evergreen の ふぃ~るど・のおと

~「ふるさと」の自然やくらしのなかで 気になる話題をつぶやいてみる~

特別な時間

2018年09月24日 | Weblog
もしかすると今季はカヌーを操るチャンスがないままシーズンが終わるのでは・・・とも思っていたが、幸いにして先週から2週続けて川を下ることができた。お天気や水量にもまずまず恵まれ、メンテナンスフリーを貫いてきた老艇も簡単な修繕のみでトラブルなくもってくれた。いつものように川面に吹く風は心地よく、見事なまでの静寂を保ってくれている。初夏のような生きものたちの賑わいこそ少ないものの、カラフトマスなどの次代へと命をつなぐ営みがひっそりと川底で繰り広げられている様子にふれるたび、川の持つ多様な生態系そして森とのつながりを改めて思い知らされる。このマチへここ数年夏季に訪れている若者も初体験のカヌーにとても満足してくれたようだ。川下りでしか味わうことのできない「特別な時間」は共有した者たちをぐっと近くしてくれるから不思議だ。(頓別川・弥生)
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エネルギー考

2018年09月09日 | Weblog
6日未明に起きた胆振東部地震。震度7の強い揺れは震源地である厚真(あつま)町を中心とした広い地域に甚大な被害をもたらした。北北海道は揺れも少なく直接的な被害はなかったものの、全道規模での停電が2日以上続き多くの影響がでた。普段当たり前のように使っている電気が来ないことが生活にどんなに支障をきたすかを改めて感じた。と同時にエネルギー供給システムの脆さを初めて知った。遠く離れた施設の事故がこんなに重大な意味を持つという事実。そして地域としてそれに対応のしようがないという事実。もしこれが厳寒期であったらと考えると恐ろしい気がした。かといって、地域で電気を自賄いすることは困難であって電力システムに頼るほかに道はない。近隣町村では風力発電や大規模な太陽光発電も稼働しているようだが、非常時には何の役にも立たないこともわかった。だが、エネルギーと食は他人任せではいけないといった原則の下、普段から少しでもそれらを自賄いできる手段を考えることは地域として大切なことだと改めて考えさせられた。(上駒)
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ローカリズムの復活

2018年08月21日 | Weblog
ローカリズム(地域主義)の復活に関する社説「NYタイムズ デイビット・ブルックス(コラムニスト)」を解説した朝日新聞の記事があった。そこにはローカリズムについて明快に記されている。まずその定義としての「権力が地域社会や市町村レベルで行使されるべきだ」という前提で、中央政府の権力との違いについて「中央が見ているのは、データに還元できる事象。地域が見るべきは、データ化できる物事も、そうではないものの両方」そして「中央の権力は人間味がなく、画一的、抽象的で規則を重視する。一方、ローカルな権力には個性があり、相関的で愛情があり、不規則で、助け合いと信頼という共通の経験に基づく」さらに「中央のシステムは合理的な知性を高く評価するが、ローカルなシステムは情緒的な知性もまた求めるのだ」と結ぶ。ローカリズムとは互いに顔が見える関係性の中で、しかも開かれたコミュニティを作り上げつつ、地域課題に真摯に向き合うことなのかもしれない。(藤井)
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豊かな川

2018年07月24日 | Weblog
陽のあたった川底に数百を数えるほどの黒い二枚貝が散りばめられている。これらはカワシンジュガイと呼ばれるもので、黒いからなのかカラスがよく食べるからなのか分からないが、地域では一般にカラス貝と言われている。なじみ深い貝なのだが、近年急激に数を減らしているらしく、環境省のレッドリストでは絶滅危惧種にさえ指定されている。メスから産卵された幼体は一時サクラマスなどのエラに寄生し、稚貝に変態後エラから落ちて成長するといった複雑な生態を持ち、個体によっては100年も生きるという。このマチの川では決して珍しいものではないが、これほどの数に出会ったのは初めてのこと。豊かな川の生態系が維持されているといった裏付けにもなるのだろうか、嬉しい気分になった。(頓別川・弥生)
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ローカルベンチャー

2018年07月09日 | Weblog
この秋の完成を目指しエゾシカの食肉加工施設の建設が進められている、といっても建て主が一人で内装工事を行っていた。本人がどうしてもできない部分だけ業者や知人のサポートを受けているようである。その事業主はマチへ移住した頃から有害駆除されたエゾシカの分解処理に対して疑問を抱き、銃の狩猟免許を取得した。個体数の管理といえど、森に生まれた命をまるでゴミを減らすかのような処分ではなく、その恵みを可能な限り有効に使うしくみを実践しようという試みだ。都市を中心とする近年のジビエブームにも呼応するプロジェクトで、まさにローカルベンチャーである。昨年は町に事業の支援を申請したが途中で取り下げた。詳細な経緯は承知しないが、得てして新しいビジネスは周囲に理解されないことが多い。言い換えるなら自治体や地域が理解できる範囲に押し込めていくとこのようなベンチャーは生まれないのかもしれない。「人」が起点となる地域づくりのシステムを作り上げることがこのようなプレーヤーを生んでいくとすれば「足りない何か」を埋めていく必要もある。(藤井)
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放牧酪農の未来

2018年07月02日 | Weblog
北海道を象徴する景色のひとつが、乳牛の放牧風景であることに異論はあるまい。特に初夏、つながれていた牛舎から放たれ、ゆっくりと若草を食む姿は見ていて気持ちがいいばかりでなく、牛乳はこのような景色が育んでいると想像できるから楽しい。ところがこの放牧風景が近年滅多に見られなくなっている。理由は、穀物を主とする栄養価の高い飼料がふんだんに与えられる舎飼いが中心となり、放牧する手間を省く傾向になってきたことらしい。確かに本州での生乳生産の落ち込みを北海道で補うことを使命とする背景で、乳量生産の拡大による収入増を狙う方向は理解できるし、止まらない離農の現状を多頭化で賄うためには経営の効率化・法人化はやむを得ない選択だろう。けれど、大規模経営が多い道東などと違い、当町の地勢は山間部が中心となるため粗飼料が主体の放牧酪農に向いているともいえる。ここ数年新規就農した酪農家たちは地域特性に合った経営を行い成果を上げている。あくまでも地域全体のバランスが重要であることには違いないが、メガファームだけが課題を克服する手段ではないことを彼らが証明してくれると信じている。(松音知)
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嬉しい予感

2018年05月29日 | Weblog
この春北海道の大学を卒業し、酪農ヘルパーとして働きはじめた大阪出身のI君は、大学での専攻が植物や動物であったという。早速彼を誘ってこのマチの魅力溢れるエリアに連れ出した。そこは蛇紋岩地層で超塩基性の強い土壌が生む稀有な環境の下、数多くの貴重な高山植物が見られる場所だ。自称「にわかナチュラリスト(?)」の私と違って、分類学などもシッカリ学んできた彼はとても詳しい知識を持っているようだ。もし彼や彼の大学の後輩たちの協力が得られるなら、念願であるこのマチのフローラ(植生リスト)の作成も可能ではないかと期待したくなる。初給料で買ったという真新しい一眼レフを携え、終始歓声を上げながら花々たちを収めていたI君。このような若者がひとりでもこのマチに住み着いてくれたら・・・と願わずにはいられない。(「テシオコザクラ」~北☆北海道の蛇紋岩地層でのみ少数が見られる)
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ひさびさの初観察

2018年04月29日 | Weblog
夏鳥たちの渡来が進む時季になった。そんななか、普通に見られるハクセキレイとは少し違うセグロセキレイを見つけた。この種は道北、道東では極めて少なく私自身も初観察である。しかも町なかの雪融け水が溜まった場所でのことだった。セグロセキレイは日本固有の種でハクセキレイとの違いは眉斑が黒い顔に白くあること。ハクセキレイは逆に白い顔に黒く伸びる。ひさびさの初観察種でリストの欄がひとつ増えた嬉しい春のはじまりとなった。(市街地)
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地域のお茶の間

2018年04月01日 | Weblog
以下「コミレス・かふぇ・トントン ニュース」4月号より抜粋。-「別れと出会いの季節が今年もまたやってきました。実家のように顔を出してくださっていた人たちが遠くで暮らし始める事は寂しさもありますが、再会のときの楽しみの予感もあります。きっとまた何か面白い話題を引っさげてやってくることでしょう。そのとき『おかえりなさ~い!』と元気にお迎えできる『地域のお茶の間』であり続けたい、と思います。」小さなマチのよさは、このような空間がひとつでもあると大きな存在価値が生まれること。『お茶の間』は普段着の住人たちが、年代を超えて飾らないことばで話すことのできる居心地のいい場所。たとえ離れても途切れることのない強い「きづな」が育まれるから。このマチでこのような「関係人口」をつくっていくためには、まさに案内所のようなお茶の間が必要だ。声高に観光振興政策を論ずるよりも、地味だけれど確実につながりが生まれる場のデザインを考えるほうがいいのではと思う。(知駒岳)
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にぎやかな過疎 ~ 人口減・人材増

2018年02月28日 | Weblog
ひと、ものを都会に送り続けてきた農山村の限界集落に3組の若い移住者たちがやってきた7年間の記録を綴ったNNNドキュメント「にぎやかな過疎」(テレビ金沢2013年)。そこには過疎化した地域への移住者と地元住民の心の変化が丁寧に描かれている。地域全体の人口の減少は止まらないなかでも、地域課題に立ち向かう多様な担い手が登場し、地元住民と共に新しい地域の価値を創っていくことを目標に置く。そのためには地域が「関係人口」という少し幅の広い概念を持つ必要もある。つまり、これまでのように定住ばかりを狙う移住政策から、多様な地域との関係性の広がりを目指す姿勢が大切になってくる。そして「関りしろ」となる地域課題をしっかりと見定め、地域外の人たちと共同でチャレンジすることが必要だ。人口減でも人材が増えてくるような「にぎやかな過疎」であることが地方創生を叫ばれる時代には相応しい。いずれにせよ、そこに求められるのはアドヴァイザーでもましてやコメンテーターでもなく、高い志を持ったプレーヤーであることは間違いない。(頓別川・寿)
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