映画と音楽そして旅

主に懐かしい映画や音楽について…
時には新しい映画も…

(映画音楽)(94) 「……」(映画 「慕情の河」)

2006-08-30 00:03:08 | 映画音楽
 こんなタイトルの映画あったのご存知ですか…
 ご存知…と云うか…ご記憶の方…いられても、ごく少数かな…とも思います。
 実は昨日「スウィング・ガール」の記事を作成しながら、ふと…こんな映画もあったっけ…などと、しばし物思いに耽りました。
 この映画のファースト・シーンは東京の隅田川沿いの町工場の風景…そして若者達が奏でるのはビゼーの歌劇「カルメン」より「前奏曲」…
 町工場で働く工員…川口浩はチェロ、同じ職場の若尾文子はヴァィオリンを…それぞれ弾きこなす腕前を持っています。そこへ
「音楽は一部の人のものであってはならない…働く若者達にこそ音楽を…明るく豊かな未来を築くための心の糧として…」
と云う考えを持つ有名な指揮者役で鶴田浩二が現れます。
 この三人が音楽に関心を持つ働く若い仲間を説得しながら、いくつかの障害を乗り越えてオーケストラの結成に至るまでの物語でした。
 最後には若尾は事故かなにかで悲劇的な死を遂げて、結局は悲恋に終わったように思いますが、ストリーはともかくとしてクラシック系で、割合とよく知られている曲がふんだんに使われていて、音楽フアン必見と云われた映画でした。
 一部覚えているのを拾いますとドヴォルザークの「新世界」のあの有名な部分、シューベルトの「未完成」の主題の一部、シューマンの「トロイメライ」それにビゼー「カルメン」の「闘牛士の歌」など…もっともっとあったはずですが、何分にも半世紀昔の映画ですから…
 シンフオニーも有名なサワリの部分だけで、そう肩が凝らずにに済みました。
 こんなことを書いているうちに、黒いリボンがかけられた彼女の遺品のヴァィオリンと、涙ながらにチェロを弾く川口浩…そしてタクトを振る鶴田浩二…ラスト・シーンを少しだけ思い出しました。
 
 川口浩も鶴田浩二も今は亡き人になりましたが、もう一つ川口浩と今尚健在な若尾ちゃんの共演映画を思い出しました。私は見ていないので詳しいストリーなどはよく判りませんが「妻は告白する」と云う映画でした。
 これも北アルプス穂高連峰を舞台としたサスペンスだったので、心の片隅に僅かに引っかかっているようです。
 それに偶然ですが今夜BSで放映される「祇園囃子」も、彼女の映画ですが深夜だから見るのは止めます。でも1953年作品ですから、多分若々しい若尾文子さんがが観られるはず…
  
 「慕情の河」と同じ系列の映画が群馬県の、交響楽団をモデルにした「ここに泉あり」では…と思います。この映画は見ていませんので確かなことは云えませんが、主演は岸恵子だったかな…相手役は誰だったか…少し思い出せません。
 昭和20年代末期ーから30年代初期は、敗戦の痛手からも少しづつ立ち直りつつあり、落ち着いてきたとは云えまだまだ高値の花だったクラシック音楽を、一般大衆のレベルまで押し下げるのに、大きな役割を果たしたものと思います。
 その後の動きについてはよく知りませんが、これらのささやかな地道な努力が結実して、現在でも全国各地でコンサートなどの音楽活動を続ける「労音」などの組織に、発展していったのではないかとも思われます。
 ポピュラー・ミュージック一辺倒だった私の青春に、ごく僅かながらも爽やかな新風を吹き込んでくれた映画として、忘れてはならない作品では…と思います。

 

(ふるさと再訪)「家原寺山門」

2006-08-30 00:02:32 | 旅 おでかけ
 堺市方面は定番コースがあって用事があれば、予定の時間に到着しないと都合が悪いので大抵はその予定コースに乗って走っていました。
 奈良から名阪国道ー松原Jct-大阪中央環状線ー大阪泉南線ーと云うルートがここ30年の定期ルートでした。
 この日は目指すはいつもの親戚の家でなく「家原寺」と云うお寺はん…例によってカーナビ任せで、指図されるまま…「奈良生駒線」とか云う道に入ります。
 このルートは 昔は「阪奈道路」と称していた道路で、有料道路としてはかなり昔に出来た道路だと思います。
 割合と起伏の激しい道でしたが娘の小さい頃に動物園など大阪市内へ連れて行く時や、友人と大阪球場へ野球観戦に行く時はこの道でした。
 現在はもうモトを取ったからか…と云うよりも、第二阪奈道路の開通で無料になったのは有難い事ですが、その「第二阪奈」とやらはまだ通っていないし、帰りにでも通って見ようと思います。