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にごりえ

2005-10-08 17:51:27 |  映画ナ行
 新五千円札でお馴染みの樋口一葉の原作三本をオムニパスで画く。全般の感想としては、明治時代の風俗が実に忠実に画かれて居り、この時代があって、現代が成り立っていることを痛感させられる。21世紀のいま観ても作品が全く色褪せていないのに驚く。
 今井正監督の格調高い演出、内容に融合した団伊久磨の音楽も印象深く、1953年キネマ旬報ベストテン第一位獲得も頷ける。

 第一話『十三夜』=望まれて嫁入りしたものの、格式の高い家に愛想を尽かし、せきが実家に戻って来る。薄暗い行燈の傍らで、我が娘を諭す両親の心情が心を打つ。縁側に見えるお月見のススキと団子が、私の少年時代でもその風習が続いていたことを思い起させ懐かしく写る。

 十三夜の寒そうな丸い月を背に、思い直して戻るせきを乗せた人力車の車夫は、密かに相思相愛の仲だった六之助であった。川面が月に映える柳の袂での情感零れる語り合いよ。顧みれば、この奥床しい恋の世相も私の青春時代まで続いていた。
 この時代の風習を美化するつもりは毛頭無いが、現代の恋模様の変貌には改めて驚かされるものがある。

 第二話『大つごもり』=大晦日のことを大つごもりと言った昔が懐かしい。下駄履き和服で襷がけの、おみね(久我美子)が、釣瓶で井戸水を汲んでいる。釜くどさんの下には、ご飯を炊く割木が格納されている。懐かしい風景だ。これらも私の子供時代の生活道具だった。

 みねと同じお手伝いさんだったおまつは、厳しくこき使うおかみさんに愛想を尽かして辞めた。幼くして両親と死別したみねは、奉公に出る前は貧しい叔父叔母の家で育てられた。従弟の三ちゃん(三之助)は、天秤を担ぎ蜆売りをして家計の手助けをしている。同じ年代の子は竹馬で遊んでいるというのに。

 病んでいる叔父は、みねに二円貸して欲しいと懇願する。貧富の差が激しかった明治時代を偲ばせる。おかみさんに頼んであるみねは「大丈夫」と叔父夫婦を安心させる。それなのに、大つごもりの日が来たというのに「嫁に出した長女のお産に行かねば」と、約束を違えるおかみだった。

 その裏で二十円を、二人の娘に「なおしとき」と無造作に渡し、煙管を噴かす神経の憎々しさ。羽根突きで遊びたい娘は、みねに「なおしてきて」と、その二十円を渡す。「この中から二円だけ欲しい」じっと見詰める久我美子の表情が真に迫る。

 三人の子連れ後妻と相性が悪く家を飛び出ている、みねの奉公先の若旦那、石の助が金の無心に戻ってきた。寝そべる若旦那が風邪を引かぬようにと、火鉢に炭を入れるみねであった。口を尖らせて火を起す動作に、みねの優しい心根が発露する。

 台所に戻って、鯑や田作の調理に精を出しているみねの許に、三ちゃんが来る。二円を渡すみねの手が震えているみたい。「男の子が出来た」と喜び勇んで帰ってきた後妻が「お歳暮」と、石の助に五十円を渡す。その顔には「家の跡取りが出来た」と書いてある。

 目的を果たした石の助は戻っていった。主人とお金の計算をする後妻が「あの二十円を持ってこい」とみねに言いつける。観ている者もハラハラする一瞬だ。みねはおずおずと「あのー」と言いかける。その時、発見した紙切れに吃驚するおかみだった。
 「この引き出しの中のお金も貰って帰る。石の助」。表の門松に雪が積もっていた。20歳代の若さ夭逝した一葉の文才が偲ばれる。

 第三話(にごりえ)=三味線流しが飲屋街を流している。菊の井の売れっ子おりき(淡島千景)は、しつこく付き纏うげんさん(宮口精二)が五月蝿くて仕方がない。ええとこの旦那(山村聰)に目がないからだ。

 夜になり雨戸を閉め「今夜は帰さない」と迫る淡島千景が発散する色香は艶っぽい。自分の過去を語りたがらないおりきは、量り売りのおからを道に零して泣いた子供時代を思い出す。

 げんさんの妻(杉村春子)の息子は、そんな彼女を「鬼姉ちゃん」と呼んでいる。母親から父の心を奪ったのが憎い。耐え難きを堪え抜いてきた母は子を連れ家を出る。この時の杉村春子の、真に迫る迫真の演技は観ている者の胸を打つ。おりきと、げんさんの最後の姿が痛ましい。
(2004年12月30日 記)

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