自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆「15分間の有名人」

2012年11月23日 | ⇒メディア時評

 愛知県で豊川信用金庫の支店にサバイバルナイフを持った男が職員が人質にとって立てこもっていた事件はきょう23日未明、警察官が突入してして人質全員が無事保護された。32歳の男は調べに対し「野田内閣は総辞職が目的だった」と供述しているという。今朝、事件のニュースをテレビで見て、金嬉老(きんきろう)事件が脳裏をかすめた。1968年2月、当時39歳の在日韓国人2世の金嬉老(故人)が、借金返済を迫った暴力団員2人をライフル銃を乱射して射殺、さらに静岡県の寸又峡温泉の旅館に人質をとって籠城し、人質解放の条件として、警官による日韓国人・朝鮮人への蔑視発言の謝罪を要求した。崖っぷちの犯人が道義や政局をかざして人質をとる様が妙にだぶった。

 犯人による派手な振る舞いは「劇場型犯罪」とも言われる。ポップアーチストのアンディ・ウォーホル(1928-1987)の名言「誰でも15分間は有名人でいられる時代が来る」は、劇場型犯罪の時代を予見した言葉でもある。犯行を予告、事件を派手に起こし、捜査が入る、テレビの中継が入る。テレビメディアにとっては、「血が流れればトップニュース」である。テレビメディアはショッキングな映像を求め続ける。事実、金嬉老事件では、テレビ局のスタッフが「ライフルを空に向けて撃ってくれませんか」と依頼し、犯人が実際に空に向かって数発撃っている映像を流したのだった。

 このような過熱取材の現場に実際に遭遇した。2007年3月25日、震度6強の能登半島地震で多くの家屋が倒壊した。当時、大学のスタッフとして学生ボランティアの可能性を調査するために、翌日現地入りした。輪島市門前町道下の道路で10数人のカメラクルーが一点を見つめていた。その目線の先は、前のめりになり、いまにも倒壊しそうな民家だ。余震で倒壊をするのを待っていた。あるカメラマンのぼやききが聞こえた。「でかいのがこないかな」と。「でかい」とは余震のこと。倒壊の決定的なシーンを撮影したいと思う余りに出た言葉だろう。テレビ側には、その民家の向こうに、テレビ映像をじっと見つめる視聴者の姿を思い描き、さらにその先に視聴率アップを期している。逆に、問題提起を含んだスクープ映像であっても、視聴者が嫌悪感を抱く映像(遺体など)は放送しない。これは「テレビ局の論理」だ。

 劇場型犯罪の構成要素。それは、実行犯が主役、警察が脇役、マスメディアが中継役、視聴者が観客という構造になっている。犯人が派手な振る舞いをすればするほど、視聴率が上がるという、あす意味でメディア社会の歪んだ姿がそこにある。そして、ウォーホルが言うように、事件が一見落着すれば、先ほどまで見ていたテレビ映像が視聴者の記憶にとどまるのはせいぜいが15分間。今回の豊川信用金庫の事件にしても、「何が野田総理の退陣だ。バカバカしい」と、人々はこの時間で事件があったことすら忘れているだろう。テレビ局も、あす以降はニュースの続報、裁判の判決すら報じない。そして、人々はまた新たなメディアの刺激を求めている。ウォーホルが予見した時代を我々は今生きている。

⇒23日(祝)朝・金沢の天気  雨


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