三多摩の鐘

The Bells of San Tama -関東のキリスト教会巡り-

八王子・泉町を歩く

2011年11月19日 | 多摩の風景
カトリック泉町教会を望む
(住所:東京都八王子市泉町1287)

「北浅川べりに近い八王子市泉町は、団地や住宅が建ち、商店がふえても、ひなびた村落の面影はまだ消え去っていない。そんな街角の、曲がりくねった道を抜けると、不意に教会があらわれた。十字架をいただいた尖塔。その下に続く聖堂は古ぼけ、ホコリにまみれている。しかし、周囲の低い家並みと異質なその姿は、やさしくも訳ありげな光を投げかけてくる」(「多摩の百年(上)」より)。今から36年前、新聞記者が描いた泉町教会周辺の情景である。

明治初期、絹の道を通って多摩にキリスト教が伝わった。泉町が下壱分方村と称していた頃、宣教に燃える青年・山上卓樹が伝道士として帰郷すると、封建時代の不条理に苦しんできた村人はカトリックに改宗する者が続出。西南戦争が勃発した1877年、早くも泉町教会が献堂。横浜から視察に訪れたオズーフ大司教を、村人は凱旋将軍のように熱狂的に迎えたという。教会付属の天主学校で多くの若者が公教要理を学び、朝夕は村にアンジェラスの鐘が鳴り響いていた。

いま、泉町は静けさを取り戻したが、栄光の時代を偲ばせる旧跡がある。まず、教会裏手の墓地。ここは明治期に廃れた喜願寺跡と思われ、「寺の墓地はいつの間にか十字架の墓石が立ち並ぶようになった」。現在も十字架が刻まれた新旧の墓石が混在している。次に、教会に程近い泉町会館。ここは卓樹の同志の邸宅跡で、民権運動の全盛期は板垣退助が訪れたという。敷地の一角に、卓樹らを顕彰した先覚之碑がある。何となく燎原の残り火のようだ。


泉町会館の敷地内にある先覚之碑
(住所:東京都八王子市泉町134)


カトリック八王子教会丸山墓地にある山上卓樹の墓
(住所:東京都八王子市緑町)

◆主な参考文献など:
・「多摩の百年(上)悲劇の群像」 朝日新聞東京本社社会部著(朝日新聞社・1976年)
・「八王子教会百年」 カトリック八王子教会百年記念誌編集委員会編(同教会百年祭委員会・1977年)
・「山上卓樹・カクと武相のキリスト教」 町田市立自由民権資料館編(町田市教育委員会・2006年)
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