アスカ・スタジオ

2011/9/1以降の映画記事は「八十路STUDIO」=(同一人管理blog)とリンクしました。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

鰯雲

2005-08-05 11:55:09 |  映画(イ~ウ)
名ある大監督に対して一映画愛好家がもの申すのは誠に恐れ多い事乍ら、マンネリ傾向の小津安二郎監督に対し、成瀬巳貴男監督の「型を破った作品を」との革新的努力には敬意を表する。けれどもどうも感銘の薄い作品となって終った気がしてならない。

淡島千景を主人公に仕立てているが、見ていると中村雁次郎の方に魅力を感じる。彼に焦点を合わせた方が良かったと思う。彼女と木村功との間は、実感のない、何だか水の中で屁をこいたような感あり。農村生活の封建制と、それに刃向かう若い力を描いた点は認めるが、話が一向に面白くない。終わりまで退屈しどうしだった。

要するに焦点が呆けているのだ。冒頭とラストの鰯雲の映像も、題名の為に無理矢理付けたようなもの。シナリオも読んでみたが、ラストシーンは、淡島千景が田を耕すそのバックに鰯雲が広がっている様に私は解釈した。作品では彼女が働いているショットを消してから、鰯雲のショットを出している。是では全く人工的で不自然だ。

太刀川洋一も印象薄い演技、司葉子も活きていない。小林桂樹、加東大介は流石に貫禄を示すが、俳優ばかり撮影しても感動する作品は出来ない。日本映画界に新風を吹き込んだその意気だけは買う。(←1958年観賞後記//2004年8月14日追記→)私事になりますが、当時は若気の至りで、社内新聞や労働組合機関誌などに映画評を投稿したりして、我ながら一寸小生意気な青春時代でした。

いま読み返してみると冷汗が出るように恥ずかしいケースにもぶち当たります。この文もその一つです。でも今、私の心のスクリーンには、汗にまみれて田んぼを耕している淡島千景さんと、その次に現れるモノクロトーンの秋空一杯に広がる鰯雲が、くっきりと見えて来ます。もう一度見直してみたい映画です。

コメント   この記事についてブログを書く
« 激突 | トップ | 処女の泉 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

関連するみんなの記事