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ワイド画面が出始めの頃(5)

2009-02-24 19:31:50 |  映画随想
(3)1955年以降、
シネラマを中心に。
 「これがシネラマだ」と題する映画が、1954年末に東京と大阪の2劇場で公開された。その鑑賞記は以前に書いたので省略する。
 然し乍ら、1955年8月14日、大阪OS劇場で鑑賞したあの驚きは今も新鮮に残っている。スクリーンの寸法は、シネスコより縦も横も大。特にその高さは館内天井に届かんばかりだった。3台のカメラで撮影し、3台の映写機で、湾曲した3面が繋がる巨大スクリーンに写し出すという代物。
 私が座った指定席は、右端前方に近い場所だったので、特に右側の画面が扁平に見え、稍見辛かったのは残念だった。その後、第4作「世界の楽園」も観ているが、6~7作品が作られた後に、その幕は降ろされた。
 主な要因は、
①劇場側では、巨大設備を要すること。
②作る側では、膨大な制作費を要すること。
③ソフト面では、観光映画としては最適も、劇映画にし辛いこと。
④ハード面では、三つの画面の繋ぎ目が、ぼやけた帯状に写ること。
であった。
 中でも④が、致命的欠陥となって、シネラマは消えてしまった。

 それらの欠陥を修正すべく、切れ目がなくて、1台の映写機で済む、70㎜トッドAOシステムなる、ワイド・スクリーン映画が公開されたのは、シネラマ初公開から約2年後。初頭に関西では大阪コマスタジアムの柿落としで公開されたと記憶している。がその頃からあまり映画を観る機会に恵まれなくなった私は、「オクラホマ!」も「80日間世界一周」も、シネスコで観ている。今や、シネラマもトッドAOも幻の現在だが、貢献者マイケル・トッド氏の名は、映画史に永久に残ることであろう。

 斯くて、シネマスコープと、ビスタビジョンが暫く生き残ることになる。特殊レンズ使用で遠景のぼけを修正に努めたシネスコは、1955年3月に鑑賞したシネスコ作品「折れた槍」などは、その宣伝通り良くなったという印象を受けたものである。FOX以外のメジャー各社もシネスコ作品の発表が相次いだ。3月に鑑賞した、コロンビアの「ピクニック」は、シネスコの名作と言いたい出来映えだった。4月に鑑賞した、ワーナーの「スタア誕生」は、横長に固執せず、スタンダード画面との併用で、芸術的な作品価値も高めた。そして10月に観た「エデンの東」については、今さらここで論ずる必要もないだろう。

 1956年以降も、ビスタビジョン作品と、シネスコ作品の全盛時代。シネスコは「翼よ!あれが巴里の灯だ」や「戦場にかける橋」などが気を吐いた。日本映画も1958年の松竹映画「張込み」は、モノクロながら、シネスコの秀作といえる。現在のシネスコ・サイズと、ビスタ・サイズの元祖ともいえる、ワイド・スクリーン誕生期の思い出は何時までも尽きない。【完】

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5 コメント

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凄い!!、凄い!!。 (DCP)
2009-02-24 21:12:40
★こんな新聞広告?を今も持っておられるのですか?!。物持ちが良いと言うより「石器時代の人」と言われそうですね、私も。cineramaロゴはともかく、カタカナの「シネラマ」は時代を感じますね。
ところで再三言いますけど「cinerama」は「american」のスペルを並び替えた(アナグラム)に過ぎないと言われますがマコトシヤカな話であって、公開当時は聞いた事がないです。噂とは恐ろしや。どう考えてもシネとラマの造語でしょうがな。
(前々回のお言葉、御礼が遅くなり申し訳ございません。手術は来月10日と5月14日です。しぶとい私、簡単には死にませんから、笑)

深夜便です。 (DCP)
2009-02-25 00:21:39
「トッドAO」は言わずと知れた後年リズの?番目の旦那になるマイケル・トッドとAmerican Opticalナントカと言う会社の発案による物です。
実はこんなデジタル全盛時代にAO社なんて今どうしているのかな、と心配していた矢先、去年観た映画の最後にエンド・ロールに社名が出るのです。もう、わぉーです。何だか数年振りに家族と再会したような嬉しさ!。
だから、だから、エンド・ロールは秘密の玉手箱なんだから立たないで欲しいのです。確かに長~いのありますね。ロスアンジェルス・チームだとか、エジプト・チームだとか、誰のスタント・マンは誰野誰平とかで長いのもあるけど。「ベンジャミン・バトン」ではあの「プラターズ」の名曲「マイ・プレーヤー」が瞬間流れますが、確認したくてもさっささっさ立たれて読めませんでした。邦画には余りない、『どの役を誰が演じた』と、丁寧に最近のアメリカ映画は表示されるのに、さっささっさでは困るんです。よーく読むと「マンマ・ミーア!」ではトム・ハンクスも製作者の一人です。同姓同名とも思えませんね。
同じオカネ出して観るなら最後までのがお得なのに、分かってない輩が多い(悲)。

DCPさんへ (アスカパパ)
2009-02-25 10:52:50
はははは、その通り、私は「恐竜百万年」の時代から生き抜いている人間です。(爆笑)
公開した化石のような画像もその時代の代物でして、我が家の家宝の一つです。(笑)
cineramaとamericanのお話は、私も存じております。DCP説を私も支持します。
エンド・ロールのお話、興味深く拝読しました。最近は、エンド・ロールの後で、急に画像が現れたりすることもあり、楽しみが増えました。私は、DCPさんほど英語力がありませんので、流れる音楽を聴く耳のほうに集中力が働くようです。
(しぶとさは力なり。私も可成りしぶとい方でして、15年前に克服しました。DCPさんも克服されることを信じています。)
深夜便2 (DCP)
2009-03-06 01:05:47
3D鑑賞に引き続き「イントゥ・ザ・ワイルド」を観てきました。昨秋の作品ですがメル友が観ろ、観ろとやかましいので、って人のせいにして(笑)。まあ、まともな真面目映画でした。キレの良いカメラの映像美は称賛します。この作品でもエンドロールでは「AO社」が出ますね。いやー、頑張ってるのですね。更に驚いたのがkodak、 technicolorではなく、Fujiのロゴでしたよ!。
DCPさんへ (アスカパパ)
2009-03-07 16:31:29
AO社は、正に不死身ですね。と言いましても、オールド・ファンの暗号の感もありますが、、。
Fujiの大奮闘も、愛国派(日本映画マニア)の私としましては、嬉しい限りです。

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