自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

☆IRTイフガオ考~3~

2012年01月21日 | ⇒トピック往来
 フィリピンは多民族国家だが、9400万人の人口の8割はキリスト教徒という。それは、16世紀から始まるスペインの植民地化や、20世紀に入ってからのアメリカの支配による欧米化でキリスト教化されていったからだ。イフガオ族は歴史的にこうしたキリスト教化、地元でよくいわれる「クリスチャニティ(Christianity)」とは距離を置いてきた。それはルソン島中央を走るコルディレラ山脈の中央に位置し、宣教もしにくかったということもあるが、拒んできたからだとも言われている。なぜか。

         棚田保全をどのように進めたらよいのか、現地で考える

 いまでもイフガオ族には一神教には違和感を持つ人が多いといわれる。コメに木に神が宿る「八百万の神」を信じるイフガオ族にとって、一神教は受け入れ難い。一方で、それゆえに少数民族が住む小中学校では、欧米の思想をベースとした文明化の教育、「エデュケーション(Education)」が徹底されてきた。今回の訪問では、14日に現地イフガオ州立大学で世界農業遺産(GIAHS)をテーマにしたフォラーム「世界農業遺産GIAHSとフィリピン・イフガオ棚田:現状・課題・発展性」(金沢大学、フィリピン大学、イフガオ州立大学主催)を開催したが、発表者からはこのクリスチャニティとエデュケーションの言葉が多く出てきた。どんな場面で出てくるのかというと、「イフガオの若い人たちが棚田の農業に従事したがらず、耕作放棄が増えるのは特にエデュケーション、そしてクリスチャニティに起因するのではないか」と。

 世界遺産としての棚田景観が後継者不足による棚田放棄、転作による景観維持への影響があるとし、2001年には「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に登録されている。そこまでなる耕作放棄の問題は深刻なのだ。もちろん、日本の地方の田畑も同様である。同じイフガオの棚田が展開するキアンガン市の村で農業青年と言葉を交わした。伝統的な農法は一期作だが、品種改良の稲で二期作化も進んでいる。しかし、稲作では食べるので精一杯、「No hope」と言った青年もいた。現実的な話ではある。確かに耕運機が入らず機械化されにくい棚田での労働はきついだろう。ところが、棚田を見学にやってくる観光客を乗せるトライサイクル(3輪車)は1時間30ペソである。この30ペソは現在のルート換算(1ペソ=1.75円)として50円余りだ。小売で精米1㌔の値段では35ペソなので、若者にとってトライサイクルは稲作より魅力的なのだろう。バナウエにしても、青年たちは農業から観光業(土産物販売、リライサイクルによる観光案内、宿泊業、木彫りなど土産物製造など)に従事する人たちが増えている。

 ここで考えなければならないのは、観光業に収入に依存をすればすれほど、今度は担い手がいなくなり耕作放棄で棚田が荒れ、その結果として観光地としての魅力が薄れる。そうすれば観光客そのものが減少するという、まるでデフレスパイラルの現象に陥ることは目に見えている。フォーラムでは、さまざまな提言や研究があった。

 農村のツーリズムを研究しているカゼム・バファダリ氏(FAO特任研究員、立命館アジア太平洋大学講師)は農家が潤う観光に転換をと提言した。「イフガオの農家も農業だけでは生活できない現状がある。しかし、素晴らしい環境で景色もいい、世界的に有名なので、このキャパシィーを農家が潤うツーリズムとして再構築すれば、農家の人も元気になる。日本の能登半島では、農家がホストとなる農家民宿の取り組みがある。イフガオの棚田ではこの農家民宿が見当たらない。地元の主導する観光、CBT(Community Based Tourism)として、これからの可能性は十分ありる。イフガオバージョンの観光プランを提案してみたい。イフガオのライステラスのモデルは可能ではないか」。イフガオでは従来型の観光にとどまっているので、体験や農家で宿泊するノウハウを取り入れてはどうかとの提案だった。

 佐渡市から参加した高野宏一郎市長は棚田保全について提言した。「今回のイフガオ訪問では、erosionと言いますか、大事な遺産が耕作放棄などで傷んでいるのを見て少し心が痛みました。しかし、きょうのフォーラムでは地域の研究者や行政の方々の熱気のあるparticipantというか、守ろうとする意欲に、これは大丈夫だなという自信が持てました。イフガオの棚田再生に必要なのは、どのようにコストを循環型にするか、つまりイフガオの田んぼの価値を認めてもらう世界中の人にお金を出してもらいながら保全していく方法です。たとえばプレミアム米を販売し、その売上の一部を棚田の保全のために使うという方法は佐渡でも行っている。そのノウハウならばわれわれも協力できます」と。

 イフガオと佐渡、能登の共通の問題をそれぞれに理解し合えたフォーラムだった。いくつか具体的な提案もあった。交流のスタートに立てたと思いがした。

※(写真・上)バナウエでは耕作放棄された土地の一部で宅地化が進んでいる、(写真・下)土産物で売られているキリストの12使徒の最期の晩餐の木彫。イフガオでもクリスチャニティは徐々に進んでいる

⇒21日(土)夜・金沢の天気   くもり
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