけ
 諏訪ICで中央高速と別れて長野道路へ‥霧に包まれたアルプス連峰を横目で眺めながら信濃路をひた走りました。
 「姨捨」(おばすて)PAで小休止‥昔「楢山節考」と云う映画があったのを覚えていますが、あの哀しい伝説ふと思い出しました。
 今夜のお泊りは上州草津温泉だそうで「赤城の山も今宵限り‥」のセリフで有名な国定忠次のお話しとか、「浅間山荘事件」など私の中年世代の頃の事件のこととか聞きながら、鳥居峠を越えました。
 だんだんと標高が上って行くにつれて、雪が深くなってきました。やがて1200m台と云う高地にある草津温泉に到着‥今夜のお泊りはここだそうです。
 xxの病は直りゃせぬよ‥と歌われたこの名湯に、今夜はどっぷりと浸かることにしました。


 

(雑記帳) 信濃路紀行(1)

2006-03-07 23:46:44 | 旅 おでかけ
 昨日から私は旅に出ていました。
 春まだ浅い信濃路へ‥行く先々で想い出すのは‥勿論、そんなロマンチックな想い出のこもった旅ではなくて、よーく知っている人ばかりとの普通のバス・ツアーです。
 信州‥このことばの響きになんとなくノスタルジーを感じますが、バスが中央高速の恵那トンネルを一気に駆け抜けると、そこはもう信濃の国‥それも一面の雪国でした。
 ヒヤリとした冷気を感じたのは少しの間で、数分後には雪景色は消えてまた普通の山村風景に戻りました。今日はあいにくの天候でアルプス連峰も、霧に包まれてよく見えません。
 昼ごろに諏訪湖のほとりに到着、諏訪大社にお参りしました。この神社の「しめなわ」と青銅製の「狛犬」は日本一と云われています。
 今年は寒さのせいか諏訪湖の湖面の結氷が割れる現象が起きましたが、これは大社の祭神が女神のところへ通った道として、「御神渡り」と称されているそうです。
 この粋なロマンスに包まれた伝説の神様は、家内安全 無病息災 それに縁結びの神様としても有名だそうですので、心をこめてお祈りしました。