名作といわれる小説を愛読している人が、それを映画化したものを見たとしよう。彼はその映画からどんな印象を受けるだろうか。たぶん、多かれ少なかれ失望するにちがいない。
ひとつの本を何回も愛読していると、私たちの心には想像の世界が広がっていく。それは心の世界なので、限定された境界線もないし、何の制限もいらない。その意味で豊かなのだ。ところが映画は、それらの広い世界からひとつの事象を取り出して映像化するため、見る人の想像力を減退させる働きをする。当然ながら、そのことは映像ばかり見ている人の人格形成に大きな影響を与えるであろう。
私たちはできるだけ豊かな内容の本、とくに聖書をよく読むべきである。始めは無味乾燥のように思えるかもしれないが、読んでも飽きないし、そのたびに新しい発見があるのは神のことば=聖書をおいて他にない。不思議な本であり、何千年も愛読されて来た理由はそこにある。
映像文化にどっぷり浸っている私たちだが、失われていくものも多いという事実に気がつき、神のことばによって開かれる目に見えない信仰の世界を大切にする者でありたい。<o:p></o:p>
「私たちは、見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」(Ⅱコリント4:18新改訳)<o:p></o:p>