NPO神奈川県日本ユーラシア協会 日本とユーラシア~ダイジェスト版~

神奈川県日本ユーラシア協会で毎月発行している機関紙「日本とユーラシア」から、ユーラシア芸能情報をお伝えします。

ユーラシア音楽芸能情報'11.11

2011-11-05 00:00:00 | ユーラシア芸能
 8月号と9月号にユーラシア芸能薬物事情を紹介しました。まだまだいます。続編です。

■ユーラシア芸能界の麻薬汚染-③
 ヴラッド・トパーロフ(Влад Топалов)、覚えていますか。子ども音楽ユニット「ネポセードィ」のご縁で、ロシア芸能界の貴公子ラーザレフとSmash!! を2001年に結成。美男子2人組ユニットは女性の間で瞬く間に人気になった。またお騒がせユニットt.A.T.u.のユーリャと一時期交際報道があった人でもある。ユーリャとの交際報道がきっかけで、彼の存在やSmash!!を知った日本のRポップ愛好家も多いのではないだろうか。ユニットSmash!!は2001年から2006年まで活動していた。2003年と2004年にはユーロヴィジョンロシア代表選にも出場した。しかし、2003年には出場を約束されたはずだったのに当時世界で人気絶頂のt.A.T.u.に取って代わられ、翌年はユーリャ・サヴィチェヴァのサプライズ当選によって、このユニットは勝利の女神から見放されたイメージを与えられてしまい、解散の一途へ歩んでいった。

 ヴラッドが初めて薬物に手を染めたのは2004年の冬のパーティー。参加者に「さあやろう!なんだ?」と声掛けしたら、皆が麻薬(コカイン)を取り出して始めたのが最初。最初の半年はブラックアウト(薬効作用で記憶が飛んでしまうこと)していてどう過ごしていたか覚えていないらしい。薬物使用がラーザレフとの関係を一層遠いものにした。
彼の父は彼の親友からこのことを聞いた。自宅逮捕された。

 ヴラッドが使用していた薬物はコカイン、多量のMDMA。MDMAは愛用者によると毎夜2錠らしいが、彼は毎夜10-15錠(!)を服用、週末金曜から月曜の朝にかけて仲間と合計150錠(!!!)を服用し過ごしていたらしい。
薬物漬けのほぼ4年間、親類縁者との交流なく、生活のため愛車も売らねばならず、時にはお金も食べ物もなかった。彼の華々しい経歴はめちゃくちゃになり、自殺を試みようとした-部屋のソファに座りナイフで静脈をザクザクと刻んでいたら、誰か覚えてないが誰かが止めに入ったこともあった。
 
 この無茶苦茶な薬物生活のせいで、薬物治療専念のための診断をしたとき、医者は信じられない結果を得たといった。
「心臓年齢は40代、肝臓肥大、血液と免疫力が悲劇的結果-ほぼゼロに等しい。骨髄が再生に必要な細胞を生成していない。」こんな絶望的な結果を突きつけら上、収容予定のクリニックでヴラッドを怖がり入院拒否・・・窓からの飛び降りも考えた。

 現在は芸能界に復帰し、自らの告白と今も続く薬物との戦いが評価され、2006年に音楽局MTVロシアのЖИВИ!(生きろ!という意味)特別賞にノミネートされた。昔のようにちやほやされなくなったが、トーク番組や子供向け番組などで復活した姿を見せている。危篤な健康状態も、今では回復している。ヴラッドは「新しい人生が始まったんだ」と、心配し協力してくれた人たちや持ちこたえてくれた自分の身体に感謝している。

 2004年といえば、前年代表選で破れたリベンジをした年。同年の1月2月にあったのか、12月なのか不明。代表選に破れ、ユニットとしても失速。人生を踏み外し、どん底に突き落とされた。一攫千金で稼げるが人生の起伏が激しい芸能界では魔の手がすぐ隣で待っているというのは、万国共通している。

ヴラッド・トパーロフ公式サイト http://www.vladtopalov.ru/

Smash!!Talk To Me
(つづく)
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