古楽の小路

30余年住んだ杜の都から東京へ。両親の介護も終了、気が付けば高齢者に。介護される身になるまで音楽生活を楽しみたいものです

秋晴れ

2018-10-22 20:52:52 | ルネッサンス・バロック音楽

昨日はD.スカルラッティソナタ全曲リレーコンサートの

第一日目だった(K.1~K.110)。私は2曲のみ参加した。

スカルラッティがバッハ、ヘンデルと並んで1685年生まれと

いうのはよく知られているが、今年は3人の生誕333年ということ

(ちなみに没年はバッハ1750年、スカルラッティ1757年、

ヘンデル1759年)でいろいろなコンサートが行われている。

その中でもユニークといえる。出場者はプロ・アマ問わず、もちろん

年齢も問わず募集されており、あと4回もあるのでどなたでも

まだエントリーのない曲は応募できる。チェンバロ、ピアノのみならず、

管楽器、弦楽器でもかまわない。詳しいことは実行委員会の

サイトをご覧ください。

昨日はチェンバロソロが主で、ピアノソロ、アンサンブル(K.80~K.90番代に

アンサンブルでも可能な曲がある)もあり、楽しめた。ギター演奏があるか

と期待したが残念ながらなかった。

私が応募した頃は手の腱鞘炎に苦しんでいたのでエントリーを少なくして

いたのだが、鍼灸治療でだいぶ改善したので、12月用に少し追加しようかと

楽譜と音源を調べてみることにした。交差のない、跳躍の少ない、手を広げないで

済む、余り単純でない、分かりにくさもあるけど何か惹かれる面白い曲と

いうのを探している。

一つ出番が終わると出来不出来にかかわらず、気分一新する。

今日は秋晴れ、オルガン練習の帰りに井の頭公園まで行き、散策を楽しんだ。

チェンバロは何年も練習しているのにいまだに難しいが、足鍵盤がないので

救われる。

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いろいろな協奏曲

2018-10-20 20:33:30 | ルネッサンス・バロック音楽

10月に入りコンサートラッシュ。なかでもオルガンコンサートが多い。

3日東大駒場、6日ICU 13日八王子片倉教会(写真) 17日再び東大駒場

あと27日武蔵野市民文化でのコンサート行きがある。

バッハの協奏曲BWV592~596 の5曲を一夜で。

 

ワイマール公子エルンストが留学したユトレヒトから帰る際、

イタリアの特にヴィヴァルデイの協奏曲の楽譜を持ち帰り、師のヴァルターと

バッハに鍵盤楽器用のへの編曲を依頼、その結果、オルガンとチェンバロ用の

協奏曲がたくさん生まれた。バッハによるオルガン編曲協奏曲は割に聴く

機会があるが、ヴァルターの編曲による原曲ヴィヴァルデイの協奏曲を

3日のコンサートで初めて聴くことができた。

 

バッハのチェンバロ用オケなし協奏曲は16曲もあるという。

オルガン協奏曲に比べあまり聴く機会がない。原曲を調べていたら、

エルンスト、ヴィヴァルディ、A&Bマルチェッロに加え、トレッリ、テレマン

まであるのが意外だった。実演で聴くチャンスはほとんどなさそう。

オルガンはストップを駆使すればオケ付き協奏曲に少しは近づけるが

チェンバロでは音色が限られており無理が生じる。

そういえばブランデンブルグの3番のオルガン編曲版もついこの間聴いたが

もともと弦楽合奏の曲だから余り違和感なくはいってきた。

 

オルガンコンサープログラム曲もだいぶ知っている曲が増えてきて、奏者が

どう弾くかを楽しむ余裕も少しできてきた。

特に自分のほんのわずかなレパートリー曲を聴ける時は嬉しいものだ。

 

 

 

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美術の秋

2018-10-14 23:16:45 | 展覧会

一週間の経つのがはやくてあっという間にTV「日曜美術館」がやってくる。

先週の日曜朝「小原古邨」特集を観て興味を持ち、予定のなかった先週金曜日に

思い立って開催中の茅ヶ崎美術館に行ってきた。そして今日夜に再放送を観て

復習というか、再び味わうことができてよかった。版画が実に精巧にできていること、

落ち着いた色調、デザインのよさ、そして目をたのしませてくれる「生き物」の存在。

決して大きくはない、画面に自然を愛おしむ気持ちがあふれていた。

版画なので熟練の彫師、摺師の技術あってもの。信頼のある連携プレーが必要だ。

会期がすでに後期に入っており、前期の展示で観たかったものもたくさん

あったのが残念。

美術館は駅から徒歩5分の高砂緑地という公園の中にあり、

茅ケ崎ゆかりの、平塚らいちょうや八木重吉の石碑があった。

 海岸が近いので足を延ばすつもりだったのだが、すっかり忘れてしまった。 

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H.ScheidemannCD

2018-10-03 14:21:30 | ルネッサンス・バロック音楽

しばらく前からH.シャイデマンにはまっている。きっかけは「クリスチャン4世時代

のハープシコード、歌の音楽」というCDなのだが、この中にシャイデマンとシルトの

チェンバロ曲が少しだけ入っている。CDは古く、六本木WAVEで2300円のシールが

まだついている。先日、ある集まりで昔六本木WAVEで働いていたという方でにお目に

かかって、昔仙台でCD屋さんも少なかった時代に東京へ行ったら寄ってみたいという

憧れを抱いていたのを思い出した。

 

さてシャイデマンのオルガン曲で弾ける曲はないかと とりあえず曲探しにCDを購入。

ジャケットにも興味が湧いたCD。

カバー絵については[歴史的風景画 銅版画、着色、1577年頃

 Franz Hogenberg,George Braunによる]との解説が載っていた。

シャイデマンは1595?-1663 なので生まれる約20年まえの風景か。中程にみえる

のが聖カタリナ教会で、シャイデマンもオルガニストを務めた教会だ。

エルベ河の中州には羊達が草を食んでいて高層の建物はたくさんの教会。家もかなり

密集している。遠くには煙突の煙があがり、活気のある町の暮らしぶりが見えてくる。

画面上のリボン状のものにはハンブルグの文字も見える。部分的な絵なので原画は

ないかと探してみた。ジャケット表紙に使われているのは聖カタリナ教会を中心にした

部分であった。

作者のGeorge Braun (1541-1622)はケルン生まれの教会の司祭で 「Civitates orbis

terrarum」という主にヨーロッパ546の都市の鳥瞰図を6巻出版。こんなにたくさんの

地図作製はどのようにしたのだろうか?

1巻から4巻まで関わった彫版家がメヘレン生まれのFrans Hogenberg (1535-1590)。

 

 さてCD は2枚組でオルガン、ハープシコード&ヴァ―ジナルによる、全シャイデマン。

使用されたオルガンはフランスのロワレ県アミリーにある2010年製。27ストップの3手鍵盤、

足鍵盤のパイプオルガン。このくらいの規模はブクステフーデ以前の曲にはあっていると

思える。

手鍵で弾ける曲もあるのだが、問題は足鍵盤なので練習になるような曲を選ばなくては。

 

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木霊

2018-09-26 13:00:00 | ルネッサンス・バロック音楽

今朝の「古楽の楽しみ」では久しぶりにオトテールの「エコー」が聴けた。

何といってもわかりやすいのでアンコールなどでもよく吹かれる曲。

響きの良い会場であれば効果も上がる。

O.ラッソの「楽しいこだま」もそのものずばり、ダブルコーラスで歌われ、管楽器編曲版もよい。

B.マリーニの3本のヴァイオリンのエコーソナタもある。何の曲か忘れてしまったが、

エコー係の奏者が舞台袖で演奏して拍手喝采だったコンサートなど思い出す。

 

エコー効果を狙った曲は鍵盤曲にも沢山あり、バッハの「フランス風序曲」の終曲はずばり「Echo」。

2段鍵盤を上下するのでそのことばかりに気がいくと、ダメでタイミングが大事。

 

オルガン曲もスウェーリンクの「エコーファンタジー」はじめ、部分的にエコーに

なる曲は沢山ある。

今、私が苦労して練習しているF.Tunderの「コラールファンタジー」にもエコー箇所があり、

オルガンの残響をフルにつかって効果のあがるところだ。

ところでエコーはギリシア神話にあった気がすると思い、岩波少年文庫「ギリシア・ローマ神話」

で調べた。子供のために書かれた本(1954年発行)で上下2冊。ちょっと調べるのによいので

長いこと持っている。

この本によると、エコーは森のニンフでおしゃべりが大好き、ゼウスの正妻ヘラの怒りを

買い、自分から話をするのを禁じられてしまう。ある時、思いを寄せる、ナルキッソスが

話した言葉をエコーがおうむがえしにしたことからナルキッソスの不興を買い、森の奥に

隠れ、悲しみのためにだんだんやせ細り、とうとう声だけになってしまう。この声が

今でも自分に話しかける人々に返事する。それを人々はエコーと呼んでいる・・・という

ことだった。ナルキッソスもからんでいたのは忘れていた。

 

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横山操展

2018-09-19 21:01:21 | 展覧会

昔、三鷹市美術ギャラリーに横山操の作品が収蔵されていることを

知り、行ってみたことがあった。その時は公開していないといわれ、

企画展を待つしかないかな・・・と残念だった。三鷹はアトリエがあったり、深代寺に

眠っていたりと縁があるせいか、1993年のギャラリーの開館記念の展覧会も

横山操展(没後20年)だったそうだ。この時は観ていない。

今年開館25年記念展としてこのような展覧会が開かれてよかった。実は暑さも

一段落の頃、休館日に行ってしまったが,先日ようやく観ることができた。

 横山操の日本画を初めてみたのは大分昔の山種美術館であった。まだ兜町に

あったころだ。その時は故郷越後の水墨画風景画だったのでそれほどの

強烈な印象はなく、横山大観ではない「横山」という日本画家の存在を知ったという

感じだった。その後、どこか都心のデパートで加山又造との2人展があり、ライバルとも

評された対照的な2人がこれからの日本画を面白くしてくれそうな気がした。

1999年には大規模な回顧展が国立近代美術館であった。あの時は初期大作が多く、

「溶鉱炉」「ウオール街」「塔」「炎々桜島」など「描きたい!」という迸るエネルギー

 が画面を突き破りそうは荒々しいタッチで こういう日本画もあり得るのだと思った。

とうわけで横山操の作品は晩年から遡ってみてきたということになる。

今回の展覧会では大作はなかったが、珍しい挿絵の数々を観ることが出来た。

毎日新聞の連載小説の挿絵でで永井龍男の「石版東京図絵」(1967年)。

当時毎日新聞をとっていなかったので全く知らなかった。

120余りの小さな原画が展示されていたが当時の暮らしの細部がみえて面白かった。

両親より少し上の時代だが、私でもなんだか懐かしい感じがする。

晩年脳卒中を患い、半身不随の身で描かれた、「茜」「むさし乃」を見るのはつらいものが

あるが、ここまで描けるのは驚異的だ。気にいらない絵は焼いてしまうという自分への厳しさ、

妥協しない頑固さなど生き方にも感銘を受ける。53才で亡くなった時は涙が止まらなかった

ことを思い出したが、それも45年前とは。

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ロ短調ミサ

2018-09-08 23:41:40 | ルネッサンス・バロック音楽

バッハの4大宗教曲のうちの一つの、「ロ短調ミサ」。

この中で演奏会数が多いのは「マタイ」だろう。私もプロ・アマ合わせると

相当聴いているが、一番印象が強かったのはバッハ・コレギウム・ジャパンが

結成されてからすぐの「マタイ」だった。90年代初めのことだ。

「ロ短調ミサ」は自分でも歌いたいと思いながらいまだ果たせず、もう無理

のような気がする。かなり高度な技術力とエネルギーが必要だ。

 

今日はトン・コープマン率いる「アムステルダム・バロックオーケストラ&合唱団」の

コンサートに行った。「ロ短調」の前に、バッハの「小フーガ」が演奏され、

会場のパイプオルガンの響きも聴くことが出来た。7月に所沢ミューズでの

コープマンのオルガンコンサートでもこの超有名曲が入っていたが、コープマンの

演奏は同じく超特急であったが、ここトリフォニーのオルガンの方が深みのある音

のように感じた。

席が3階バルコニーの前端で音響がどうなのかと心配だったが、舞台がよく見えるし

合唱団、オケの音もよく聴こえてよかったと思いきや、歌ソリストの声が聴こえにく

かった。後ろ姿しかみられなかったのだからしょうがない。でもコープマンの

躍動感溢れる指揮を見ているのは楽しく、ポンセールやハーツェルツェトのソロは

さすが年季の入ったものだった。舞台にはポジティフオルガンが2台あり、歌ソロの

伴奏の際のコープマンのオルガンの右手がなんとも美しかった。合唱団も26名と

多くはないがレベルが高く、プロ集団の質を見せつけられた。

明日の札幌でのコンサートは中止という。東日本大震災のあとの状況を思い出す。

一日も早い復旧を祈るばかりだ。

トリフォニーホールは初めて行ったが、錦糸町駅からも近く、残響も程よく

良いホールだった。今度はパイプオルガンコンサートを聴いてみたい。 

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夜には光をたたえ

2018-09-03 11:20:20 | ルネッサンス・バロック音楽

今合唱団ではモンテヴェルディのマドリガル「愛する女の墓に流す涙」を練習

している。連作になっていて6曲ある。このうちの第3曲「夜には光をたたえ」のみ

昔仙台の合唱団で歌ったことがあった。もう30年近く前の話だ。

この曲を歌っていると当時練習場だった木造の古い教会の集会室の隅々まで

思い出して懐かしくなる。メンバーで残っている方はもう誰もいない。

今回こちらの合唱団でまた歌ってみて、意外にも歌詞やメロデイーを覚えていた

のにびっくりした。かつて歌ったはずの曲でもかなり忘れている曲が多い中、

珍しい。よほど印象的だったのかもしれない。

持っているCDも1990年のコンソートオブミュージック。装飾としての

グリッサンドが効果的でかっこいい。

30年前のエマ・カークビー初め、メンバーはみな若く活気に満ち溢れている。

90年代初め、宮城県北の中新田のバッハホールでカークビーと

エヴリン・タブ、アントニー・ルーリー(リュート)の3人の実演も聴いた。

この時はイタリア物一色で、モンテヴェルデイやディンディアのデユオ、

ミケランジェロ・ガリレイのリュート曲など初めて聴き、イタリアバロックの

芳醇な世界に魅せられたのだった。

このCDはマドリガル第6巻の曲が収められており「アリアンナの嘆き」

「西が戻り」などの有名曲も含んでいる。マドリガル5巻からはBCも入り

一層ドラマチックになり、小オペラといってもいいくらいだ。

90年代にはこの後コンチェルト・イタリアーノやラ・ヴェネクシアーナなど

本家イタリアのグループが出てきて今やモンテヴェルデイは日本でも盛んに

演奏されるようになった。隔世の感を覚える。

 

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G・サンマルティーニ

2018-08-26 22:51:00 | ルネッサンス・バロック音楽

サンマルティーニ兄弟共に作曲家。両方とも名前がG(GiuseppeとGiovanni)

なのでどちらか混乱する。おまけに2人共にミラノ生まれでロンドンへ移住。

兄が1695年生まれのジュゼッペでオーボエ奏者としても有名、

弟が1700年生まれのジョバンニでオルガニスト、交響曲をたくさん作曲。 

ネット上の肖像画は一つしかなく兄弟共通になっていて可笑しい。

リコーダーの曲をまだ全然知らない時にサンマルティーニのリコーダー

コンチェルトは好きでLpをよく聴いていた。リコーダーを初めてすぐの頃

友人とトリオソナタをたどたどしく合わせていたのでサンマルティーニと

聞くと懐かしさがこみあげてくる。

 先日ジュゼッペ・サンマルティーニの「6つのデュエット」を聴いた。

演奏は田中せい子、ダニエレ・ブラジェッティ氏

もともとはトラヴェルソ曲 を短三度あげし、アルトリコーダー2本で吹かれた。

そのため6曲のうちの2曲は変ホ長調、ヘ短調という難しい調になっていたが、

トリオソナタより難易度が高そうだが少しは吹ける曲がありそうだった。

作品1ということだが後期に作曲されたと思われる、ということで確かに

全古典派様式を先取りした感じの曲もあった。1曲1曲変化に富んでいて

2本の笛が織り成す響きの美しさに しばしうっとりする時間だった。

会場を一歩でると猛烈な暑さ。池袋にいくと必ず寄る「宮城ふるさとプラザ」

で涼みがてら少し買い物もできて、満足。

 

 

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森の中の教会で

2018-08-19 22:57:20 | ルネッサンス・バロック音楽

ここ2-3日一気に初秋のような空気に変わった。季節が前倒ししたのか

また夏の暑さがぶり返すのかわからない。長年居た仙台ではお盆を過ぎると

もう秋の気配だったことを思い出す。虫の声も一段と大きくなってきた。

 

絶好の行楽日和になった昨日は友人と八ヶ岳高原までコンサートを聴きに行ってきた。

久しぶりに中央線の「あずさ」に乗り、茅野で下車。レンタカーを借り友人の

運転で八ヶ岳高原へ。途中産直市によってあまり見かけない地元野菜や果物など

眺めてミルク味の強いソフトクリームをなめてすっかり観光客の気分に。

パイプオルガンコンサート(奏者:中川岳さん)の開かれる教会は森の中に

ひっそりと佇んでいた。

教会の信者の方が多いようだったが満員のなか、プログラムはバッハ以前の曲

で構成されていた。スペインのカレイラから始まった。パイプに流れる風の音が

直に伝わって来るようだった。素朴なカベソンに続き、イタリアのメールロ2曲に

なると華麗な技巧も加わりより複雑になってくる。ドイツのフローベルガー

の「聖体献挙のためのトッカータ6番」は非常に難解な曲と思われるが、

オルガンで弾くフローベルガーの魅力を存分に感じさせられた。最後のコーナーは

スウェーリンク、シャイデマン、ブクステフーデの名曲が並び、バッハに至る道の

要所要所を押さえる大変良いプログラムだった。チェンバロ奏者は是非オルガンも

弾くべき(その反対も然り)との思いを強くしたのだった。

オルガンは信者の方が作られたそうで、教会のサイズに合った、またバロックの

レパートリーにもあった楽器だった。コンサートを聴きに遠出とは酔狂かとも

思ったが、森の教会も素敵だったし、行ってよかったと思うコンサートだった。

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亡命したバロック作曲家

2018-08-07 20:56:00 | ルネッサンス・バロック音楽

暑さが一段落し、返却期限の迫っている本を返しに最寄りの図書館へ。

いつも図書館のホームページで本を予約するのだが、たまには本棚をみてみようと

音楽の棚に行ったら、【「亡命」の音楽誌 】という題名が目に留まった。

表紙は今年のラ・フォル・ジュルネのポスターでよくみたものだった。

ディレクターのルネ・マルタン氏の 日本語版に寄せて という文章も載せてある。

さて「亡命」作曲家というとショパンやロシア、ユダヤ人の音楽家のことが浮かぶが、

バロック時代の作曲家も最初の20ページ弱ではあるが、リュリ、ヘンデル

スカルラッティになんとツィポ-リまで、が取り上げられていたので興味が湧き、

取り合えず借りた。

「亡命」という言葉はバロック作曲家にはどうもしっくりこない気はするが、

「故郷喪失者が幸せだった時代」という章に、この4人は自らの選択、

半ば強制という違いはあるにせよ、異国でキャリアを築き、花開いた音楽家達で

のちの時代の「亡命」による音楽家たちの故郷への思い断ちがたくという感情は

見当たらないとしている。当時の人がどのくらい愛国心のようなものをもって

いたかは知る由もない。

ツィポ-リは3人に比べらたら大分マイナーであるが、チェンバロ組曲(1716年)は昔

発表会でも弾いたことがあり、小規模ながら良い曲だ。オルガン曲も少しはある。

リュリはイタリア→フランス、ヘンデルはドイツ→イギリス、D.スカルラッティは

イタリア→スペイン、ポルトガルであるが ツィポ-リはイタリア→アルゼンチン

なので異彩を放っている。

ドメ二コ・ツィポ-リは1688年プラ―ト生まれ(ゲントのレイエやファッシュと同い年)

イエズス会のオルガニストで宣教師としてパラグアイにわたり、アルゼンチンのコルドバ

で神学、哲学を修めるが感染症で38才の生涯を閉じる。故郷を離れて新天地でこれから、

というときにさぞや無念であったろうと思う。

チェンバロ&オルガン曲が出版されたのははイタリア在住中だが、南米に行ってからも

作曲を続け、宗教曲も発見されているという。この本によれば南米の原住民たちが

ツィポ-リはじめ18世紀の他の作曲家もミサ曲を今日まで歌い続けているという。

南米出身の古楽奏者も増えてきたことだし、これからまだ未知の曲が発見されるかもしれない。

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炎暑に負けず

2018-08-06 20:06:00 | その他

危険な温度と言われる、このところの高温、朝の涼しい時に水やり

するが6時にはもう30度に近くなっている。この暑さに負けじ、

と咲いているのが瑠璃茉莉(ルリマツリ)。清々しい淡い青の花。

昨年一鉢買ったのが、今年は少し増えて来て嬉しい。半つる性なので

どう蔓延らしたらよいかいいアイデアはないかと模索中。

隣とのフェンスに絡ませるのが一番簡単だが、花や葉がお隣に散って

しまってまずいし・・・。

暑い中3日間続いたコンサート通いも終わり、あと8月は2回のみ。

8月3日 「甘き歌声、天使の響き」 歌、リコーダー、チェロ、チェンバロ

8月4日 「対話する音楽」  リュートとクインテルナのソロ、デユオ

8月5日 「あなたの知らない 古楽Xヴィオラの世界」 ヴィオラ、チェロ、チェンバロ

皆それぞれ特色があって楽しめた。リコーダーと歌との相性がよいことを再認識し、

撥弦楽器2つの親密な語り合いを客席15名の素敵な空間で聴き、

題名通りの未知のヴィオラ曲をたくさん息のあったアンサンブルで聴けた。

そして今日はまたオルガン練習へ。所沢ミューズの大ホール、夏休みは連日、

埼玉県下の学校の吹奏楽コンクールがあり、賑わっている。今年12月から

再来年春まで所沢ミューズは全館休館するので、オルガン練習場を他で探さなければ

ならなくなる。オルガンクラスは休館分だけ在籍するのが延期されるので

修了するのはまだまだ先。得をしたと思い、なかなか上達しないが、2年半先は

すこしはましに弾けるようになっていることを願いつつ、暑さの中、通う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「樹の会」コンサート

2018-07-29 18:43:30 | ルネッサンス・バロック音楽

台風12号の進路が気になりつつ昨日は仙台日帰りした。

仙台在住時、梅津樹子先生のチェンバロレッスンを受けてからはや10数年。

東京へ越してからはレッスン回数はグーンと減ってしまったが、年一度の発表会には

出させてもらっている。この数年の一年の経つことの速さ。物忘れも加速している

ので昨年弾いた曲を今弾けるかどうか。レパートリーが増えていくといいのだが、

一つ入ると一つなくなる感じがする。

今回私はT.メールラとD.スカルラッティのイタリアものの組み合わせとした。

両曲ともに要するにテーマの繰り返しのような曲なのだがこれがなかなか

よく考えられた面白い曲で、弾くたびに発見があった。

手の使いすぎで腱鞘炎の小指と母指関節症の親指と白内障の片目という

今までで最悪のコンデイションで臨むことになり、なかなか大変だった。

熱心に聴いて下さるお客様の温かい拍手に悔いは残りながらも励まされた。

会場の宮城県知事公館内の洋室は初めてだったが、洋館の内装が

友人のチェンバロとピタリとあって備えつけのようだった。

次の曲は何にするか、いろいろ候補がありすぎて悩むが、今年いっぱいは

10月から始まる、スカルラッティ・リレーコンサートの準備にかなりの時間をとられそうだ。

 

 

 

 

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新鮮野菜

2018-07-10 10:41:00 | その他

暑い日が続き、熱中症も怖いので飲み物を頻繁にとるようになった。

外出時にはスマホと東京都シルバーパス&Suicaに飲み物のボトルも

必携となった。飲み物入れがかなり昔のもので本体だけでも重いので

荷物が多いとつい出先の自販機で買うことになる。以前は外で立ち飲み

するのに抵抗感があったが、この頃はすっかり平気になってしまった。

亡き母がそんな私の姿をみたら嘆くだろうと思うけれど。飲み物ばかりでなく

ところかまわずパンやお菓子をつまんでいる老人たちをみると本当に世の中

変ってきたと思う。年甲斐もなく、とか見苦しいという観念も薄らいできている。

さすが電車内で化粧直しをする老女はまだ見かけないが・・・。

 

庭の植物も暑さに負けてしまったもの、ますます勢いを増しているものなど

さまざま。プランターの野菜は水不足になりがちなので水やりが欠かせない。

当初の収穫予定を大幅に下回り、ミニトマトだけが乾燥に強く僅かながら収穫

出来ている。オルガン練習の帰りはいつも航空公園駅のスーパーに寄る。

特に所沢の地場野菜コーナーは新鮮な野菜が安く売られていて、見るだけでも

元気になってくる。昔よく食べた黄色の「瓜」があった。真桑瓜かなと思ったが

キンショウメロンだった。ブルーベリーも味が濃く美味しかった。

仙台在住時にはキューイを初め、果樹をたくさん育てていたのでブルーベリーを

また育てたくなってしまった。先日仙台に行った時、仙台を去るときに友人に

分けて差し上げたラズベリーの苗から実った実をその友人が出してくださり、

感激した。と同時に裏庭にあったブルーベリー、ラズベリー、ブラックベリーに

レッドカラントなどの繁った様子をありありと思い出してしまった・・・。

 

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半夏生

2018-07-02 21:09:30 | 散歩

今日7月2日は24節気の「半夏生」。この間行った、中村彝アトリエの

中庭に咲いていた花の名前を思い出そうとしていたのが「半夏生」だった。

株の上の方の葉が異様に白いのが特徴。ドクダミ科に属するというが

全然似ていないのでどういうわけだろうか?

我が家の地植えのメド―セージは背丈を遥かに越え、相変わらず

元気いっぱいで次々花を咲かせている。去年は秋まで咲き続けていた。

隣の牡丹クサギも負けじと増えてきた、蕾がたくさんあり、これから

楽しみだ。葉が臭いのはしょうがないとして・・・。

 

連日の猛暑にプランターの野菜が瀕死状態になってしまった。トマトは

まだ息を吹き返しそうだが、キュウリはだめそうだ。近所の農家の野菜畑の

キュウリも葉っぱが萎れてしまっている。ここの無人100円野菜ロッカーを

時々利用しているので畑の様子が気になる。7月初めでこの暑さ続きでは8月が

思いやられる。暑い中の外出も多いので、飲み物と帽子が欠かせない。

所沢市役所には竹林があり、そういえばもうすぐ七夕。仙台では七夕は8月

だったが、東京住まいも7年目となり、この頃は7月に七夕というのに

違和感がなくなって来た・・。

 

 

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