飯島一孝ブログ「ゆうらしあ!」

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「六本木の赤ひげ」アクショーノフ医師死去、9日に告別式!

2014年08月08日 09時08分24秒 | Weblog
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   東京・六本木で半世紀以上にわたって外国人向けに診察を続け、「六本木の赤ひげ」と親しまれてきた白系ロシア人医師、エフゲーニー・アクショーノフさんが5日夜、亡くなった。90歳だった。

   第二次世界大戦中の1943年、留学のため旧満州のハルビンから単身来日し、東京慈恵医科大に入学。苦学して医師国家試験に合格し、米陸軍病院などで経験を積み1953年、六本木で開業した。日本語、英語、ロシア語はもちろん、ギリシャ語、中国語なども出来る医師として来日する外国人の間で重宝がられた。とくにシラク元仏大統領、歌手のマイケル・ジャクソンら世界的有名人を多数診察したことで知られている。

   
   アクショーノフ医師はどんな患者も区別せずに診察し、東南アジアなどから来た貧しい若者には無料で、お金持ちからはがっぽり頂いたという。医師として優秀なだけでなく、持ち前の明るい性格からファンが多く、飯倉片町交差点にある「インターナショナル・クリニック」は外国人の社交場にもなっていた。

   その一方、冷戦時代を反映して一時、当局から「ソ連のスパイ」あるいは「米国とソ連の二重スパイ」などと疑われ、日本の警察だけでなく、ソ連官憲に逮捕されたこともある。いずれも容疑が晴れたが、本人はソ連を嫌って帰国せず、生涯、無国籍で通した。

   アクショーノフ医師はロシアのプーチン大統領とも親しく、何度かクレムリンに招かれて食事を一緒にした。大統領から、ロシアに帰国して祖国のために働いて欲しいと依頼されたが、「日本が好きだから」と断ったと言う。日露友好のために貢献したいという思いが強く、大統領に北方領土問題について持論を語ったと生前、話していた。

 
   筆者は毎日新聞のモスクワ特派員を終えて帰国した1997年、初めてお目にかかり、話を聞いているうちに波乱万丈の半生に打ちのめされた。それから約1年半、クリニックに通い詰め、話を聞いて単行本にまとめ2003年、集英社から『六本木の赤ひげ』というタイトルで出版した。その後も折に触れてクリニックに通っていた。
 

   アクショーノフ医師の通夜は8日午後6時から東京・神田駿河台のニコライ堂で、告別式は9日午前11時から同じくニコライ堂で営まれる。日本を愛し、日本人をよく理解していた白系ロシア人の重鎮だった氏に心から感謝しつつ、ご冥福をお祈りしたい。(この項終わり)
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1 コメント

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Unknown (まきびし)
2014-09-03 14:42:51
東洋経済オンラインの記事でアクショーノフ先生が亡くなったことを知りました。
以前、テレビのドキュメンタリーで放送され、先生のことが非常に強く印象に残りました。
私自身、海外で生活した際に日本語の通じる病院を探すのに苦労したことを思うと、外国人にとってアクショーノフ先生の存在は、本当に大きな助けであったと思います。
日本は得難い方を失いました。
先生のご冥福をお祈りします。

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