アスカ・スタジオ

2011/9/1以降の映画記事は「八十路STUDIO」=(同一人管理blog)とリンクしました。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

赤い風船(2回目)

2010-05-20 15:37:36 |  映画(ア)
 トップ画像は、1956年9月8日、京都スカラ座にて「沈黙の世界」と同時上映された短編の感想文であるが、見難いので下記に転記する。
 第1行目の“二度見て了った”が懐かしい。当時は、入れ替え制ではなかった。観たければ、何度でも観られた。

---------------
僕はその清らかさに二度見て了った。
四十分足らずのこの映画詩は、
悪に対する怒りで満ち満ちている。
善意を無にする人々を のろっている。
赤い風船は生きている。
石に当てられて、汗を流して、涙を出して、遂に足げにされて…
風船は泣いている。怒っている。
他の風船は、犠牲の赤い風船を見て怒る。
赤い風船に善意と友好を捧げた少年を下げて天へ上って行く。
清らかな世界、汚れのない世界へ向って…
此んな素敵な作品が、もっと生れて良いものと思う。
淡い、渋い、如何にもパリらしい色彩。
やさしい、豊かな、そして清い三拍子の音楽。
二重まぶたの少年、そして赤い大きな風船。画くものはただ一つ、善意。
テーマは只それだけの事だが、それが言葉でいひ表せぬ共鳴を呼ぶのだ。胸のすくような感動を呼ぶのだ。
善意を持とう。
善意を保ち続けよう。
赤い風船のように。
---------------

 今日、54年ぶりに此の映画と再会した。懐かしかった。これは風船をものの見事に擬人化した清らかな映画詩である。想いを風船に托した清らかな映画詩だ。もし映画詩というジャンルを作れば、この映画は私のナンバー・1作品となろう。
 台詞は殆ど無い。自然音と音楽のみ。パリ・モンマントルの街並み。パスカル少年はベランダに引っ掛かっている赤い風船を見つける。


 街へ出る。手にした紐を離しても風船は付いて来る。まるで生きているように。


 微笑ましいなぁ。女の子の持つ青い風船との恋の戯れ。このシーンは、すっかり忘れて仕舞っていたよ。
 雨だ。濡れないように人の傘に入れてやるパスカル。君は優しい。


 跨線橋の欄干に凭れて下を眺めるパスカル。下の線路を通過するSLの白煙が立ち上り、一瞬、少年と風船が煙に包まれる。やがて姿を現す少年。その手の風船の赤の鮮やかさ。
 このショットは、マルセル・カルネ監督が、1949年に撮った「北ホテル」へのオマージュかもしれない。
 身投げを図るピエール。下を走るSLの白煙が画面を消す。再び現れる情景。ピエールはまだ跨線橋に居た。心の動揺を映像で表現した素晴らしい演出への…。
 同じ場所での撮影と推測する。

 「いたぞ」「走れ」「捕まえろ」逃げても逃げても悪童連は追って来た。一悪童が放ったパチンコは…。
 萎んで行く風船が流す涙の悲しさよ。
 挙げ句の果ては足で踏まれて…。
 涙が出そうだ。

 パリ中の風船が怒った。
 街中のあらゆる所から、赤い風船と少年の所へ、空を舞って集まって来る。
 赤・青・黄色・水色・橙・緑色…。
 彼ら彼女らは、窄んで終った赤い風船とパスカルに、手を差し伸べて空に登る。


 54年ぶりに懐かしい映画を見て、この映画は、人生だ。と思った。
 出逢い。喜びと艱難労苦。そして必ずある悲しい別れ。
 単なる感情移入を通り越し、この映画に覚えるものは“陶酔”しか無い。

 [私の評価]堂々たる秀作。
 1956年.仏[監督&脚本]アルベール・ラモリス[撮影]エドモン・セシャン[音楽]ネーリス・ルルー[主な出演者]パスカル・ラモリス[原題]LE BALLON ROUGE[上映時間]35分。

にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

コメント   この記事についてブログを書く
« 許されざる者 | トップ | 白い馬(2回目) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。