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Unknown (ちー)
2010-09-03 05:08:08
移植が必要だと告げられ、脳死肝移植はドナーを待つこと、移植手術の危険性と術後の合併症や生存率。
それらの説明を受けた私は、当時25歳でした。

ドナーが現れる可能性が低く、手術してもすぐにダメになるんじゃないか・・・。

そのときの話では、今の肝臓が耐えられるのは5年くらいだと聞いたので、私は30歳までの人生だなって思いました。

そんな怖い手術なんてしたくもないし、大変な思いをして病院で死ぬ人生は嫌。制限のない暮らしをしたいと思ったんです。

けどね。どんなに移植が嫌だって言っても、先生もコーディネーターも親も、わかってくれない。
みんなの気持ちは「移植」それだけ。

そのおかげで、今の私がいます。

悲壮感や喪失感がないわけではないけれど、それよりも毎日の生活に夢中な5年間でした。

アルバイトをして友達と遊び、飲み歩き、結婚相手を探し(笑)、体調が悪く入院生活になってからは、夫への怒りや家庭の心配ごと、病院への不満、犬たちのこと・・・自分の命の心配をしてるヒマがありません。

外泊をするたびに、身辺整理をしてるんじゃないか?と、看護師さんたちは思ってたようですが、家に帰ってすることは、食べたいものを作るとか、欲しいものを買いに行くとか。

移植ネットワークに登録すると、病態の悪さが点数で出るんです。最高9点。余命1カ月。
「9点で登録できたから、すぐ移植の順番が来るよ」って言われたときも、残り時間が少ないとか考えもせず、親子で9点ってすごいね~なんて笑ってました。

死ぬという実感があんまりなかったんですかね。

どうしてこの人は9点で笑って楽しそうなんだろう、と、病院は思っていたそうです。

病気と闘う、負けない、克服する。
こういう感情がない私は、移植までの5年間、いかに自宅で過ごすか、のみでした。

そして、インターネットで情報を仕入れようと、かんぞうさんのブログに出会い、移植とは何かを具体的に知ることができました。

知ったことにより、移植が嫌だという気持ちが強くなり(笑)手術直前まで「ご飯食べれなくなるの嫌だな」
「喉乾いた」「家に帰りたい」「検査がうっとうしい」って怒ってました。
 
 
 
よりどころ (かんぞう)
2010-09-03 09:50:49
ちーさん、おはようございます。

死の実感が無い、というのはわたしも同じでした。
自分の周りでは、自分の知らないところで大騒ぎだったようですが、こんな時って案外、本人が一番冷静だったりするのかもしれませんね。

わたしも、余命、という意味では、「今日までかもしれない」という状況だったのですが、なぜか「自分だけは大丈夫」という根拠の無い自信がありました。


でもちーさん、今だから考えられるのかもしれませんが、わたし達のよりどころ、というか死の実感の無さ、とかって、結局、「移植」というものがあったからではないでしょうか。

可能性的に「移植」があるのと無いのと、その差は凄く大きいんだと思います。

ただそこに立ちはだかるのが、やっぱり、わたしもちーさんもそうだったように「移植」の印象の悪さなんではないでしょうか。
痛い、苦しい、辛い、という事以外にも、なんといってもドナー無くして成り立たないし。


その点ではわたしとしても反省なんです。
このブログ。
痛い、苦しい、辛い、を結構強調してますからね。
でも嘘を書くわけにもいかないし、そもそもの発端は「痛いも苦しいも辛いもありのままに書こう」、でしたから、あとは見てくれた方がどう判断してくれるかという事なんでしょうね。



ところでちーさんは、25歳で移植の宣告を受け、実際に移植するまでの間にご結婚されたのですか。
すみません、プライベートな事を。

でももしそうだとしたら凄いバイタリティーだなと思って。

でもきっと、こんな事を言ったら失礼ですけど、ちーさんぐらいの前向きさを持てる人って少ないと思うんです。
病気を病気と思わないというか、それよりももっと大切な事がある、と思える力って素晴らしいと思うんですよね。


このブログに初めて来てくれる人って、多くが「移植」の負の部分のワード(たとえば、移植 苦しい 痛い、とか、移植 余命、とか、ドナー 寿命とか)なんですよね。
そこにこの内容ですから。反省です。

今後は、逆戻りになったとしても、移植とこれから向き合う人にプラスの部分を発信していかなければならないとも思います。



法改正後の脳死移植、結構行われていますよね。
どんどんハードル下がるといいですね。
そうしたら待つ時間も短くなるでしょうし。
精神的不安も少なくなるだろうし。

やっぱ、「移植」という道がある、っていうより所は大きいですよ。
 
 
 
Unknown (ちー)
2010-09-03 20:28:07
移植はどうしたって印象が悪いものですよね。
かんぞうさんのように、今日か明日かという状況の方は、比較的、移植への恐怖を感じることも少ないというか、そんな余裕がないかと思いますが。

脳死移植、生体でも時間のある方の場合、まだ自分の体が動いている状況で、死ぬかもしれない手術というのは・・・・。

あとはパンフレット、あれも少し大げさな部分があると思います。
移植を必要とする人は、薬だってそれなりに飲んでるはずですので、薬の管理が大変だとか、テストまでする必要ないかと。
術後、必要な人のみでいいような気がします。

感染症対策も、手洗いうがいをしないと死ぬ!っていう風に私は受け止めました。
ものすごく清潔で除菌ばっかりの生活?って思ったものです。

文章のとらえ方なので、人それぞれと言われたらそれまでなんですけどね。

こうなると、パンフレットよりも生きた情報が役に立ってきますね。
何人かの術前術後を映像に残して・・・。
ちなみに私は、そういう協力ならOKです。


結婚相手を選ぶのに、「子供を望まない人」「親が近くにいない人。親と密接な関係にない人」「安定した収入のある人」「わがままを聞いてくれる人」
というのがありました。

ぬっくんはぴったり。
それに加えて、彼は病気のことをちゃんと理解してなかったらしく・・・普通は死ぬかもしれない人と結婚なんてしませんよね。
「色々大変なこと言ってるけど、今は元気だから、先のことはいいや」みたいな感じだったそうです。

おかげで、彼は結婚後、現在までも彼自身が大変な思いをしてますが(笑)

移植して元気になってから結婚相手を探すのは、時間がかかりすぎると思ったんです。

犬も、移植後の生活で動物はあまりよろしくないって書いてあったのを承知で飼いました。
これに関しては、今思えば犬たちに申し訳ないことをしたと思っています。
飼い主が先に死ぬ、飼い主が変わるって、犬にとっての負担が大きすぎますからね。

まぁ、でも、そのときは犬のことも詳しく知らず、自分のこともあんまり知らずにいたので。

今は、犬たちを看取ることが私の人生の目標です。
子供もいないし、ぬっくんはどうでもいいので、犬を看取れて人生が終わるなら、何歳でもいいかと。

移植したら、こんないいことがあるよ。
手術前に移植して元気になった人から言われましたが、私はひとつも信じませんでした。

移植に関していえば「頑張れば元気になる」が当てはまらないので、信じればいいってわけにもいかないし、そうかといって、「どうせ私なんて」っていうのもあまりよくないし。

難しいですよね。

死ぬかもしれないけど死なないかもしれないから、体が動くうちは毎日たのしくワガママに暮らす。

こんな感じかと私は思います。
 
 
 
Unknown (かんぞう)
2010-09-03 23:28:50
確かにわたしの場合は移植までの道のりがあまりにも短かったので、何がなんだか分からないまま、といった感じでした。

それでも移植前の一ヶ月の入院中が辛くて辛くて大変でした。
ですから、ちーさんのように移植に至るまで5年間とか、想像すら出来ません。
だからこそ、ちーさんに限らず他の待機者の方も、ちーさんのような発想を維持していないと普通にはなかなか過ごせないのでしょうね。


パンフレットといえば、K病院での最初の、移植の説明時に、F先生から一式渡されたのですが、わたし自身は見ていません。
妻や父が持って帰りましたので。
しかも現在も見ていません。

感染症対策といえば、うがい、手洗い、マスクに関しては、当時のコーディネーターHさんは厳しかったです。
まるで仇でも見るような扱いでした。

その印象があまりにも強かったのでいまだにその点に関しては慎重です。トラウマでしょうか。

でも入院中いつも感じていたのは、看護師さんの対応が、ある点に関しては異常に厳しく、だからといって、こんなんでいいの、っていう事が結構あったり、戸惑いだらけの一年でした。


ほぼ一年、通して入院していると、いろんなものが良く見えてくるんですよ。面白いぐらいに。

最近、3内のSさんもそうですが、当時お世話になった看護師さんといろんな場所で出くわして、一年の入院って長いなあ、とか、やっぱりH大の看護師としての仕事は簡単には辞めないんだな、とか、考えています。


ぬっくん、ちーさんの諸条件にぴったりですか。
でもきっと、ぬっくんの条件にもちーさんがぴったりだったんでしょうねぇ。

それにしても素晴らしい関係ですよね。


犬もいいなと思います。
もう少しお金の余裕があったなら、と思うのですが、夫婦二人になったら飼えるかなと思います。
それまでの楽しみです。



移植は本当に難しいです。色んな意味で。


移植までの道のりが長かった分、きっとちーさんの方が、生死に関して達観の境地に近いのかな、なんて思ったり・・・
 
 
 
Unknown (ちー)
2010-09-04 00:42:02
Hさんは厳しそうですね~。

看護師さんも色々というか、忙しさとかの理由もあったりしますよね。

1年の入院、今では絶対に考えられないことだけど、あの日々で見えたものは、これからも病院と関わる身としては得たものもありますよね。

私は、今でも命に関しては深く考えていません。
移植後の予後とか先のことなども。

医学的に多くのデータがあるわけでもないし、体のことは考えても仕方ないかな、と。

それよりも、移植医療に関わる様々なことの体制や、行政、病院側の動きに興味があります。

自分がこれからどんな人生を歩むのか、どうしたいのか。移植前の2年と移植後の2年、私は社会と関わらずに生活してきて、ここにきて「何か」動きたいと思うんです。

働いてみようかな・・・とかね。

仕事で生計を立てるわけではなく、犬たちの留守番や、外に出ることが好きじゃない性格上、就職やフルタイムは考えていません。

そうなると、障害者枠の仕事って狭いんですよ。

今度、障害者の在宅ワークなどを調べてみようと、情報を集めているところです。

何よりも、私は資格や特技がない!
入院することもあるだろうし、外来に頻繁に行くかもしれないとなると、健常者としてのアルバイトは厳しいものがあります。

それと、患者会が変わったということ、かんぞうさんご存じですか?
先日、コーディネーターから資料をもらいました。
H大独自の患者会としての活動はなくなって、北海道単位の患者会と合併というか・・・

これなら入会してもいいかなって思っています。
 
 
 
Unknown (かんぞう)
2010-09-04 21:07:34
特に7階の、外科の看護師さんは激務なんでしょうね。
わたしみたいな手のかかる患者もいるし。

これから一生病院のお世話になるので、医師はもちろん、看護師さんとの関わりはやっぱり大切だと思います。
本当は、付き合いは短い方がいいんですけどね。

でももう遅いし。


ちーさん、ついに始動ですか。
個人的希望としては移植に関わる「何か」に携わってほしい気持ちです。
絶対大きな力になると思うなぁ。


患者会・・・そうですか、そうなりましたか。
全然知らなかったです。
どうもわたしは団体に疎いです。
どういう内容かわかりませんが、本当はそういう会に何かしらの協力をしなくては、という気持はいつもあります。

でも今の自分には時間的制約があり過ぎて、なかなか・・・
もし、ちーさんが参加される事があれば、また色々と教えてください。

 
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