アスカ・スタジオ

2011/9/1以降の映画記事は「八十路STUDIO」=(同一人管理blog)とリンクしました。

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RAILWAYS

2011-08-25 09:00:35 |  映画ラ・ワ行

 、“49歳で電車の運転士になった男の物語”というサブ・タイトル通りの内容である。
 「自分の本当の夢をやりたい」という想いは誰にもあると思う。大手会社の管理職、筒井肇の考えも一応は分かる。
 その反面において率直なところ、「いくら子供の頃の夢だったとはいえ、大企業の要職を捨ててまで果たして実践し得るものだろうか?」と思う。
 多くの人は、子供の時の夢とは違う職業に就いている場合が多いのではないだろうか?。元野球選手のエピソードなどは其の一例であろう。学校の先生になりたかった私も、事志と違った道を辿った。

 筒井肇は偉いと思う。でもこの映画は、その転職の動機に真の納得性があるか?。と考えると、一抹の疑問符を付けたくもなる。本当に納得させる説得力があれば、更なる感動があったと思う。が、それ程でもなかったからだ。

 

 それはさておき、清々しく爽やかで後味も佳い作品ではあった。病巣から電車に母が手を振るシーンを以てその典型とする。夕日の撮影が美しい。音楽もRAILWAYSを走る電車のように快い。
 その反面、筋が読める。善人ばかりの映画。多少甘い。ちょっと軽い感じ。結末まで人々の説明しなくてもいい。ラスト近くが長~い。などの反作用も垣間見られた。

 底は多少浅い。けれども、素敵な台詞の宝庫のような映画でもあった。次にその一例を挙げておきたい。
 「ゆっくりでいい。前に進んで居れば」。
 「失ってから気付くものが一杯在る」。「後から気が付いても遅いぞ」。

 「いいなあ、好きな仕事が出来るなんて」。
 「毎日同じレールを走っている」~「だけど一日だって同じ日はない」。
 「夢が叶った」。「みんなで電車を走らせる」
等々。
 そんな中で、「人には必ず別れが来る」という台詞には、思わずジーンと来てしまった私であった。

 [私の評価]佳作。
 2010年(2011/8/10TV録画観賞=初見).日(松竹)[監督]錦織良成[撮影]柳田裕男[音楽]吉村龍太[主な出演者]中井貴一。高島礼子。本仮屋ユイカ。橋爪功。宮崎美子。奈良岡朋子。大沢悟郎[上映時間]2時間10分。

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わが愛

2011-07-07 15:58:50 |  映画ラ・ワ行

 雨の七夕である。玄関前の花が濡れた舗道に首を伸ばしている。今夜の無情の雨には年一度の逢瀬を楽しむ織女と牽牛もさぞかし残念なことだろう。こんな逢瀬も人間にとっては片方死せば夢と散り果てる。
 他界した新津礼作の眉は、通夜で別れを告げる水島きよの目前で一瞬動いた。「まさか」と思う。無論そんなカツトも無い。しかしこれぞ井上靖文学の横顔かもしれない。

 背景は中国地方の山地。青春18切符で旅した事もある懐かしい地だ。鄙びた地でもある此の山村で、おばさん達の冷ややかな視線にも耐えつつ、ひたすらに、ただひたすらに彼を愛した水島きよ。
 礼作の鉛筆を不器用に小刀で削る1カットが、彼に尽くした戦後の三年間を凝縮しているかのようだった。
 だからこそ「秋津温泉」を思い起こさせるような山道で、妻や子の許へ立つ礼作の前に立ちはだかるきよに、思わずシンクロしてしまう。
 「タイタニック」のケイト・ウィンスレットは、有馬稲子のこのポーズを意識したかも?。まさか。

 

 こんな彼女の日常に、次第に打ち解けてくるおばさん達。浦辺粂子を筆頭に、その描写は丁寧。これぞ五所平之助監督の世界だ。
 一方で、何の罪もない礼作の妻子に哀れを感じる。一言多くなるけれども、不倫側を美化する様な作品が目立つが、貞淑な妻側の視線で描く作品も在っても良いのではないだろうか。
 てな考えが一瞬浮かんで消えた時、礼作の眉の謎を悟ったきよが居た。

 被災から復興へ。仙台七夕祭りの成功を祈りたい。
 今宵は星無き美空に向かって“たなばたさま”を合唱しよう。

 

 [私の評価]佳作。
 1960年(2011/7/6TV録画観賞=初見).日(松竹)[監督]五所平之助[撮影]竹野治夫[音楽]芥川也寸志[主な出演者★=好演☆=印象]★有馬稲子。佐分利信。丹阿弥谷津子。乙羽信子。東山千栄子。☆左卜全。☆浦辺粂子[上映時間]1時間37分。

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若き日のリンカン

2011-07-05 17:58:16 |  映画ラ・ワ行

 終戦翌年に映画館で「エイブ・リンカーン」を観たが、この映画は知らなかった。
 アンとの淡い恋や、絢爛たるダンスパーティなどのエピソードを絡めつつ、群衆心理の恐ろしさや、それに敢然と立ち向かうリンカーンの横顔を覗かせながら、一気に殺人事件の裁判場面に殺到していく迫真パワーは、ジョン・フォードならではと思わせる。

 最後の逆転劇は、並みのサスペンスを超えるものあり。強いて言えば完全に納得出来ぬかもしれぬが、サスペンス映画ではないのだからそれで良しだ。
 寧ろ、この作品の骨格を為す母と二人の息子の愛情。それに切々たる兄弟愛が、感情のみに陥ることなく、論理面も加味したような雰囲気をも醸す。実に秀逸といえよう。

 「法律は詳しくないが、善悪の区別はついている」と嘯く青年弁護士。ヘンリー・フォンダの心意気や佳しである。
 全編を覆うアルフレッド・ニューマンの心地よい音楽が、♪ハレルヤ~で高揚し、この薫り高く勇ましい映画を閉める。

 [私の評価]優れた作品です。
 1939年(51公開)(2011/7/5TV録画観賞=初見).米(20世紀FOX)[監督]ジョン・フォード[撮影]バート・グレノン[音楽]アルフレッド・ニューマン[主な出演者★=好演]★ヘンリー・フォンダ。ワード・ポンド。アリス・ブラディ。ドナルド・ミーク[原題]YOUNG MR. LINCOLN[上映時間]1時間40分。

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ラ・マルセイエーズ

2011-06-25 10:55:03 |  映画ラ・ワ行

 フランス映画界の四大巨匠という言葉をよく聞く。主として1930年代に活躍したそれら4人の監督を、それぞれの代表作から個性見立て遊びをしてした。

①ルネ・クレール監督は“巴里派”だろう。「巴里の屋根の下」や「巴里祭」で。
②シ゛ャック・フェデー監督は“女性派”か。「女だけの都」や「外人部隊」で。
③シ゛ュリアン・テ゛ュヴィヴィエ監督は“人生派”に見立てた。「にんじん」から「旅路の果て」まで、多くの老若男女の人生が詰まっている。
④そして此の映画のシ゛ャン・ルノワール監督は“愛国派”ではなかろうか。他にも「大いなる幻影」や「自由への闘い」がある。

 それにしても1938年に撮られたこの作品が、56年後の1994年日本公開というのは如何なる訳か?。この事は、「大いなる幻影」(37)の12年後公開や、「自由への闘い」(43)に至っては未公開だった事を思い合わせると、共通した疑問として残りそう。
閑話休題。
 この映画は彼の有名なフランス国家誕生の一端に焦点を当てる。“♪銃を取れ~隊列を組め~汚れた血で田畑を潤せ~”何度も何度も登場する‘ラ・マルセイエーズ’の旋律。私は好きだ。

 フランス史上に記念すべき日、1789年7月14日に始まった話は、1790年6月のプロバンス地方にフラッシュ・バックする。作物を荒らす鳩を処置しただけで罪に問われる農民。私事ながら菜園を荒らす烏に最近悩まされているだけに、同情の念が湧くことしきり。
 逃亡した農民が山で出逢うのが、実質上この映画の主役とも云うべきボーミエとアルノー。
 そう、ビリングこそ、
①ルイ16世のピエールメルノワール。
②マリー・アントワネットのリーズ・ドラマール。
③ラスト近くでカメオ出演のルイ・ジューヴェだが、

 実質の主役は自らマルセイユ人と称する彼等だ。おかっぱのような頭髪が印象的。「司教は軍隊で云えば伍長」と云うパジエ司教も登場。「兵隊の位で云えば…」で有名な山下清を一瞬思い出す。
 それにしてもユニークな字幕だった。けど、笠原隆さん、ジジエオ城のワンカットで「本を正せば貴族のせいだ」には吃驚しました。明らかに「本→元」ですよね。いゃ~些細なことについ口が滑りました。一言多くて申し訳ありません。

 1790年10月のマルセイユに変わった舞台は、やがて1792年へ…。
 借金しているために義勇軍へ参加出来ないボーミエ。「あなたは当主。何をしてもいい。当家の葡萄畑を売りなさい」と言い放つ母親が強く印象に残る。
 義勇軍の中には画家も登場。「ジャン・ルノワールの化身ではないか?」とも思ったりした。

 パリへ向かう義勇軍の長蛇の列。「20日歩いた。50年以上に思える」と呟く一人にリアル感漂う。このあたりのシークェンスは、何度も響くラ・マルセイエーズの歌声で満タン!。
 いろいろあって…、「立法議会のみが守れる!」と、ルイ・ジューヴェが獅子吠えして、王制フランスは民主国に生まれ変わる。

 「パリ20区、僕たちのクラス」(2008年)に垣間見るフランスに時は流れている。
 が、ジャン・ルノワール監督の愛国心は今も脈々と受け継がれていることだろう。これは“ナチス・ドイツを前にして、フランス国民の決起を期して、仏労働総同盟と一般の募金で作られた映画でもあるが故に。

 それにしても「トマトは愛のリンゴ」は名台詞だった。

 [私の評価]可成りの意欲ある佳作。
 1938年(94公開)(2011/6/24DVD観賞=初見).仏[監督]ジャン・ルノワール[撮影]ジャン=セルジュ・ブルゴワン/アラン・ドゥアリヌー[音楽]ジョセフ・コズマ[主な出演者]ピエールメルノワール。リーズ・ドラマール。ルイ・ジューヴェ。エドモン・アーディソン。アンドレックス。[原題]LA MARSEILLAISE[上映時間]2時間12分。

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わたし出すわ

2011-06-18 09:35:44 |  映画ラ・ワ行

 出すものはお金だった。「どうして摩耶はそんなにお金を持っているの?」サキの疑問は私の疑問でもあった。然し乍ら、この映画でそんな野暮な事を考えるのはナンセンス。それは分かっている。
 恐らく、お金だけが人生か。お金にその執着する人間は…。といったような事がテーマではないだろうか?。

 故郷を捨てて上京した摩耶は、志を果たしたのであろうか?北海道に帰郷する。序でなからその風景がローカル色豊か。市電は函館?、池は大沼公園?、山は羊蹄山だろうか?。一度行っただけの地ゆえ何とも言えぬが。

 山吹摩耶、その奇抜な行動の始まりは引っ越し業者へのチップだった。中身の10万円に驚く二人の男。摩耶は平然と応える。「それでいい思い出を作って」。

 

 その後次々と、運転手、ランナー、養魚試験場職員、箱庭協会役員。等々。お金を与え続ける摩耶。扮する小雪はそんな役柄に合っている。

 どことなくファンタスティックで、ニヒルな匂いがするのは、「家族ゲーム」「海猫」「間宮兄弟」で慣らした森田芳光監督特有の作風によるものか。秀作「阿修羅のごとく」を見ればそうだとも言い切れぬか?。

 [私の評価]森田作品の中では凡作の部類に入るといえばお叱りを受けるか?。
 2009年(2011/6/16TV録画観賞=初見).日[監督]森田芳光[撮影]沖村志宏[音楽]大島ミチル[主な出演者☆=印象]☆小雪。黒谷友香。井坂俊哉。山中崇。小澤征悦。小池栄子。ピエール瀧。仲村トオル[上映時間]1時間50分。

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我等の仲間

2011-05-13 18:04:37 |  映画ラ・ワ行

 既公開版と日本未公開版の2本を続け様に観賞した。後者は初見だった。前半の大部分は共通の描写である。ボロ靴がピカピカの新品に変わる冒頭部分、足の部分だけにカメラを向けた撮影が粋だ。
 ところが終わり方が大きく異なるのに驚く。比較してみて、どちらも悪くはないが、強いてどちらを採るかと言われたら、やはり公開版のほうが自然な気がする。両版の相違は若干あるが、最も大きな相違はラスト近く、ジャン・ギャバンが採った行動だろう。
 行動そのものは前者が悪い。だけど映画作品として見た場合は、前者のような描き方の方が佳いと思った。人によって受け止め方に違いはあろう。後者のような描き方も決して悪くないと思う。

 個人的には、兄の代わりに柱時計を開店祝いに贈るタンタンの弟を見て懐かしさが込み上げて来た。「にんじん」の主演者ロベール・リナンだったから。1930年代のフランス映画は正に[映画の古典]だといえば過言だろうか?。
 1931年=「巴里の屋根の下」。32年=「巴里祭」「自由を我等に」「にんじん」。34年=「商船テナシティー」。35年=「外人部隊」「地の果てを行く」「女だけの都」と続いて、36年にこの「我等の仲間」がお目見えする。

 仲良し仲間が宝籤の賞金で家を建てる話である。家を建てる映画は割合目につく。思い出すままに「野のユリ」「海辺の家」「屋根」「みんなの家」等々。総体的に暗い映画が多く目につく。
 が、この映画は前半は明るい。最大の見所は、川辺の風景。モノクロ画面に咲く花々の美しいこと。舟遊びに歌と踊り。自然に溶け込む人々の楽しさが発散している。「大鋸屑やペンキの匂いは春の匂い」の台詞が代表する。尤も最大の台詞は「タガダ」であるが。これこそ此の作品のテーマではなかろうか。

 ある日襲ってきた嵐から急転する様々の事物。人生を感じる。人生にも嵐が襲う。一人、そしてまた一人。脱落する友。去っていく友。この寂しさを救うモノ、それはこの映画に三度ほど登場する台詞「タガダ」しか無い。
 感謝を表す言葉という。何処の国の言葉か忘れた。3日前に聞いた言葉というのに。約2ヶ月前に起こった公私に亘る事は一生忘れないのに。最近は2~3日前の事さえよく忘れる。老化は哀しい事である。

 [私の評価]優れた作品です。
 1936年(37公開)(2011/5/10DVD観賞=未公開版=初見)仏[監督]ジュリアン・デュヴィヴィエ[撮影]ジュール・クリュージェ[音楽]モーリス・ジョーベール/モーリス・イヴェン[主な出演者]ジャン・ギャバン。シャルル・ヴァネル。ヴィヴィアン・ロマンス。レイモン・エイムス[原題]LA BELL EQUIPE[上映時間]1時間34分。
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 テッセンが老化してきて、一重の芍薬が咲き始めた。
 

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裸者と死者

2010-12-08 18:21:01 |  映画ラ・ワ行

 今日は12月8日。69年前のこの日を思い出す人は少なく成りつつある。この映画は「パール・ハーバー」「硫黄島の砂」と共に、私の未見の戦争映画3部作だった。
 米軍の野戦本部に屡々フィリピンの地図が現れる。レイテ島付近が戦場と予想する。当時の私の日記を開く。その付近の戦闘状況を記していた(トップ画像)。

 

 この映画は2本柱を骨格にして描いている。その一つは、日本兵捕虜を真っ裸にして機銃捜査を企てる鬼曹長クロフトを中心とする残虐性。もう一つは、カミングス将軍と、副官に起用した友の息子ハーン少尉との葛藤軋轢である。
 思想は、「パール・ハーバー」「硫黄島の砂」と五十歩百歩だが、上述した2本柱が組み合って、作品としては可成り纏まっている。
 あぁ、やっと我、未見戦争映画3部作を克服す。

 [私の評価]中の中。
 1958年.米(RKO)[監督]ラオール・ウォルシュ[撮影]ジョセフ・ラシェル[音楽]バーナード・ハーマン[主な出演者]アルド・レイ。クリフ・ロバートソン。レイモンド・マッセイ。バーバラ・ニコルズ[原題]THE NAKED AND THE DEAD[上映時間]2時間11分。

×××××××××××××××
【追記】
 私事ながら私の分身ともいうべき命の灯を必死に支える毎日である。が、自分一人で支えられないのは明白たる事実。助力して頂く方々に感謝の誠を捧げる毎日である。
 翻るに、戦の庭で散華された尊い命の如何に軽く扱われたことか。現在の平和の有り難さを痛感すると共に、湧くは感謝の念。
 今の平和有るは、戦の庭に散華された多くの尊い命の礎ありてこそ。

 米国側から見た映画3本を振り返った今、日本側から見た映画「日本のいちばん長い日」(1967年)のラストを思い出す。

 “兵士として参加した日本人1000万人(日本男子の1/4)”
 “戦死者200万人”
 “一般国民の死者100万人”
 “合計300万人。5所帯に1人の割合で肉親を失う”
 “家を焼かれ財産を失った者1500万人”
 の字幕を残された岡本喜八監督が、「同窓生の半分を戦争で亡くし「戦争映画を作ろう」と決意された熱き想いに敬意の念が湧く。

 同時に、敵味方を問わず、日米両軍兵士の御霊に合掌。
 2010年12月8日。日米開戦の日に。

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Love Letter

2010-11-27 17:16:57 |  映画ラ・ワ行
 神戸と小樽。現在と過去。同姓同名の男女。時空を超えて、複雑に交錯するラブ・ロマンスである。
 私の心も物語同様に、辛口と甘口が複雑に揺れ動く。(以下、男性の樹を樹。女性の樹をイツキと称する)
【辛口評】
①「ちょっと話が出来過ぎじゃない?」(一例)イツキが樹の遭難を知った夜、高熱を出す。それが父の過去と酷似している。それと同じ頃、博子が樹が遭難した山に向かい号泣する。
②「甘いね」(一例)図書カードの裏に描かれていた、樹が描いたイツキの似顔絵。ま、青春ロマンス映画だから当然ではあるが。
【甘口評】
①「ファンタスティック!」(一例)来る筈の無い手紙が届く。「ワクワクして来るね~」
②「素敵なプラトニック・ラブ・ストーリー!」(一例)博子が小樽を発つ日、街角でイツキと擦れ違うシーン。
といったところ。

 

 要は、辛口、甘口、どちらのバージョンを採るかだろう。
 真綿のような小樽の雪が、物語に、ものの見事に溶け込んで、「みんな忘れちゃうのね。死んだ人のこと」という台詞が、ずっしり重たく響いた私は、後者の比重が多く木霊して来た。

 [私の評価]秀作です。
 1995年.日()[監督]岩井俊二[撮影]篠田昇[音楽]REMEDIOS[主な出演者]中山美穂(二役)。豊川悦司。酒井美紀。柏原崇。加賀まりこ。篠原勝之[上映時間]1時間57分。
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若き美と力

2010-11-26 15:49:04 |  映画ラ・ワ行
 いま、広州で繰り広げられている第16回アジア競技大会。日本選手健闘のニュースを見ていて、第3回アジア大会の記録映画を観たことを思い出した。当時の鑑賞ノートを捲っていると有った。以下、トップ画像のまるごとコピー
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 アジア・オリンピックの記録映画である。先ず何よりも雄大。感動的なのは入場式の壮大な場面である。何の大会でも同じであるが、はるばる遠い地より、参加する事を目的に一堂に会する。その瞬間の感激は文句なしに人々の胸を打つ。
 人間の魂と魂の触れ合う神の如き一瞬である。僅か四人のネパール団の行進…。これに焦点を絞ったカメラ・アイの良さは、閉会式の別れと共に、優れたものである。
 競技場面も簡潔明瞭に描いて手際よい。しかし、もう一つ迫真力に欠け、ダイジェスト的な感も無きにしも無い。一萬米の力走だけは迫力のあるものであった。此の映画の長所は一に、人間の心を清める清潔さと健康美にある。(以上)
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 昭和天皇開会宣言のあと、アジア20カ国から集った1400人強の選手によって、東京国立競技場で17種目の熱闘が繰り広げられた。
 この感想記には書き漏らしているが、選手村の交歓風景が平和的で、微笑ましかった。
 昨今の殺伐にして陰険なアジア情勢を見るにつけ、スポーツによる平和への貢献を見直したい。

 [私の評価]映画としては、中の中。
 1958年.日(記録映画)[製作]堀場伸世[撮影]日映撮影部[音楽]服部正[上映時間]1時間21分。
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 アジア大会も東京大会から広州大会まで、半世紀を超えた。
 今日、通院の帰途、興福寺に立ち寄る。その昔、弘法大師が植えられた“花の松”跡の石碑(写真=2010年11月26日撮影)に佇む。

 

 花の松は、枯れた後、1937年に再度植えられた。(下の写真)

 

 だが、再度枯れた。こちらの方も、それから半世紀以上経っているのではないだろうか?。今は、上の写真のような石碑に替わっている。もう三度目の植樹はないだろうなぁ。
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ララミーから来た男

2010-11-22 17:14:54 |  映画ラ・ワ行
 ララミーという固有名詞を聞くと、1960年代の連続TVドラマ「ララミー牧場」を思い出す。この映画の主人公も題名通り、ララミーから来る。
 閑話休題。
 今「ゲゲゲの女房」が公開されている。TV放映迄待つ予定だ。昔から連続TVドラマの映画化は多い。が、「夢千代日記」(85)や「あ・うん」(89)の例を出す迄もなく、映画がテレビを凌いだ例は知らないからだ。
 「あ・うん」でも、高倉健を以てしても、杉浦直樹とフランキー堺の"阿吽の呼吸"には及ばなかったもの。
 「龍馬伝」も来週で終わる。密度豊かに描ける連続ものに対し、限られた時間内で表現せねばならぬ映画は大変。

 この映画もそんな雰囲気。オープニングは、幌馬車が失踪する毎度のシーン。続いて殺略の跡。塩田の大地。実弟の復讐を計る主人公の登場。と、的履きと進行する。
 頼りにする部下と、実子の狭間で悩む老牧場主。結果は息子が可愛い親の情が勝る。自分の牧場を懸命に守る老女と共に印象に残る。

 

 やがて浮かび上がる仇。険しい崖上での復讐劇。と、見せ場もあるが難点も残る。
 主人公と、仇の恋人の別れ等は、もう一つじっくり来ない。
 

 アンソニー・マン監督と、ジェームズ・スチュワートのコンビ作品は数本或る。
 「怒りの河」(51)も同じ西部劇だが、眼には見えぬ人間葛藤の描写は必ずしも充分とは言い兼ねた。
 思い出したが、このコンビに、ジューン・アリスンが加わった作品が2本或る。「グレン・ミラー物語」(53)と、「戦略空軍命令」(55)。
 前者は、最高傑作とも云える大ホームランだった。後者は、同年8月19日にSY京映で観ている。
 “グレンミラーコンビのあの冴えは再現ならず。米国空軍最新鋭機が続々登場、ヴィスタヴィジョンの綺麗な画面に飛ぶのを見物と言うだけ。大空の美しさのみ。飛行機のみ”と書いていた。

 畳や襖や障子の張り替えの季節。最近は洋間主流になり、昔ほどの忙しさは無い。映画界でも、すっかり影を潜めて終った西部劇に、昔の西部劇ファンは、一脈の侘びしさを感じる。

 [私の評価]中の中。
 1955年.米(コロンビア)[監督]アンソニー・マン[撮影]チャールズ・ラング・Jr[音楽]ジョージ・ダニング/モリス・W・ストロフ[主な出演者]ジェームズ・スチュアート。アーサー・ケネディ。ドナルド・クリスプ。キャシー・オドネル。アレックス・ニコル。アリーン・マクマホン[原題]THE MAN FROM LARAMIE[上映時間]1時間37分。
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わが恋の旅路

2010-10-18 09:19:33 |  映画ラ・ワ行
 もう一つ伝わるものが少ない映画である。主人公は有閑夫人と不倫中だった石橋潔。今度は喫茶店で働く千江に惚れる。彼女の父の入院費用を有閑夫人に借金する。「女性道楽ばかりしないで、もっと働け」と言いたくなる。

 

 彼の出張中に、千江は木村泰一という道楽息子と結婚して終う。千江の心理も推し量り兼ねる。今度は交通事故で千江が記憶喪失に。といった具合。
 これ以上のネタバレは避けるが、予想通りの結果に終わった。底が浅いというか、臨場感の片鱗も感じなかった。同じ篠田正浩監督作品の「瀬戸内少年野球団」とは雲泥の差。

 [私の評価]全くの凡作。
 1961年.日[監督]篠田正浩[撮影]小杉正雄[音楽]山本直純[主な出演者]川津祐介。岩下志麻。月丘夢路。渡辺文雄。山村聡。三井弘次[原作]曽野綾子[脚色]寺山修司/篠田正浩[上映時間]1時間32分。
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リトル・モー

2010-09-08 12:11:49 |  映画ラ・ワ行
 最後は悲劇、でも不思議にからっと明るい。見習えこの種の題材では暗いのが多い日本映画。とは、当時、この映画を観た時の感想メモである。
 ふと思い出したこの映画。今もそのことが脳裏を駈け巡っている。ハリー・ウルフの撮影が、主人公が少女期を過ごした梅雨の無いサンディエゴのように、カラッとしているのも影響している。「刑事コロンボ」の初期作品を担当した腕が冴えているようでもある。
 軽快なリズムとメロディーを運ぶビリー・メイの音楽も、青春を謳歌して余り有る。

 だが根本は、34歳にしてこの世を去ったモーリン・コノリーが侵された癌を、いとも簡単にサラッと流したダニエル・ホラーの名演出にある。
 人生は出会いに始まり、別れで終わる。その間の生き様が、その人の価値を決する。
 モーリンの師ティーチの心境でこの映画を眺める今の私にとって、彼女との決別、そして和解が激しく胸を揺する。

 

 これは、馬術のノーマン選手との間に2児を設け、交通事故や病魔と闘い続けた実在の人物の物語である。
 彼女がグランド・スラムに輝いた翌年も連覇したウィンブルドン。其処に刻まれた自分の名前を凝視するモーリン・コノリー(グリニス・オコナー)の横顔が、今も脳裏のスクリーンに脈動する。
 やはり青春は、精神と肉体共に共存している時が最も輝かしい。それにしても、薫り高く勇ましい彼女の生涯だった。そしてそれは太く短い生涯だった。嗚呼。

 [私の評価]可成りの意欲ある佳作。
 1978年(79公開).米[監督]ダニエル・ホラー[撮影]ハリー・ウルフ[音楽]ビリー・メイ[主な出演者]グリニス・オコナー。マイケル・ラーンド。マーク・ハーモン[原題]LITTLE MO[上映時間]2時間19分。
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ワーテルロー

2010-06-26 07:42:21 |  映画ラ・ワ行
 イタリアとロシアの合作で、コロンビア配給という珍しい組み合わせだ。なるほど、監督は、ロシアの人。音楽は、ニーノ・ロータ。ナポレオン(ロッド・スタイガー)や、オーソン・ウェルズ等、出演者に米国人が名を連ねる。
 蝋燭が燃え尽きんとする一瞬、その光は煌々と輝く。「私が最も忌み嫌うのは忘恩である」と言い残し、エルバ島に流されたナポレオンは、捲土重来、ワーテルローに最後の一戦を挑む。「忠誠とは最も重要な言葉である」と言い放って。

 

 「あれがヨーロッパ最大の盗賊か」と迎え撃つは、英国のウェリントン将軍。自慢の白馬に乗り悠々と最前線に現れるナポレオン。部下の「今、撃つチャンスです」との換言に、「司令官同士がすることではない」と拒む。
 このライバルを中心に、史上名高いワーテルローの戦いを、丹念に画くこの映画は、まるで、長屏風に描かれた一大絵巻を見るようである。差詰め日本で言えば、武田信玄と上杉謙信が覇を争った川中島の戦いを想起した。

 歴史通りに終わる結末シーンはリアリティに富む。一瞬高く悲しく嘶いて臥す軍馬が哀れ。「何故戦う?。敗者の次に、勝者も哀れ」ウェリントン将軍の呟きこそ、この映画のテーマであろう。
 重厚さは光るものの、オーソドックスで、ダイジェスト的な描写の域を一歩も出ていないのが不満。要するに、面白さは有しているが、感動性に乏しいのである。

 [私の評価]中の中。
 1969年(70公開).伊/露(コロンビア)[監督]セルゲイ・ボンダルチュク[撮影]アルマンド・ナンヌッツィ[音楽]ニーノ・ロータ[主な出演者]ロッド・スタイガー。クリストファー・プラマー。オーソン・ウェルズ。ダン・オハーリー。ヴァージニア・マッケナ[原題]WATERLOO[上映時間]2時間13分。

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ラ・ジュテ

2010-06-08 14:49:02 |  映画ラ・ワ行
 不思議なSFである。30分足らずの短編だが、この異様なインパクトは一体何処から来るのか。ストップ・モーションというのか。今の朝ドラ「ゲゲゲの女房」にも出てきたが、あの紙芝居は静止画。それを早送りにしたような画面が続く。不安な中に祈りを込めたようなコーラス音楽のもとで。

 
 原題を仏和辞典で紐どいたら‘突堤’とか、‘防波堤’とあった。けれとせもそんなものはこの映画に出て来ない。でも、似たショットはあった。冒頭に出てくる第3次世界大戦前のオルリ空港送迎台だ。

 其処で或る女性を心に刻みつけた少年が居た。
 

 続く廃墟と化したパリ風景は、第3次大戦が終わった事を知らしめる。
 

 其処には、時間旅行を模索する科学者が居た。その実験台に使われた男こそ、冒頭の少年だった…。というSFだが、論理的にどうこう考えると錯乱しそう。私には難解の部類に属する。ハイ・レベル作品かもしれないけど、いとも不可思議な映画だ。一向に面白くない映画でもある。

 [私の評価]中の上。
 1962年.仏[監督]クリス・マルケル[撮影]ジャン・チアボー[音楽]トレヴァー・ダンカン[主な出演者]ダヴォス・ハニッヒ。エレーヌ・シャトラン[原題]LA JETEE[上映時間]29分。

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歴史は夜作られる(2回目)

2010-06-05 09:30:53 |  映画ラ・ワ行
 それ程ハイ・レベルの映画とは思わないけど、妙に印象深い映画がある。その大抵の場合、ちょっと大袈裟だが、後世に語り継がれるような名画面を宿している場合が多い。
 そういえば、名画と呼ばれる作品には必ず名場面がある。と書いた今、浮かんできた順に2~3述べれば『カサブランカ』の「君の瞳に乾杯」。『風と共に去りぬ』の「ターラへ行こう」。『ローマの休日』の「ローマです。何と言ってもローマです」等々。目白押しに、心のスクリーンに写し出される。

 この映画では、大西洋上の豪華客船内で、アイリーンが脱げた靴を持ちながらタンゴを踊るシーンが、それに該当する。
 若い頃、多少は社交ダンスを親しんだ私は、タンゴのリズムが好きだ。あの華麗なアルゼンチン・タンゴの旋律と、力強い二拍子のリズムに乗って‘♪ラ・クンパルシータ’のステップを踏むアイリーン。
 扮するは、ジーン・アーサー。その姿は、靴を脱いで伯爵にキスするマリアを演じたエヴァ・ガードナーに重なる。
 後者の作品名は「裸足の伯爵夫人」(55)。「歴史は夜作られる」は、その17年前に作られている。裸足にかけては、こちらの方が先駆者だった。

 この映画。前半は、一見華麗な恋愛ドラマである。パリ、NY間を、いったい何度、人々が往来したことだろう。マリアの危機を救ったポールとの間に芽生えた恋は、ニューヨークとパリの間を往来する。
 米国海運界のボス、ヴェイルは、美人の妻、アイリーンを愛していた。だがアイリーンはヴェイルの常軌を逸した愛と嫉妬を嫌う。
 英国で離婚訴訟し、勝訴する。米国で訴訟しなかった訳は、大凡推察出来るが、英国の法律は、6ヵ月以内に原告に不謹慎行為があれば、離婚は無効となった。アイリーンは、効力発生まで過ごす土地パリに赴く。

 ヴェイルは、運転手を利用し、無効の画策を計る。危機一髪の時、男が現れる。強盗を装ったポールだった。彼は、運転手を打倒、ヴェイルを閉じ込め、アイリーンを連れ去る。
 偶然、この事件を垣間見たポール、咄嗟の救助は、アイリーンとの間に愛を育む。
 一方、運転手を殺したヴェイルは、その罪をポールにと画策。但しアイリーンが戻れば、ポールに罪は着せぬと…。あくまで卑怯な男であった。

 

 ポールを救うため、アイリーンはパリを去る。その後も、ポールがNYへ来るなど、「君の名は」に似たような出来事などもあって、後半は、正に『タイタニック』の再来となる。
 再びパリへ逃れる二人が乗った豪華客船。船長に、全速航海を命じる、ヴェイル。これだけ嫉妬に狂う男って居るのかなぁ?。裏を返せば、それだけアイリーンを愛していたのか?。
 迫り来る氷山…。沈み行く甲板で、演奏を続ける楽士等…。
 呆気ない結果で話は終結する。歴史は呆気なく作られる。
 少々甘いが、娯楽性は充分な映画だ。

 [私の評価]準佳作。
 1937年.米(UA)[監督]フランク・ボーゼージ[撮影]グレッグ・トーランド[音楽]アルフレッド・ニューマン[主な出演者]シャルル・ボワイエ。ジーン・アーサー。コリン・クライヴ[原題]HISTORY IS MADE AT NIGHT[上映時間]1時間37分。

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