山止めの日に山へ入る (WOOD JOB 18)

2018年05月29日 | エトセトラ

 山止めの日に山との村との境界に張られた注連縄を切り山へ入り、行方不明になった子供を探すため、大人たちが入山前にする行為に注目してください。
 うがいをし口を漱ぐ(すすぐ)行為は、神聖な場所へ入る前に身を清めることを表しています。
 身を清め子どもを探しに山に入るとき斧を入り口に置く行為は、山の神様に山止めに日に山には入るが、山仕事をしない、敵意が無いと誓う行為ではないでしょうか。
 山の入り口に縄が張られています。映画の中では、これから先は山の神様が木を数えている神聖な日・場所であることを表しています。縄に付いたギザギザの白い紙である紙垂(しで)は聖域を示す象徴的なものです。
 映画には出ていないのですが同じような縄である注連縄について、本体は「雲」、垂れ下がっているわら「〆の子」は雨を表し、ギザギザの白い紙「紙垂」は雷を表しており、これらは農耕に不可欠な要素である恵みの雨をもたらすことを表していると老父から教わりました。
 身近なものとして親しまれている相撲は、神事から生まれたとも言われいます。取り組み前に口を漱ぐ場面、綱に注目してください。前述の要素を含んでいるように思えませんか。

  皆さん、神社へのお参りする時、参道のどこを通りますか。現在は弱者への配慮から参道石段の中央に手摺など設置されている神社もありますが、参道の端を通るのがよいようです。これは参道の中央は神様の通り道、霊気の通り道であるからといわれているからです。
 島根県出雲市の出雲大社の松並木の中央参道は通られないように柵がしてあります。この参道を通っていいのは神様、天皇陛下をはじめとした皇族、勅使だとこれも老父から教わりました。そのことを学生に教えると、「学生も出雲大社参道に柵あった、意味が分かった。」といっていました。
YAS

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