アスカ・スタジオ

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今日また消える映画のともしび

2009-03-13 15:47:01 |  映画随想
 地元の映画館が、また一つ今日姿を消していく。

 最後の上映作品は「きつねと私の12か月」仏(2007年製作/今年公開)
 原題LE RENARD ET L'ENFANT。上映時間1時間36分。リュック・ジャケ監督作品。
 狐と少女の愛情を描いているという。幕を降ろすに相応しい映画だろう。

 観られないが、所用で劇場の前を通りかかった時、その最後の姿に思わず携帯のシャッターを切って帰った。
 半世紀以上の歴史がある劇場だった。当初は日活。68年地下に移転後は松竹。時には洋画も上映した。

 名残りに、この劇場で観た思い出深い作品を、当時の感想文を抜粋しながら、列挙しておこう。
----------------------------------------
①「ミリオンダラー・ベイビー」05/6/1鑑賞。監督:クリント・イーストウッド。
 簡単に愛と言うなかれ。愛は厳しい。愛は試練を伴うのだ。
 超満員だったなぁ。

②「ビルマの竪琴」56/3/29鑑賞。監督:市川崑。
 「帰ってこい」「一緒に帰ろう」と友の声。
 無言で傍らの少年から竪琴を受け取る水島。
 「今こそ別れ目いざさらば・・」彼の心が余すことなく伝わり感涙。

③「たそがれ清兵衛」02/1/16鑑賞。
 山田洋次監督の初時代劇は、題材を意識し、暗いトーンで撮影している。
 格調に充ち満ちた映画だ。

④「八月の狂詩曲」1993年鑑賞。監督:黒澤明。
 ラストシーンで監督が訴えるものは何か。
 それは通り一遍の反戦思想だけでは無い。
 シューベルトの『野ばら』が、どうやらその答えを導き出すようだ。

⑤「神坂四郎の犯罪」56/3/3鑑賞。監督:久松静児。
 人は真実を知りたいと求める。何が真実か判らぬうちに神坂四郎は有罪となる。
 裁判にはこういうケースがよくあるのだ。と主張する。
 鍛冶を打つ火花が飛び散るような力作。と、当時の手記。
 裁判員制度が近い今日。もう一度観たい映画だ。

⑥「座頭市」03/9/10鑑賞。監督:北野武。
 ラストの下駄音高いタップダンスに違和感を感じないも、伏線があるから。
 ところで、ビート座頭市の、あの時のあの"眼"。
 うーむっ、ま、いいかツ!。

⑦「隠し剣鬼の爪」04/11/1鑑賞。監督:山田洋次。
 東北の小藩に西洋の砲術を教える挿話は、ユーモラスであり作品に膨らみを持たせる。
 緒形拳さんが静かな感動を与えてくれた。
 [超満員=公開3日目]

⑧「パッチギ!」05/1/29鑑賞。
 井筒和幸監督は、地元隣接市の出身。
 イムジン河は素晴らしい曲。
 歌の背景を理解しているや否やで価値が変わる曲。
 「帰れツ!」と一括された康介が、橋の袂で愛用のギターを砕いた時、青春も恋も思いも若いエネルギーも民族の壁も、全てパッチギ!していたのだ。

⑨「沙羅双樹」2003718鑑賞。
 この映画の披露挨拶がこの劇場であった。地元出身。「殯の森」でカンヌ映画祭受賞に輝く河瀬直美監督。
 若い女性監督自身も出演した出産シーンが作品にメリハリを付ける。
 古都には一見合わないような若さが溢れ出る。
 素人俳優が多いが、樋口可南子さんが引き締める。

⑩「ギャング・オブ・ニューヨーク」03/1/9鑑賞。監督:マーティン・スコセッシ。
 ミヒャエル・バルハウスのセピア調撮影は優れている。
 この映画は、建国間もないアメリカの歴史映画として見れば、価値あるかもしれない。

 最後に、私のワースト映画。
 「太陽の季節」56/5/27鑑賞。監督:古川卓巳。
 ボクシング、ダンス、ヨット、麻雀、果ては肉体折衝、人生全て遊びである。
 彼ら彼女らには、何の建設的な意志も、健康的な雰囲気もない。
 退廃的で不健康。主人公は最後に死んだ女の写真に香鉢を投げつけ、大人達に「あんた達は何も判らないんだ」と捨てセリフを残す。
 アプレゲールの代表だ。
 保守的な大人と、無軌道で享楽的な十代が犇めく有様を叙するだけ。
 寧ろ十代を応援するような作品はいくら創られても無意味、いや有害である。
 採点が甘くなったのは話題性と優秀な興行成績のせいと心得よ。
 【1956年5月27日観賞記を、ありのままコピー】
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 様々な思い出を残してくれた映画館だった。
 盆と正月には「寅さん」の大きな看板が上がった。
 地元で撮影があった「男はつらいよ寅次郎物語」では、スタッフの世話やエキストラ集めもされたという支配人。
 「寂しい」を連発されたと、今朝の新聞は伝える。

【追記】肝心のことを忘れていた。寂しさのあまり。
 「おくりびと」を、2008年9月13日。公開初日の第1回上映を、ここで鑑賞しているのだった。その時の観客の入りは約80%。そのとき誰もが、この映画が、後日アカデミー賞外国語映画賞に輝くとは、思ってもみなかった。
 そして、今日、この劇場の おくりびと になることも、、。

 定員154席の、あの席にも、こちらの席にも座ったっけ。
 思い尽きぬ、深く愛すべき劇場よ!。
 さよなら、在りし日の南都日活!。
 そして今日、古都に相応しい緞帳を降ろす観光会館地下劇場!!。
 さよなら!!!

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8 コメント

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思い出の場所 (みちる)
2009-03-14 11:27:25
青春を過ごした場所や、思い出の詰まった場所がなくなると、その思い出すらなかった事になるみたいで、寂しいですよね。私も昨年青春過ごした場所を失い、何とも言えない寂しさを味わいました。思い出は宝箱ですよね(みる度にワクワクしたり懐かしんだり)私は、私が忘れない限り、それはそこにある。と思い直し、大事にしなきゃ。と思ってます(*^_^*)
みちるさんへ (アスカパパ)
2009-03-14 13:00:41
こんにちは。
コメントありがとうございます。
みちるさんも、青春の思い出が一杯詰まった場所を無くされたのですね。私も失ってみて初めて、その価値が分かりました。
お互いに、自分の思い出を大切に抱きつつ生きていきましょう。
映画とは (DCP)
2009-03-16 09:00:10
内容もさることながら、誰とどの劇場で観たかが大きなウエイトを占めますね。
僕には思い出の劇場はとっくに「都市開発」の「美辞麗句」の基でなくなっています。
最近では雨後の竹の子のように増え続けたシネコンの淘汰がはじまったようですが、昨年オープンしたばかりのシネコン、新宿ピカデリーは3万円(2人、一回)の特別鑑賞室なんて誰も利用しないよ、の予想に反し一人勝ちのようです。確か6回で1回は無料なんてサービスも好評らしい。不況はどこに?の凄い快進撃。
さるシネコンの最前席は毎回1,000円。前過ぎて見にくい。
両方ともに何でも特化しないと駄目の代表格です。

Re:映画とは (アスカパパ)
2009-03-16 21:53:36
DCPさんのコメントを拝読して、劇場スクリーン数の経緯を調べました。確かに最近は増えてきたのですが、これから減りそうですね。
新宿ピカデリーのように、発想の転換をしなければ、生き残れなくなるのでしょうね。厳しい世の中になりました。
こんにちは。 (すの)
2009-04-03 17:29:35
アスカパパさん、こんにちは。
映画館の閉館、寂しいですね。。
東京の大都会でも 慣れしたしんだ映画館がなくなると寂しいので 思い出のつまった劇場。
寂寥の思いが伝わってきました。。
1956年には さぞ劇場も賑わっていたのでしょうね。。

いつもパパさんのブログ、拝読しております。
最近 私はブログでお小遣い稼ぎのようなことをしていて お恥ずかしいのでなかなかコメントできずにおりました。
またお邪魔しますね。

ヤッターマンは私は楽しかったですが、機会がありましたら メリル・ストリープの「マンマ・ミーア!」は素晴らしかったです。
ボーさんは劇場で7回鑑賞されているようですし♪
楽しく明るくなる映画でした。
すのさんへ (アスカパパ)
2009-04-04 08:47:53
おはようございます。
ちょっと噂に聞いたところですが、東京でもシネコンの生存競争が激しくなってきたとか?。娯楽も多種多様になっている現在ですので、映画界も大変なようですね。その点において、1950年代は映画が娯楽の中心でしたので、よく賑わっていました。

私の拙いブログをいつもお読み頂き、ほんとうにありがとうございます。一人合点していることも多いのですが、年輩者の寝言だと思って我慢下さい。

すのさんのブログは拝見していますよ。すのさんの天真爛漫な雰囲気がとても素敵で、何時も明るくなります。

先日歯医者さんの待合室で、備え付けの週刊誌を読んでいますと、メリル・ストリープのインタビュー記事が載っていました。「マンマ・ミーア!」についてもいろいろ語っていましたので、観るつもりをしていたのですが、残念ながら見逃してしまいました。次の機会を待つことにします。
この映画館、最終日に行きました。 (じゅん)
2009-05-23 19:34:54
たまたま、このサイトに来て
ああ、やっぱり寂しい人も多いのだなぁと思いました。

奈良新聞で閉館のニュースを知りました。
普段行かない映画館だが最後の「キツネ」の映画は行きました。

その時の日記を書きます。
箇条書です。

●奈良県で最後の単館の映画館。
新聞には世間話のできる映画館とも書いてあった。確かにそんな感じ。
地元のお年寄りに人気とも。“シニヤ料金”で、入替えも無いので人気だったのかも。

●パンフレットもグッズ販売も無い、飲料の自販機のみ。昔ながらの感じ。

●劇場の扉の下にすき間があり、廊下にいる人の話声が聞こえてくる。
 なんという映画館だ!と思っていた。

●劇場は独特の臭い匂いがしていた。田舎の家のような、トイレのそれに近いような感じ。
 トイレはあるがトイレの匂いではない。

●3/8(日)朝11時に「きつねと私の12か月」を観に行った。その時間の客は私を含めて3人。 
切符切りのおばさんは「ありがとうございます。自由席です。」(今はどこも指定席)

●上映前に館内を撮影していたら切符切りのおばさんに見つかり「撮影しているのですか?」と聞かれる。
「はい、今月で閉館すると聞きまして、、、」と言うと
「別にいいんやけど一言いってもらったら」と言われた。
もうじき上映なので席に座っていると(しばらくすると)おばさんと船本館長がやって来て
「新聞社の方?」と聞いてきた。
いいえ違います。今月で閉館すると聞きまして寂しいなぁと思って、、と言うと、
「別にいいんやけど一言いってもらったら」とまた言われた。
「最近、新聞社の人が来たから新聞社の人と思った、産経新聞の人も来た」と言っていた。

子供の頃にも来たことを言うと船本さんはにっこりしていた。

●最後の上映は19時~21時25分「きつねと私の12か月」。
 最後のイベント等は無し。
 上映後、最後の客たちが出てくる前に船本館長が劇場から出 てきて商店街に消えていったのを偶然見かける。
客たちは館長に 最後のお礼を言いたいのか、券売場の前でずっと待っていた。
私は、待っている人に「さっき出て行かれましたよ」と言うと、知っているとのこと。
なかなか館長が戻って来ないのにしびれをきらした人が
「あんなんやから商売が下手やねん。」と言っていた。

最後の客は10~15人、いつも客は少ないのに、最後だからいっぱい来て、
いつもこれくらい来てくれたら閉館しないで済んだのに、とヘソを曲げて行方不明になったのか。

●地下の通行禁止の階段は、以前は1階のマックの右側の洋服屋の辺りからも出入りできたらしい。
 改築して片側通行になったのだろう。


じゅんさんへ (アスカパパ)
2009-05-24 08:38:56
コメントありがとうございます。
最後の上映映画見に行かれたのですね。
箇条書きされた文章、ほんとうに懐かしい気持ちで読ませて頂きました。
ぶっきらぼうな面もありますが、家庭的な雰囲気がある単館だったと思います。
サイトが無いので、上映時刻を謄写版刷りしてあるのを貰いに行ってました。
>「ありがとうございます。自由席です。」
そうです。その雰囲気が好きでした。

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