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気ままなお城めぐりの旅の記録と写真を公開しています。

石川城

2014-09-30 05:59:45 | 北海道・青森県・岩手県
 石川城

2014/9/15

青森県弘前市のお城めぐり

 津軽為信の奇襲により落城した南部氏本家南部安信の弟石川(南部)高信の居城

≪ お城の概要 ≫

城名: 石川城
よみ: イシカワ
別称: 石川楯・岩館十三楯・石川十三楯・石川大仏ヶ鼻城・大渕ヶ鼻城
所在地: 青森県弘前市石川大仏
現状: 大仏公園
築城年代: 元弘四年(建武元年、1334)
築城者: 曾我道性
形式: 山城
遺構: 郭
規模: 1,600m×500m、比高約10m
文化財:
訪城日: 2014/9/15


≪ 訪城記 ≫

堀越城から石川城へ向かう。

堀越城跡整備工事現場を出て左折、南西に進み堀越宮本三叉路信号を斜め左折、すぐに道が左に曲がり県道260号羽州街道を南東に進む。石川の集落に入り、平川に架かる橋の前のもう一つ手前の三叉路を右折、細い道を約100m南下して突き当りを左折、約130m進んだ弘南鉄道大鰐線高架下をくぐり、すぐの三叉路を右折、約50mで道の右側に大仏公園第2駐車場がある。ここに車を駐車する。

駐車場からまっすぐ進むんだところに丘の上に登る階段があり、手前に大渕ヶ鼻城跡碑が建っている。
階段を上がると広い広場になっていて、上に三段の郭らしき広がりがあり、一番上の渕は断崖絶壁で下に平川が流れている。
さらに右側の展望広場に古い大仏ヶ鼻城趾碑が建っている。さらに渕沿いに右へ登ると頂上に着く。ここが主郭跡のようです。
公園の正面入口に説明板がある。


≪ 歴 史 ≫

元弘四年 (建武元年、1334) 鎌倉幕府が倒れ、幕府要人の安達・名越氏らが津軽の曾我道性を頼った。曾我道性は大光寺楯に迎え入れたが、在地諸将に攻撃され将兵は逃げ出し、石川楯・岩楯に立て籠もったが、五月にはついに落ち、敗残兵は相馬持寄城に逃げた。
天文二年 (1533) 南部高信が津軽に進攻し、石川城を本城として「大仏ヶ鼻城」と号し、津軽郡代となって居城する。
元亀二年 (1571) 大浦為信が石川城を奇襲し、石川(南部)高信は自刃、落城する。その後、板垣兵部将兼を守将に任じる。
慶長五年 (1600) 徳川家康に味方した津軽為信は封地を保持する。
慶長十六年 (1611) 弘前城築城後、石川城は廃城となる。


≪ 写 真 ≫


大仏ヶ鼻城趾碑


主郭跡


展望広場


一番上の郭付近


中間の郭付近


下の広い広場


大仏公園入口


階段前の大渕ヶ鼻城跡碑


現地大仏公園図面(リンク付サムネイル)

≪ アクセス ≫

<公共交通機関>
弘南鉄道大鰐線石川駅から徒歩約10分。
<車>
東北道大鰐弘前ICで降りて国道7号を南下、すぐの高速道路石川入口三叉路信号を鋭角に右折、県道41号を北上、平川に架かる橋を渡り、二つ目の三叉路を左折、細い道を約100m南下して突き当りを左折、約130m進んだ弘南鉄道大鰐線高架下をくぐり、すぐの三叉路を右折、約50mで道の右側に大仏公園第2駐車場がある。公園正面入口付近にも第1駐車場がある。


≪ 位置図 ≫

石川城(大仏公園)


紹介したお城の数 267城



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