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一碧万頃

永代橋解説の謎~その2

ルーデンドルフ橋

 さて、2回目は、永代橋の続きを述べるつもりであったのだが、その前に「ルーデンドルフ橋」を簡潔に紹介することにしたい。というか、本当はこれが本命だったりする。

 

 「ルーデンドルフ橋」は、1912年にライン河岸のレーマーゲンから対岸のエルペルに架かる鉄道橋(歩道も併設されていたらしい)として計画され、第1次大戦中の1916年から18年に建設された橋梁である。橋梁の形式は、ライン川を跨ぐ部分については、ブレースドリブタイドアーチを2トラスで挟む3径間下路式を採っている。当橋梁の架設目的は、ドイツ軍部隊をライン右岸(東岸)から左岸(西岸)の前線に移動させるためであった。名称は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世が、軍人で政治家でもあるエーリヒ・ルーデンドルフにちなんで命名したものである。ルーデンドルフは、1914年のタンネンベルクの戦いに参謀長として参戦して成功を収め、退役後は政治家として名をはせた人物であり、ヒトラーとミュンヘン一揆を企てた人物でもある。

1920年頃の絵(絵はがきより拝借)

2008年3月撮影

 この「ルーデンドルフ橋」が一躍、世界で有名となったのは、ハリウッドで制作され、1969年に公開された映画、「レマゲン鉄橋」のせいだろう(戦史としては、1956年に Ken Hechlerによって"The Bridge at Remagen"という書物がすでに出版されている。)。子供の頃、この映画の始まりを見て、度肝を抜かされた。「プライベート・ライアン」の最初の20分もすごいが、それを見る前だったので、「レマゲン鉄橋」で撤退する蒸気機関車の音と戦車砲の発射音で始まる場面は、まるで、ドキュメンタリー番組を見ているようで驚かされたものである。当映画は、本物の戦車(M24)を用いるだけではなく(実際にこの作戦には投入されてはいない形式だそうだが。)、撮影地であるチェコの街一つを本当に壊してしまう程の入れ込みよう。ストーリーはちょっと淡泊だが、ドイツ軍とアメリカ軍の両方を悲しい感じで描いている。ベトナム戦争中の戦意高揚映画としては、少し意外な作品でもある。この映画のおかげで、ライン川に沿って走るDBに乗ると、いつもこの映画のテーマミュージックが頭の中に流れてしまう。

2008年3月撮影

 話が脱線した。この鉄道橋は、現在は存在しない。第二次世界大戦中に自壊した後、再建されなかったのである。鉄道路線としてもあまり意味がないものであるし、ライン川の景観を損ねるので、ライン川には、橋はそう簡単に架けられなくなったためである。

2008年3月撮影

 1945年、ドイツ軍が連合軍の進軍を阻止しようと、当橋梁の自爆を試みるも失敗し、結局、3月7日にアメリカ陸軍第9機甲師団に占拠されてしまう。その後、ドイツ軍側は、ありとあらゆる兵器(ジェット爆撃機やV2ロケットも導入したらしい)を用いて、このルーデンドルフ橋を破壊しようと試みるが、全て失敗した。そして、3月17日、30名のアメリカ兵を道連れにして、自壊したのである*。それ以来、今日まで橋は再建されていない。
*「レーマーゲンの橋」(レーマーゲンの橋平和博物館パンフレット)には30名との記載があるので、その記事に基づいて記しているが、現地の碑文には28名と記されており、違いがある。

2008年3月撮影

 1980年に両岸に残った橋桁の一部を利用して、平和博物館が開館(ライン左岸)した。僕は、もちろん、見学に行きましたよ。なんと、例の戦争映画の紹介(最上階だったように思う)まであり、ちょっと複雑な気持ちになりました。

2008年3月撮影

2008年3月撮影

平和博物館内部からライン川を見る。エルペルの町が見える。

対岸の崖の上からアメリカ兵がルーデンドルフ橋を見ている写真。占拠後だろう。

模型もあります。なんと、吹き抜けに突っ張り棒みたいに設置されていました。面白い。

手前の対空機関砲は、田宮模型からも模型が出ている 2-cm-Flak-Vierling 38 か?

2008年3月訪問撮影

訪れてから既に10数年経ってしまいました。レーマーゲンの様子も変わっていることでしょう。

 

参考文献:Die Brücke von Remagen. Gedenkstätte des Friedens, (「レーマーゲンの橋」平和博物館パンフレット)

 なお、レーマーゲンでの戦いに関しては、個人で趣味的に?研究している方がインターネット上にいろいろと踏査の報告などを挙げて紹介している。中には、実際の命令書や写真を古文書館で調査し、現地を踏査してネット上で紹介している方もおられる位で、もはや趣味の域を超えていると思う。内容は、半端ではないので、そちらをご参照頂きたい。ただ、暇があれば、こちらも趣味的にこれらの文書を調べたり、文献研究なども行いたいところではある。1925-1945年のドイツ軍事省の生産記録?文書を手に入れたしね。

以上

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