アスカ・スタジオ

2011/9/1以降の映画記事は「八十路STUDIO」=(同一人管理blog)とリンクしました。

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騎兵隊

2011-07-29 10:05:16 |  映画(カ.~キ)

 ジ゛ョン・フォード監督が好んだ地平線が広がる。画面一杯に。スクリーンの縦方向、高さ2/3の位置。稍左下から稍右上に掛けて。その斜面を登る騎兵隊のシルエット。
 下部にはクレジットが…。程なく主題歌が流れ始める。もうこれだけで、ジョン・フォード・ワールドが満開する!。

 北軍兵士が向かう先はニュートン駅。敵の背後480㎞遥かに在る。行軍目標は55㎞/日。1日目は2倍進んだ。
 医者嫌いのジョン・マーロー大佐(ジョン・ウェイン)率いる隊に配属されたのが、軍医のケンドール少佐(ウィリアム・ホールデン)。と、来れば、以後の展開は想像がつく。

 ま、ここらが西部劇嫌いと大好き派の分岐点だろう。決して、どちらが良くて、どちらが悪い。と言って居る訳では無いが。
閑話休題。
 先日(2011/7/24)正午、アナログTV放送終了す。そのTVさえ無かった頃、親しんだラジオ・ドラマを思い出す。
 有名なのは「君の名は」だが、地味派の私は「えり子と共に」と「天明太郎」が双璧。前者は透き通るような声を出す有里道子。後者は後年TVや映画でも活躍する東野英治郎が素晴らしかった。

 その頃の映画界を賑わせた西部劇。ラジオ・ドラマと共に、娯楽に飢えていた当時の私たちを充分楽しませて呉れる娯楽の双璧だった。
 終戦後初めて観た西部劇は、セシル・B・デミル監督の「大平原」。星条旗を掲げた軍隊が窮地を救いに、鉄道を疾走するシーンに観客席から拍手が起こったのを今も覚えている。
 私は、工期を急ぐ余り雪原に敷設した線路から、列車が落下する大スペクタルが今も脳裏に焼き付く。
 あの「スター・ウォーズ」が真似たトップ・ロールと、バック音楽に胸踊らせ、スー族との戦闘シーンに「西部劇はこんなに面白いのか」と思ったものだ。

 私の悪癖で横道に逸れてしまった。「騎兵隊」に話を戻す。
 ラグラニシュビッグスバーグから、バトンルージュへ。南部女性が何時しかマーロー大佐に好意を抱くに至る描写は、如何にもジョン・フォード・タッチ。
 程なく目的地のニュートン駅に…。だがまだまだ此処では終わらぬ。
 戦闘の回間に、主役級二人の軋轢と対立が火花散る葛藤を楽しむ。その上、巨匠独特のユーモアと、J・ウェインならではの華麗な馬捌きにも酔ってしまう私だった。

 [私の評価]中の上。
 1959年(2011/7/4.TV録画鑑賞=再見).米(UA)[監督]ジョン・フォード[撮影]ウィリアム・クローシア[音楽]デヴィッド・バトルフ[主な出演者]ジョン・ウェイン。ウィリアム・ホールデン。コンスタンス・タワーズ。。。[原題]THE HORSE SOLDIERS[上映時間]1時間59分。

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カティンの森

2011-06-17 20:17:24 |  映画(カ.~キ)

 「思うだけでは何の意味もない」という台詞が身に滲みた。モノクロ実写場面に震撼となる。捲れる空白ページが空しいアンジェイ大尉の日記帳よ。ラストシーン。地獄としか表現出来ない。あのソ連兵は鬼に見えた。
 第2次世界大戦時。西はナチス・ドイツ。東はソ連。二つの大国に挟まれたポーランドのこの悲劇。愛国者アンジェイ・ワイダ監督の鎮魂の祈りがひしひしと伝わり、悲痛な叫びが木霊するようであった。

 これは「世代」でデビューして以来、「地下水道」「灰とダイヤモンド」「約束の土地」「大理石の男」等々、終始一貫して祖国に寄せる愛を捧げ続けた同監督の集大成となるのではないか。
 大戦終了後も東西冷戦の犠牲となって、なかなか陽の目を見なかった真相。真実を認めたのは東西の壁崩壊後。ポーランドとロシア首脳が慰霊に同席したのが2年前だったのは周知の通り。

 末席から犠牲者の霊に祈りを捧げたい。

 [私の評価]真実の前には評価は論外の感ある秀作。
 2009年(2011/6/17TV録画観賞=初見).波蘭[監督]アンジェイ・ワイダ[撮影]パヴェル・エデルマン[音楽]クシシュトフ・ペンデレッキ[主な出演者]マヤ・オスタシェフスカ。アルトゥル・ジミイェフスキ。ヴィクトリャ・ゴンジェフスカ。マヤ・コモロフスカ。ヴワディスワフ・コヴァルスキ。アンジェイ・ヒラ[原題]KATYN[上映時間]2時間2分。

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嫌われ松子の一生

2011-06-13 15:55:51 |  映画(カ.~キ)

 「こんな人生ってあるんやろか?」あまりにも可哀想な松子!。というのが偽らぬ感想である。真っ正直過ぎるというか。極めて要領が悪いというか。そういった性格に加えて遭遇した人物も悪かった。
 一瞬脳裏を掠めたのは「彼女のためにあったのか」とさえ思える‘不遇’‘不運’‘転落’という言葉だった。
 幼少時、「病弱の妹に向けられがちだった父の愛情を自分にも引き寄せたい」と思いついた“変な顔”。それが転落の一因になろうとは。

 生徒に愛情を注いだ幸せな教師時代。それはあまりにも短すぎた。
 裏社会での生活。殺人。逃亡。同棲。逮捕。服役。またもや男の裏切り。最初の裏切り男との再会。

 

 「今度こそ」直向きに愛した彼の逮捕。遂に、抜け殻となった魂。
 長いようで短かった53年の人生を綴る再三のフラッシュ・バックやジャンプ・カットが新鮮。最初の情景は人物の心境。再現する同じ光景が真実。という手法だ。
 2007年の英国映画「つぐない」でも見られたが、この作品が1年早い。

 色彩が泥臭いアニメ仕立てのCG映像や、中途半端の感も受けるミュージカル風仕立てよりも、前述した手法からこそ、寧ろ中島哲也監督の非凡さが伺われるのではなかろうか?。
 中途半端と貶してしまったが、松子が唄う物悲しさの中にちょっぴり甘さの匂う旋律「♪まげて~のばして~お星さまをつかもう~」は、心にこびり付いて離れない。

 人によって捉え方は様々かもしれないこの映画。私事関連を乞ご容赦。
 妹が姉に寄せる愛情に、昨日、亡き妹のドレスを着てピアノ演奏会に臨んだ姉が重なる。
 「松子は帰ってこない」父が日記の最終行に決まって書いていた言葉に、内容こそ違えど似た一面を持ち併せていた我が亡き娘を思い出す。

 [私の評価]不幸な人生を辿った一女性の哀歓が零れる優れた作品です。
 2006年(2011/6/12TV放映観賞=初見).日(東宝)[監督]中島哲也[撮影]阿藤正一[音楽]ガブリエル・ロベルト/渋谷毅[主な出演者★=好演☆=印象]★中谷美紀。瑛太。伊勢谷友介。香川照之。市川実日子。☆黒沢あすか。柄本明。☆奥ノ矢佳奈[上映時間]2時間10分。

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木靴の樹

2011-05-23 19:38:07 |  映画(カ.~キ)

 痩せた土地に農民達は鍬を奮う。玉蜀黍を挽く収穫の秋。だが収入の2/3は地主の許へ。泥棒にも三分の理。馬鈴薯の一部を小石で誤魔化す農民も居たようだ。彼等の住居も家主の所有物。窓から放り投げられた衣類を拾い集める女が居る。川辺での洗濯が子沢山の家庭を支えているのだ。

 
 (映画はカラー作品です)

 農民たちを演じているのは俳優に非ず。本当の農民だからこそ醸される臨場感。それは彼等のために犠牲となる鶏や豚の風景で更に高揚する。クライマックスは木靴を作るのに伐採する1本の樹。これが題意となる。ミネク少年よ、すくすくと育ち、逞しく生きよ。

 

 坦々と流れる日々を徹底して丁寧に写実した3時間余。正直言って少々長く感じる場合もあった。でも眠気は皆無。無駄が見つからないのだ。「落ち穂拾い」さながらの名画調撮影の中に、流れるはバッハの音楽か。
 脚本、編集、撮影も自ら兼ねるエルマンノ・オルミ監督の心意気が迸る。そのラストシーンはただ切ないだけでは済まされぬ。それは弱肉強食の世界に対して、凛として放つ無言の抗議といえよう。

 [私の評価]紛れもない秀作。
 1978年(79公開)(2011/5/21TV録画観賞=初見).伊[監督]エルマンノ・オルミ[撮影]エルマンノ・オルミ[主な出演者]ルイジ・オルナーギ。オマール・ブリニョッリ。ルチア・ペツォーリ。フランコ・ピレンガ。バティスタ・トレヴァイニ。テレーザ・ブレッシャニーニ[原題]L'ALBERO DEGLI ZOCCOLI[上映時間]3時間7分。

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火天の城

2011-02-04 20:42:14 |  映画(カ.~キ)

 含蓄ある台詞が多い。
①「吹き抜け=火の道」所謂煙突効果だ。新解釈で物語に新風を吹き込んでいる。断固として信長に盾突く岡部又右衛門の意気も良し。
②「女が働く=国が栄える」これも新鮮味あり。30000貫の大石を運ぶ綱。支えるは女の黒髪也。
③此即ち「城作り=国作り」に通じる。
④「南で育った樹は南に建てよ」確か以前に聞いた気がする。要は、自然の摂理に逆らっては不可なのだ。

⑤「木曾の木は天下の木。敵も味方もない」偉大なるものの前には、小さなものは、往々にして譲らざるを得なくなるのか。
 理想の檜を求めて又右衛門は敵国木曾に立ち入る。その熱意が他国の人の心を動かすシークェンスは迫真力に富む。ただ、又右衛門に助力したため斬首される悲劇には身の毛が弥立った。

 

⑥「女は笑顔を絶やすな」その裏の意を知れ。そのことを又右衛門の妻を演じる大竹しのぶ、快心の演技で応えて居る。流石だ。

 その反面、?と思う台詞や場面も散在するのが、この作品の惜しいところ。
その一例。
①「世の中にはどうにもならぬことがある」これは解る。だが、「だから石に教えを乞え」分かったようで判らぬ。
②ラスト近く、亡くなった筈の男が、何の理由も説明描写も無く、突然現れたのには、ただ、唖然!。

 このあたりが、心底からの感動を呼ばない由縁となっている。少々作りが粗っぽい、安土城建設に拘わる物語であった。
 [私の評価]中の上。
 2009年.日(東映)[監督]田中光敏[撮影]浜田毅[音楽]岩代太郎[主な出演者]西田敏行。椎名桔平。★大竹しのぶ。福田沙紀。笹野高史。夏八木勲[上映時間]2時間19分。(★=強印象)

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昨日・今日・明日

2011-01-23 19:37:23 |  映画(カ.~キ)
 3話からなるオムニバスだが、昨日・今日・明日というテーマとの結びつきが希釈である。
第1話は、ナポリのアドリーナ。
 
 昨日、釈放され、「明日は働く」と言いつつ、今日はベッドか。これでは、貧乏人の子沢山もやむを得ない。う~ん。でも話は面白かった。

第2話ミラノのアンナに至っては、なんじゃ、これ?。
 
 高級車でドライブして恋の鞘当てしいるだけじゃない?。内容がない。

第3話ローマのマーラも、高級闇の女と、神学生の恋の鞘当てに過ぎない。
 
 でも、第2話よりは、ちょっぴりだけ内容が垣間見られるかな、、。

 これが、あの名作「自転車泥棒」や「靴みがき」。地味ながらも意欲ある「ミラノの奇蹟」や「屋根」。そして力作の匂い漂う「終着駅」や「ひまわり」を撮ったヴィットリオ・デ・シーカの作品かと、、。
 イタリアの名匠も偶には息抜きという感じがしてならないのである。

 [私の評価]凡作。
 1963年(64公開).伊/米[監督]ヴィットリオ・デ・シーカ[撮影]ジュゼッペ・ロトゥンノ[音楽]アルマンド・トロヴァヨーリ[主な出演者]ソフィア・ローレン。マルチェロ・マストロヤンニ。[原題]IERI, OGGI, DOMANI[上映時間]1時間59分。
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 ところで、昨日・今日・明日といえば、あいだみつおさんの次の作品が実に味わい深いなぁ。
 
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活弁物語

2011-01-22 18:19:34 |  映画(カ.~キ)
 当家の購読紙昨日の夕刊広告。一面に「ナルニア国物語第3章」の派手な宣伝。勿論売りは3D。好むと好まざるに拘わらず、映画界は3D時代に突入した感がある。
 が、それには全く無関心。寧ろ近くオンエアされる1927年のフリッツ・ラング作品「メトロポリス」を、今か今かと待ち侘びる私は余程の臍曲がりか。
 1927年と言えば、部分トーキー映画「ジャズシンガー」が公開された年。それまでの映画は総て無声映画であった。その頃、日本では、弁士が活躍した。
 この映画は弁士の物語。トーキーという革命の前に、滅び行く文化の悲哀を強くテーマに押し出して居れば、もっと良い映画になったと惜しまれる。
 以下、トップ画像の文章を要約して記す。
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 もう少し品のある作品と期待したが駄目。伴淳三郎が冒頭から「パー」では話にならん。以後もその調子で品の無いこと夥しい。例によって例の如きアチャラカ喜劇ならいざ知らず、活弁華やかなりし頃から、トーキー出現で没落する時代が背景。活弁悲歌を描くのならもう少し深い掘り下げがあって当然。
 見逃したけど『糞尿譚』では従来のアジャパー式を脱していたと聞く。実に残念なり。

 しかし一方、彼の熱演を認め得る点も無きにしも非ず。ズーズー弁時代こそ感心しないものの、言葉訛を直して貰った師の娘と結婚してからは力演している場面も認められる。
 浮気する前後など。師の徳川無声は実際に活弁をやっていたから堂に入ったもの。伴淳とアチャコのレベルが低いため釣り合いがとれぬ。アチャコは伴淳よりまし。何時もの18番を出さず真面目に演じている。
 嵯峨美智子は母親の面影を宿し美しい。伴淳とのラブシーンは情感を発露し佳良。関千恵子は程度の低い役でお付き合い程度。
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 テレビの無い当時、ラジオの花形番組「話の泉」でも活躍された徳川無声さんを懐かしく思い出す。
 [私の評価]失敗の匂いもする凡作。
 1957年.日(松竹)[監督]福田晴一[撮影]片岡清[音楽]鈴木静一[主な出演者]伴淳三郎。花菱アチャコ。徳川夢声。瑳峨三智子。関千恵子[上映時間]1時間49分。
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影なき男

2011-01-20 20:41:49 |  映画(カ.~キ)
 こういう娯楽映画は割り切って、面白ければ好しとしたい。圧巻は米加国境のアクション。虹鱒泳ぐ雪山を彷徨う二組のコンビ。
 片や、FBI捜査官スタンティン&山の案内者ノックス。
 

 片や、ノックスの恋人サラ&凶悪犯スティーヴ。
 
 この4人に絞った構想が成功している。

①ロック・クライミング。
②痙攣する脚。
③吹雪との格闘。
④熊との遭遇。等々、見せ場は盛り沢山。

①では、よくTVでお目に掛かるCMが、
③では、1977年の日本映画「八甲田山」を思い出した。
 適度にユーモアも持っている。
④では、「熊が観念して逃げるなんて」の言葉に返すシドニー・ポワチエの「黒人だから驚いたのさ」は傑作。

 これ以上の描写は控えたいが、終わりに一言だけ。
 左目を狙う意味が謎の儘だったのは、私としては、些か不完全燃焼である。

 [私の評価]中の上。
 1988年(89公開).米(WB)[監督]ロジャー・スポティスウッド[撮影]マイケル・チャップマン[音楽]ジョン・スコット[主な出演者]シドニー・ポワチエ。トム・ベレンジャー。カースティ・アレイ。クランシー・ブラウン。[原題]DEADLY PURSUITSHOOT TO KILL[上映時間]1時間50分。
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神々の王国

2011-01-18 21:28:38 |  映画(カ.~キ)
 この映画から、いろんな映画を連想した。
①「制服の処女」(31.独)。
②「格子なき牢獄」(39.仏)。
③「みかへりの塔」(41.日)。
④「情婦マノン」(48.仏)。である。

 ①~③は、それぞれ内容は違うが、暗い集団生活及び、善と悪の指導監督者。という背景が似ている。例えば、屋外で体罰を与えるシークェンス等は、②に酷似していると思った。
 また、ラスト・シーンは、④と酷似している。
 これらは、オマージュなんだろうか?。

 と、最初に書いてしまったが、この映画の特色は勿論ある。それは、ラブ・ロマンスが根底にあること。格子を隔てた接吻は、今度は逆に「また逢う日まで」(50.日)のガラス越しの接吻は、本作品へのオマージュなんだろうか?。
 と、自分勝手な推測ながら、こんなに、いろんな映画を連想した作品は少ない。
 「雨が恋しい」という台詞が、バック・ボーンになって、湿原地帯という背景が効果を発揮している。

 この作品前後のジュリアン・デュヴィヴィエ作品をリアルタイムで観ているのに、この映画だけ見逃していた。その理由が解った。この映画の公開時期は、私的に多忙な時期だった。
 ジュリアン・デュヴィヴィエ作品としては、稍平凡だと思う。テーマが、集団生活と、恋愛描写に分裂している感を受けるからである。

 [私の評価]佳作。
 1949年(51公開).仏[監督]ジュリアン・デュヴィヴィエ[撮影]アルムニーズ[主な出演者]シュザンヌ・クルーティエ。セルジュ・レジアニ。ジュジ・プリム。モニーク・メリナン。ルネ・コジマ[原題]AU ROYAUME DES CIEUX[上映時間]1時間47分。
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風が強く吹いている

2011-01-04 17:32:42 |  映画(カ.~キ)
 「長距離は天分より努力」という言葉が、一見無茶に思えるストーリーを補って余り有る。寛政大学10人の部員と一緒に走る柴犬が実に愛らしく写る。「就職にも有利」という台詞に現実感を覚える。
 「このメンバーで襷を繋ぐ。それが俺の夢だ」ハイジの言葉に奮い立ち挑んだ予選。「自分たちがゴールしてもまだゴールじゃない。この人達凄い」漫画オタクの王子が嵌る場面も自然で秀逸。

 
 箱根駅伝の本番。
1区。最下位の王子に拍手したくなる。
華の2区は、アフリカからの留学生ムサが7人抜きを演じて、王子をカバーした。このチームワークよ!。
3区。ジョージが10位に詰める。
 といった調子で、10人の選手を平等に描写しているところが、この映画の佳いところ。「俺達に補欠はない」。風邪を押して走る選手も居た。

5区。昨日、実際の箱根駅伝で、東洋大の強豪柏原選手に抜かれるも、懸命に追いすがった早稲田の猪俣選手を思い出す。塾にも通わず、一般入学した彼を。箱根駅伝は、エリートだけのものではないのだ。
 18位で折り返す翌日の6区、ユキから繋いだ襷は、9区でカケルのごぼう抜きで挽回した。
10区。膝を痛めたハイジ必死の闘魂は「風が強く吹いている」ゴールに転がり込んだ。
 映画上の仔細なケチ付けを寄せ付けない、快く、爽やかな映画だった。画面一杯に愛が溢れていた。スポーツは良い。

 [私の評価]秀作です。
 2009年.日(松竹)[監督]大森寿美男[撮影]佐光朗[音楽]千住明[主な出演者]小出恵介。林遣都。中村優一。川村陽介。森廉。内野謙太。ダンテ・カーヴァー=。橋本淳。斉藤慶太。斉藤祥太。渡辺大。五十嵐隼士。津川雅彦[上映時間]2時間13分。
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奇跡

2010-12-25 16:23:15 |  映画(カ.~キ)
 デンマーク映画を観るのは初めてと思う。作られたのが1955年、公開は14年後というのが興を惹く。1961年のスウェーデン映画「処女の泉」(イングマール・ベルイマン監督)がオーバーラップする。
①テーマは信仰。
②話はシンプル。
という共通点を見出すからだ。

 宗派の異なるボーエン農場のモルテンと、仕立業ペーターの対立が、両家の家族まで、その渦中に引き込む。

 

 「処女の泉」の冒頭では、憎悪の表情を剥き出しにしたインゲリが「オーディンの神よ、来ておくれ」と祈るシーンがある。キリスト教との葛藤軋轢が見られた。
 人それぞれに宗派は違っても、その終着点は同じと思う。古今東西、対立は宿命なのか。
 此の作品には宗派を超越した和解が救いだった。

 人間としての在り方を、大いに考えさせられた。モルテンの三男は、ペーターの娘と結婚出来ない。次男ヨハネスは自らがキリストと思っている。

 

 そんな中で、身重だった長男の嫁が息絶える。

 神を意識した北欧映画には共通した雰囲気がある。
 「処女の泉」では、カーリンの遺体の下から淡々と泉が湧き出る神々しさの中に終わる。
 この映画では、題意の奇跡で終わる。

 [私の評価]優れた作品と思います。
 1955年(79公開)丁抹.[監督]カール・テオドール・ドライエル[撮影]ヘニング・ベンツェン[音楽]ポール・シーアベック[主な出演者]★ヘンリク・マルベルイ。エミル・ハス・クリステンセン。ピアギッテ・フェザースピール。★プレペン・レルドルフ・ライ。カイ・クリスチャンセン。アイナー・フェーダーシュピール。ゲルダ・ニールセン[原題]ORDETTHE WORD[上映時間]2時間6分。(★=強印象)
 [どうでもいい話]デンマーク人はコーヒーがお好き。
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 クリスマス・イヴの昨日、家庭菜園で採れた人参。これも奇跡?。

 

 奇跡が起こって欲しい。奇跡を信じたい。
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がんばっていきまっしょい

2010-11-28 12:08:06 |  映画(カ.~キ)
 映画は始まりと終わりが重要と思う。前者は“期待”後者は“結果”。特に後者が作品価値にまで影響するのではないだろうか?。ノー台詞で終わる「第三の男」の結末のように。
 終わり方には、ハッピー・エンドと、そうでは無い終わり方がある。どちらが良いとは一概に云えない。だけど私は、後者の方を好む。

 男子チームしか無かった高校ボート部にただ一人入部した悦子は、辛うじて集めた4人の女子と、ナックル・フォアに挑む。人に馬鹿にされても懸命に取り組む練習を天が見ていた。
 男子コーチのお陰でオール捌きが上達して行く様など、丁寧な描写で秀逸だ。が、初試合は無惨な結果に終わる。

 

 悦子の言葉に反応、かえって奮起する4人の姿が麗しい。素直さと感謝の気持ちを失ってはならないものだと痛感する。専任コーチのお陰で更に上達した翌年の試合だったが…。
 冒頭に述べた後者の終わり方になる。私は此処が快い。此処が佳い。叩きのめされても、打ち砕かれても、来年がある。最後の機会が。明日があるのだ。
 人間、希望と目標は捨ててはならないと再認識させられるのだ。私事ながら、自分自身にも未だに捨て切れないささやかな希望と目標を残しているから。

 

 伊予の大自然の中で、ちょっぴりほろ苦い青春の味も巧みに交えた軽やかなタッチが清々しい。
 青春とは心の若さでもある。
 がんばっていきまっしょい!。

 [私の評価]優れた作品です。
 1998年.日(東映)[監督]磯村一路[撮影]長田勇市[音楽]リーチェwithペンギンズ[主な出演者]田中麗奈。松尾政寿。清水真実。葵若菜。真野きりな。久積絵夢。中嶋朋子。[上映時間]2時間00分。
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カールじいさんの空飛ぶ家

2010-11-10 14:08:42 |  映画(カ.~キ)
 な、なんと!カールじいさんは私と同い年だった。愛妻エリーを亡くした彼の気持ちは痛いほど解った。「雲の形が何に見えるか?」エリーと空を眺めた若き日。
 私も思わず空を見上げた。恐竜と猛牛が決闘していた。

 

 ♪カルメンのハバネラにシンクロしてドアを締める音。立ち退き要求に憤然と!旅を決意するカールじいさんに喝采を贈った。
 一枚、一枚、捲るアルバム。とあるページに書かれたエリーからのメッセージが。

 “楽しかったわ。ありがとう。新しい冒険を始めて!。愛をこめて。エリーより”。

 角下駄顔のカールじいさんは言い放つ。「何時か私がやること!」お~、何と恰好いいツ!。
 無数の風船に吊られ、大空に飛び立つカール家。それは正に「天空の城ラピュタ」だった。

 

 目的地は、エリーと約束していて果たせなかったパラダイスの滝。なんと素晴らしい、このロマン!。
 相棒のラッセル少年。何処かで見た顔?と思っていたら、高嶋政伸さんだった。
 波乱に充ちた冒険の旅は、限りなく楽しかった。
 目的を果たしたカールじいさんの言葉が忘れられない。

 「エリー、きれいだなぁ」。

 [私の評価]ロマンの香り豊かな佳作。
 2009年.米(ディズニー・アニメ)[監督]ピート・ドクター[音楽]マイケル・ジアッチーノ[原題]UP[上映時間]1時間43分。
*************

 人にはそれぞれ与えられた道がある(以下略)。という詩が好きだ。幸いにして愛妻と共に暮らすアスカじいさん。昨日は拙ブログを評価したTBを頂戴した。



 素直に嬉しい。
 ベルナール・ラップ監督の「私家版」に出てくる「書くってことは、自分をさらけだすことだ」という台詞が好きだ。
 今後も自己をさらけだしつつ、自分だけしか歩めない道を歩んでいこう。
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勝負をつけろ

2010-10-05 07:47:49 |  映画(カ.~キ)
 昨日(10/4)13時、BS2でこの映画の放映が始まるのに偶然接した。その儘観てしまった。
 第2次大戦終了直後のマルセイユ。脱走した米兵まで屯する歓楽街にラ・ロッカが現れる。冤罪で服役中の友アデを救う為。
 胸の透くようなラ・ロッカ得意の早撃ちに酔った。扮するジャン・ポール・ベルモンドが美味しい役のフィルム・ノワールだった。

 ジャン・ベッケル監督の父は、フィルム・ノワールの巨匠ジャック・ベッケル。流石に血は争えない片鱗も見受けた。
 例えば、独房囚人屋外散歩の時間。向から陽光を受けるアデの顔に人影が写る。自らも7年の刑を受けたラ・ロッカだった。という1カットなど、胸の透くような映像で、実に秀逸。

 また、刑期短縮のため、地雷除去作業をするシークェンスは「恐怖の報酬」を連想した。額に湧く汗の大写し。左手を失うアデ。此処までは佳い味だった。
 が、二人が出所してからの描写は些か荒っぽい。快いテンポも失速傾向。アデの妹ジュヌビエーブが余りにも哀れであり、且つ、甚だ呆気ない。

 

 些か尻窄みの感を受けたのは私だけか?。
 訳題「勝負をつけろ」を“カタヲツケロ”と読む事は、父の名作「現金に手を出すな」を“ゲンナマニテヲダスナ”と読むのと似ている。
 が、内容は父を超えられなかった。と思うが?。

 [私の評価]中の上。
 1961年(62公開).仏/西独[監督]ジャン・ベッケル[撮影]ギスラン・クロケ[音楽]クロード・ノルマン[主な出演者]ジャン・ポール・ベルモンド。クリスティーネ。カウフマン。ピエール・ヴァネック。[原題]UN NOMME LA ROCCA[上映時間]1時間45分。
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君美しく

2010-09-29 10:04:25 |  映画(カ.~キ)
 ハモンドオルガンの旋律が「君の名は」を思い起こさせる。さもありなん。この映画の3年前に放送されたラジオドラマは、全国の特に女性の話題を浚った。
 この1~2年前は全3部作の映画もヒットした。同じ古関裕而の音楽だった。主役だった岸恵子も脇役で出演していた。
 内容も予想通りに展開する。将来、妹が今で言う客席乗務員になることは分かって居る。これでは感動の一滴も湧かなくなる。

 JALの4発プロペラ機。アルミの弁当箱。クリスマス・イヴの夜、街角に流れるジングルベルの旋律。当時の風俗習慣を知る私は多少の懐古も生じた。
 30歳を超えた田代真紀子の縁談は子付きの後妻だった。これは兄の戦死後、意中の人を諦めてまで、母弟妹を支えた彼女の自己犠牲精神への讃歌と云えそう。

 

 真紀子に扮する淡島千景。「君の名は」では脇役だったが、此処では麗しい主役を熱演して居る。
 ただ、現在は価値観が一変している。現在の若人には彼女の生き様をどう評価されるだろうか?。

 [私の評価]当時なら佳作。今は凡作。といえばお叱りを受けるか?。
 1955年.日(松竹)[監督]中村登[撮影]生方敏夫[音楽]古関裕而[主な出演者]淡島千景。高橋貞二。岸恵子。野添ひとみ。浦辺粂子。桂木洋子。菅佐原英一[上映時間]1時間32分。
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