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原爆の日に寄せて、原爆の映画10本

2011-08-06 17:49:29 |  映画随想

 TVの中継に併せて毎年黙祷を捧げる広島原爆の日。被爆者の叫びを交えた松井広島新市長の誓いの言葉は、ひしひしと伝わるものがあった。
 66年前のこの出来事は絶対に風化させてはならない。と新たに思う。
 今日は、過去に観た原爆に関連する映画を、年代の古い順に思い出し、当時の感想文を抜粋して、その縁としたい。

①1952年「原爆の子」(新藤兼人監督)
 66年前の今日をリアルで知る人は少なくなってきた。新聞1面見出しは「米、新型爆弾投下」だった。顔と手が焼け爛れた少年の写真が今も脳裏から離れぬ。この映画はそれから7年後に作られた。漸く敗戦の痛手から立ち直り、日本映画界も大手会社が花形スターと専属契約を結び黄金時代を迎えようとしていた。当時"百万弗のえくぼ"と持て囃された宝塚スター乙羽信子が、転身した大映を辞したニュースには驚かされたものだ。近代映画協会で新藤兼人監督のこの映画で観た彼女は"決意の人"に見えた。天使のような幼稚園教師は7年後の園児たちを歴訪する。貧困と闘っている子、病床に喘いでいる子・・。セミ・ドキュメンタリー風の映像は、みんなみんな胸を突いた。

②1955年「生きものの記録」(黒澤明監督)
 1955年11月26日。映画が終わった時、京極東宝を埋めた満員の観客は、シーンとして、誰一人として直ぐに席を立てなかった。あの時の風景がまざまざと甦って来る。

③1956年「生きていてよかった」
 1956年9月22日。南都劇場で観た。「ニコヨン物語」と二本立ての併映作品だった。原爆の恐ろしさを具に感じる。場内のあちこちで啜り泣きが聞こえた。皆一言も発せず、神のような気持ちになって此の映画を見た。徳川無声氏は「此の映画を持って世界各国を回りたい」と言われたが、全く同感。せめて全国各地だけでも巡回して、山奥の奥までも、全日本人に見て貰いたいと思った。映画終了後ニュース映画があり、外国ニュースの冒頭に恒例のジェット機の飛ぶのが写った。残酷だという気がした。と、当時の感想記にある。

④1957年「純愛物語」(今井正監督)
 (前略)また治療を受けようにも「1本3000円(注、1957年当時の貨幣価値)もする注射」という現実に、今井正監督は、現在社会の福祉対策の如何に困窮しているかを鋭く訴えている。彼が映画芸術への意欲と共に、社会性を常に植え付けているのは威とするに足る。(以上1957年当時の原稿まるごとコピー)

⑤1959年「第五福竜丸」(新藤兼人監督)
 (前略)「嗚呼許すまじ原爆を」…重々しい合唱団の歌声。米国使節の弔事に少しは救われた。空に舞う鳩の群。怒るように波打つ海。映画は終わる。

⑥1985年「夢千代日記」(浦山桐郎監督)
 限られた命を知りつつ懸命に生きる夢千代。短くも散る花の命に惜涙し、人生無情を痛感す。と、当時のメモが残る。

⑦1989年「黒い雨」(今村昌平監督)
 (前略)「今もし向こうの山に奇蹟が起きたら、矢須子の病気は治るのじゃ。不吉な白い虹じゃなく、五彩に輝く虹が出たら」。地道に白煙を上げつつ小さくなる救急車を見詰める重松の呟きが鉛のようでした。彼と共に凝視したラストカットの山の端に虹は昇りませんでした。

⑧1993年「八月の狂詩曲」(黒澤明監督)
 劇場鑑賞した此の映画は、長崎に投下された原爆が対象の作品である。トップ画像は、その一場面。
 (前略)すぶ濡れになって風雨の中を突っ走るお祖母ちゃん。何がなんだか判らないけど、その後を懸命に追う孫達。ラストシーンのその姿から黒沢明監督が訴えるものはいったい何なのか。それは通り一遍の反戦思想だけでは無いような気がする。オルガン曲がよく似合うシューベルトの『野ばら』が、どうやらその答えを出しているようだ。

⑨2004年「父と暮せば」(黒木和雄監督)
 (前略)石灯籠のお陰で美津江が助かった時、父は二つの太陽を目撃した裸電球、蚊帳、団扇、戸棚、崩れた壁土を覆うトタン、荒縄で蒔いた柱、もんぺ姿や国防色の服装。終戦後の時代考証は丁寧だ。灯籠の際に生える雑草の緑。そしてラストショットの可憐な花二輪。単なる反戦だけでなく、未来を目指し目覚める生命力を此処に見た。

⑩2007年「夕凪の街 桜の国」(佐々部清監督」
 (前略)成る程、反戦はこのように訴えたらいいのですよね。何も声高らかに大上段に振り上げなくてもいいのだった。このような声なき声の叫びこそ、素直に人々の胸の中に、深く静かに染み入るのではないだろうか。


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