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丹波哲郎さんを偲んで『砂の器』

2006-09-26 16:15:11 |  映画随想
 丹波哲郎さんの訃報を今日の新聞は伝えています。私が痛烈に残っているのは『砂の器(1974年)』の名演です。下記はかってアップした内容を一部今日現在読む形にだけ修正したものですが、再掲して丹波哲郎さんを偲びたいと思います。心よりご冥福をお祈り致します。 
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 長い歳月に亘って、旧患者の方々を苦しめてきたライ予防法は廃止されました。その背景下に於て以前テレビ放映された「砂の器」では、主演中居正広の父を放火魔と設定していました。1974年製作のこの映画は、ハンセン病が社会的に偏見を持たれていた時代を画いています。

 俳優座映画放送、監督、富永卓二。主演、仲代達矢で1992年、フジテレビ系列でも放映されましたが、原作者の松本清張も褒めたと伝えられる、このオリジナル映画が一際精彩を放っています。

 夕焼けの浜辺で秀夫(春田和秀)が盛った砂の器が崩れるタイトルバックが、これから始まる物語を見事に象徴していると思います。秋田県の羽後亀田から映画は始まります。そこには、都内蒲生捜査場で発生した殺人事件捜査で来ている今西(丹波哲郎)吉村(森田健作)両刑事の姿がありました。

 「捜査線上に浮かんだ東北弁の亀田は、人名でなく地名かも?」という期待は外れます。帰途の車内で和賀英良(加藤剛)に遇う場面は偶然すぎてどうかとは思いますが微々たる事です。判明した被害者三木謙一(緒方拳)の養子は「父は伊勢参詣に旅したが東京など行く筈が無い。亀田には覚えが無い」と言います。

 諦めない今西は出雲に東北弁を使う地方があることを突き止め、亀嵩を発見するのです。5万分の1地図を、紙でスライドしながら食い入る今西。一方の吉村は、狙いを付けた紙吹雪の女が蒔いた切れ端を求めて線路沿いを虱潰しに調べます。この辺りは、仕事に没頭する両刑事の執念が迸り、冴えた演出も光沢を放ちます。

 今西が赴いた亀嵩では、桐原老人(笠智衆)ほかから、三木の人格者ぶりを確認するだけでした。ここでは笠智衆独特の自然な演技が光ります。秋田でも、出雲でも、収穫の無かった今西は、休暇日に自費で伊勢に赴きます。突き止めた三木が泊った旅館。彼が2回も通った映画館。狙いを付ける和賀英良。ここら辺りのテンポは快適だし、映画館主の渥美清がいい味を出しています。

 今西の許に、亀嵩の桐原老人から「本浦千代吉親子の戸籍は石川県云々」の手紙が届きます。赴いた石川の現地で、遂に突き止めた大阪時代の英良の秘密。この辺は正に交響曲で言えば、トゥッティでの大合奏です。交響曲「宿命」の発表会場。警察合同捜査会議場。そして過去の回想シーン。この3つの場面を10回前後に亘って、交錯させつつ訴えるシーケンスこそ、この作品の白眉でしょう。

 美を追求した野村芳太郎監督の演出。綿密に書上げた橋本忍、山田洋次共同の脚本。叙情溢れる芥川也寸志の音楽と、川又昂の撮影。これらが一丸となって怒濤の如く一気に昇華する様は壮観であります。

 中でも圧巻は、春夏秋冬の風景を通じて訴える、本浦親子の辛い果てしない放浪のシーンであります。二度と戻らぬ村を高台から眺める親子。高鳴る音楽。ボロを纏い、杖を突き、傘を背に、海辺を歩む親子の俯瞰風景。岩に散る白い波。祠で休む親子。秀夫の鳴らす鈴の音。雪が積もった藁屋根。門前払いを食らう親子。

 会場で高鳴る「宿命」と和賀英良のアップ。真っ白な雪原。寒げな葦の沼。祠の縁の下で休む親子。ピアノを弾く英良の手のアップ。パッと咲き誇った梅林。遠くに霞む青い山並。そして、人家で鈴を振る背中に浴びせる子供の罵声に対して、思わず拳を揚げた秀夫の手が、ピアノの鍵盤に向かって振り上げた和賀英良の手に重なる場面の冴えには思わず唸って仕舞いました。

 逃げ去る子供を追いかける千代吉の背後に広がる茜色の夕焼け雲の美しさよ。鯉のぼりの下で輪になって遊ぶ童をじっと見つめる秀夫のアップ。立ち込める朝霧の野で、飯盒から掬ったスプーンの飯を父に与える秀夫。「伝染病の者入村禁止」の立て札の許で、巡査に追い払らわれる親子。全くのセリフ無しで、ずっと続く親子の数々の姿に、涙を催しそうになります。

 こうして亀嵩で行き倒れになった千代吉は、三木巡査に救われます。ギラギラとした夏の日の哀切極まる親子の別れ。親身も及ばぬ三木夫婦の許を出る秀夫の複雑な表情。療養所で今西から見せられた和賀英良の写真に「そんな男は知らぬ」と号涙する千代吉(加藤嘉)の熱演などもさることながら、

 24年間、三木と千代吉が交わした手紙を手に、「死ぬ迄に一度だけ会いたいと、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し」と4度繰り返し、思わずハンケチを取り出す丹波哲郎は、正に名演といえます。逮捕状を手に会場に足を運ぶ二人の刑事。「音楽の中でしか和賀は父親に会えないのだ」の言葉が胸に刺さるようです。

 「ハンセン病は現在では完全に回復し、社会復帰が続くが、それを拒むものは非科学的な差別のみ。松浦千代吉のような人はもう何処にも居ない。しかし--旅の形はどのように変っても、親と子の宿命だけは永遠のものである」と結ばれたこの映画の時代から30年経った現在、未だに社会の一部に残る偏見に、人間の業の重さを感じます。

 しかし、時を越え、如何に世相が替わろうとも、何度観ても飽きぬ映画。そして多分、10人中9人に愛されるであろう映画。それは名画といえます。この『砂の器』は『二十四の瞳』『七人の侍』『野菊の如き君なりき』『青い山脈』と並んで、私の日本映画ベスト5本の中に入ります。
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15 コメント

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名優でした。 (kju96)
2006-09-26 20:05:13
「砂の器」いい映画でしたね。

丹波哲郎さんは300本近く出ていと利きましたが

結構印象に残る映画に出ていますね。

007など国際俳優の一人でしたね。

バラエティでも楽しませてくれた人で

残念です。

山田洋次監督の15歳の少年のおじいちゃん役が

印象に残っています。
安心感のある役者さんでした。 (SUKIPIO)
2006-09-27 09:05:04
台詞を覚えないのが有名な様でした。

自身の芝居は自然体で全く演技をしていなかったと仰られていました。とにかく存在感のある役者であり、私が最も記憶に残っていますのは、『007は二度死ぬ』などの出演で海外でも評価が高かった様なのですが、その時点でも国際俳優といわれていました。

他にも『砂の器』の演技者揃いの中でもアクセントのある見事な心の描写を始め『人間革命』『大霊界』に出演されてました。

テレビではやはり『Gメン’75』の黒木警視が印象に残ります。

享年84歳、ご冥福を祈り致します。

kju96さん、SUKIPIOさん、何時もコメントありがとうございます。 (アスカパパ)
2006-09-27 14:35:35
個性の強い俳優さんでしたね。

あのボリュームたっぷりの肉声が豪快でして、、。

テレビのサスペンス・シリーズで、探偵事務所の所長になって居られたのもよく見ていました。

存在感の強い役者さんでしたね。
Unknown (シネマ)
2006-10-05 10:58:56
丹波哲郎さんは霊界のイメージが強いですが、それどころではない、いい役者さんですよね。



野村監督の砂の器はほんとに素晴らしい映画ですね。

再映画化、ドラマ化、これからもされるのでしょうが、同じ方向性ではこの映画を越えられないのではないでしょうか。



また観たくなってきました、、。
シネマさん、コメントありがとうございます。 (アスカパパ)
2006-10-05 17:10:33
それから『張込み』のTBもありがとうございました。

『砂の器』『張込み』どちらも野村芳太郎監督ですね。なかなか力量在る監督ですよね。私もファンです。
Unknown (みちる)
2006-11-14 15:32:04
原作と映画が双壁をなす名作ですよね。目を閉じると残像が残る位、印象深いですよね。その後幾つか映像化されてますが、似て非なる作品の様な気がします。この映画を沢山の人に観て貰い、他人事ではなく自分の心に問うて貰いたいと思います。

蛇足ですが『阿賀』ではなく「和賀」ではなかったでしょうか?

みちるさん、コメントありがとうございました。 (アスカパパ)
2006-11-14 17:06:47
みちるさんが仰る通り、素晴らしい作品ですよね。
殊に哀切極まる放浪の旅の場面は、映像に感情を込めたものとして、これ以上のものは無いように思います。

あ、間違っていました。「和賀」でしたね!
早速訂正いたします。ご指摘有難う御座いました。
Unknown (みちる)
2006-11-17 20:42:24
また、投稿させて頂きます。

チョイ役も豪華な出演陣。作品の主題や監督の熱意に寄るものからでしょうか?

また蛇足ですが、和賀のピアノ演奏シーンの手のショットはどう見ても別人の手。ちょっと笑ってしまいました(*^_^*)
みちるさん、再度のコメントありがとうございます。 (アスカパパ)
2006-11-18 10:46:16
そうですね。豪華な助演陣ですね。
加藤嘉が演じた"本浦千代吉"の印象は強烈でした。
渥美清が演じた"伊勢の映画館の支配人"
緒形拳が演じた"三木巡査"
笠智衆が演じた"桐原老人"なども印象深いです。
その他、佐分利信。警察関係では、稲葉義男、浜村純などが。
女優では菅井きん、島田陽子、山口果林。
テレビの「家政婦は見た」でお馴染みの野村昭子も出ていましたね。

ピアノを弾く手・・そういえば、そうでしたね。
丹波さんの粘り強い捜査 (デジ1工担者)
2007-02-22 23:58:12
紙吹雪が布なのではないかと着眼した若き日の森田健作さんの慧眼には脱帽するしかない。

本浦少年が和賀夫妻の戸籍に入った顛末,経緯を探し出す丹波さんの粘り強い捜査ぶりこそが事件解決の鍵だったすね。





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