飯島一孝ブログ「ゆうらしあ!」

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アクショーノフ医師の通夜に約120人が参列!

2014年08月09日 00時03分39秒 | Weblog

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   「六本木の赤ひげ」という愛称で呼ばれた白系ロシア人、エフゲーニー・アクショーノフ医師(享年90歳)の通夜が8日午後6時から東京・神田駿河台のニコライ堂で行われた。猛暑の中、日露の関係者ら約120人が参列し、半世紀以上にわたって診察を続けた医師をしのんだ。

   ニコライ堂は、日本にロシア正教を広めるため、ロシアから来日したニコライ司祭が明治中期に建立した日本最大級の聖堂である。高さ35メートルの大きなドーム屋根がシンボルで、建設当時は東京中から聖堂が拝めたと言われている。

   通夜が行われた聖堂には、以前診察してもらった患者や関係者から届けられた、たくさんの生花が並んだ。その前に、聴診器をつけたアクショーノフ医師の笑顔の遺影が飾られていた。2,3年前、テレビ局が取材に来た際、撮影された元気な時の笑顔だった=写真。

   通夜には、夜を徹して祈るという意味の「パニヒダ」と呼ばれる祈祷が行われる。司祭の祈祷と聖歌隊の聖歌が唱えられる中、参列者がローソクを手に棺の周りに集まり、永眠者の安息を祈る。聖歌隊のきれいな歌声が参列者の心を洗い流し、正教の素晴らしさを実感する瞬間である。

   司祭の訓話の後、参列者全員で棺に収まったアクショーノフ医師の拝顔をした。白衣の左胸に愛用の聴診器が置かれ、今にも医師がこれをつかんで起き上がり、ニコッとほほえむのではないかと思った。これほど白衣が似合う医師を私は知らない。

   今年4月、東京慈恵医大附属病院に入院して以来、病院暮らしが続き、最後は心不全で命を落としたという。開業以来のロシア人患者の1人、リュボーフィ・シュウエツさんによると、2週間前、病院に見舞いに行ったとき、アクショーノフ医師は「ボルシチが食べたい」と訴えていたという。

   日本人女性との間に生まれた一人息子の淳さんは「クリニックさえあれば、父はきっと帰ってきてくれると信じていた。遺言らしき言葉はなく、それが唯一の心残りです」と声を詰まらせた。今後のクリニック経営については「父が病気だった間、助けていただいた医師や親戚の人達と相談して決めたい」と語った。

   告別式(正教では埋葬式という)は9日午前11時からニコライ堂で行われる。司祭の祈祷後、棺の中に花が入れられ、車で横浜市に向かう。埋葬されるのは、港の見える公園の隣の外国人墓地で、そこには息子の後を追って旧満州から5年がかりで日本にたどり着いた両親が眠っている。    (この項終わり)
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