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幕末太陽傳

2005-10-30 07:43:00 |  映画(ハ~ヒ.)
 大工に作らせた地図で、異人館焼き討ちを計る高杉晋作を手玉に取る佐平次の得意顔。フランキー堺は、時の人ともいえる石原裕次郎を完全に喰っている。

 川島雄三監督作品は1953年に『純潔革命』を、1956年には『赤信号』を観ている。何れも平凡な印象しかない。が、1957年の『幕末太陽傳』には、これが同じ人の作品かと疑いたくなった。

 傑出しているのだ。セリフが早口過ぎて聴き辛い場面も見受けられたが、江戸の昔に現代の息吹きを感じさせる。団伊久磨と才を競う黛敏郎の音楽もそれを手伝う。

 近くを東海道線が疾走する品川付近。売春禁止法公布直前の色街が一挙に幕末までバンする。そこに遊郭相模屋が出現する。新鮮な手法だ。(1957年当時としては)。

 そこに現れた無一文の居残り佐平次(フランキー堺)が、滑稽無類な生き様を展開していく。元ドラマーだっただけに、その演技もテンポ快活だ。今も昔も変わらぬ世知辛い世の中。雑草のように逞しく生きよ。と囁かれているような気にさえなる。

 口八丁手八丁で泳ぎまくった佐平次は、急死と偽ったこはる(南田洋子)の墓を、其処らの石塔で誤魔化し、東海道松並木の彼方に一目算に姿を消す。最後まで楽しい映画だ。

 落語ネタだけに風刺精神が横溢しているこの映画の翌年、売春禁止法が施行され、遊郭も日本から姿を消す。
 また翌々年には『私は貝になりたい』で、フランキー堺はシリアスな作品も演じられる俳優として、大輪の花を咲かせる。

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3 コメント

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TB (phD_nino)
2006-01-15 12:59:03
TBさせていただきました。

よろしくお願い致します。
こんにちは。 (マーちゃん)
2012-04-05 13:20:52
とても楽しみにしていた映画です。
テンポが良くてイキで、楽しくて、だけど哀しい・・・色々な面を見せてくれる作品ですね。

石原裕次郎さんのカツラが変でした(笑)。演技は・・・。
日活の大スターですから、それでいいのでしょうが。

一昨日の放送は、ご覧になりましたか?
山本監督によると、別のラストもあったようですね。
マーちゃん様。 (アスカパパ)
2012-04-06 08:12:39
コメントありがとうございます。

思い起こせばこの年は、太陽族が全盛を極め、石原裕次郎さんも日の出の勢いでしたからね。ま、そういうことでしょうか。

あ、その放映は予約録画した筈ですが、まだ観ていません。なんだか興味を惹く山本監督の話があったのですね。後日、是非鑑賞します。
ご紹介ありがとうございました。

追伸
 フランキー堺の「私は貝になりたい」は、私も彼の最高作との印象を持っています。

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