アスカ・スタジオ

2011/9/1以降の映画記事は「八十路STUDIO」=(同一人管理blog)とリンクしました。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

硫黄島の砂

2010-12-04 09:49:32 |  映画(イ~ウ)

 先月7日、当該地区戦没者慰霊祭に参列した。トップ画像はその際に紹介された、国の礎となられたあなた方を忘れません。と、コンサートを開く現代青年の姿。太平洋戦争を全く知らぬ世代だというのに、、。彼等の想いと行動に、私は恥ずかしくなった。
 70年の歳月を隔てた若者と若者の心と魂が、がっちりと組合い、噛み合っているようだった。「あなた方のお陰で、今私たちは居る」と歌っているように思えた。
 私がもし、リアルタイムで当時を知っていなかったとしたら、果たしてこの若人のように当時を理解し得たかと…。そのようなことも手伝って、この映画も意識して今迄観ることはなかった。

 足かけ70年目を迎える12月8日も後4日に迫る。と、いった事も手伝い、観た結果は「パール・ハーバー」ほど酷くはないにしても、一日本人の私としては、やはり「硫黄島からの手紙」とは180度好対照の映画であった。
 米軍も日本軍も、お互いに、自国の為、命を賭して闘ったのである。勝敗は時の運。勝っても負けても戦は罪悪。勝者は敗者に何らかの人間としての、人間的な心が無ければならぬ。この映画には、それは最後まで見られなかった。
 もう一つ、この映画で感じたことは、現在では死語と化している“銃後”の差。「欲しがりません勝つまでは」と、歯を食いしばって、朝昼晩、三食とも、芋蔓や麦混じりの粥で踏ん張った私たちに比べ、何と米国の豊かな生活!。

 日本が太平洋戦争に敗れた翌年に作られたアメリカ映画「我等の生涯の最良の年」を観た当時、米兵が復員土産に日本兵の遺品を息子に渡すショットに怒りを覚えた。
 その一方で、原爆否定の言葉を発する米兵も居て、心の傷跡を幾分かは流してくれた。この映画は、そういう配慮は一欠片もない。
 この映画の後も幾つかの作品に観られる硫黄島頂上に星条旗を建てるショットで著名な本作品は正に、勝利した米国民のための映画といえる。
 一方、破れし日本国民には、今や死語となった“銃後”という言葉が空しく消え去り、これまた死後と化した“復員”が、数年続いた。

 

 [私の評価]凡作。
 1949年(52公開).米(リパブリック)[監督]アラン・ドワン[撮影]レジー・ラニング[音楽]ヴィクター・ヤング[主な出演者]ジョン・ウェイン。ジョン・エイガー。アデール・メイラ。フォレスト・タッカー。ジェームズ・ブニウン。ジュリー・ビショップ[原題]SANDS OF IWO JIMA[上映時間]1時間49分。


コメント   この記事についてブログを書く
« パール・ハーバー | トップ | 裸者と死者 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。