翔ぶ者たち その２１

「アドリアン？アドリアン！」
屋内を探しつくして、クリストファーは庭に出た。時計を見たらもう３時を回っている。
『あいつ、一体何処へいっちまったんだ？』　不安で鼓動が速くなる、軽い眩暈を覚えた。

「あ、アドリアン！」
探し人は木陰に立ち、そこだけ切り分けられたかのような静寂の中で、まだ燃え燻っている研究所の無残な残骸を眺めていた。

「アドリアン・・」
「・・あっけないものだな。全てがあっというまに灰になっちまった」
「・・・・・」
「何か用か？」　傍にきた年上の男に、アドリアンは気乗りのしない問い掛けを発した。
クリストファーは唾を呑み込んだ。－なんだってこんなに息苦しいんだ？－
「一緒に来てくれ、これから行くところがある」
「どこ？」
「それは・・途上で話すから」
アドリアンがゆっくり相手のほうを向いた。
「俺が・・嫌だって言ったら？」
クリストファーの眼が見開かれた。－こいつ、何を言ってるんだ？－
「確かにちょっと急だが・・こういう時がくることは話してあったはずだろ」
「そうだっけ」　アドリアンの口角が上がって皮肉な笑みを形づくる。
クリストファーの背筋にゾッと冷たいものが走った。
「馬鹿な・・冗談はよせ。今まで何のために必死で訓練してきたか判ってるだろ？」
アドリアンの笑みが大きくなる。クリストファーが今まで見たことのない、冷たい笑みだった。
－なんだ、何なんだ・・これは・・・？－
アドリアンは動揺するクリストファーの瞳を覗き込んだ。
「あの・・テストだけどな」
「え？・・」
「ほら、やっただろ、俺の・・何と言ったっけかな、そうそう、性格適正を調べるテスト」
「・・・・！」
「あの結果・・すごく良かっただろ？」

「アドリアン・・」　クリストファーの顔が蒼白になった。

アドリアンが面白そうに笑った。
「良くて当たり前だ。そう見えるように、俺がしむけたんだから」
「・・・・・」
「あんまり人をみくびらないほうが良いな。・・どうしたクリストファー？顔色が悪いぞ」
「き、貴様・・」
「怒ったか？そうだな、もっと怒れ。お前の取り澄ました優等生づらにはもう飽き飽きしてたんだ」
「黙れ！」
怒りに駆られて一歩前進したとたん、クリストファーの身体が凍りついた。
その顔に恐怖に似た驚愕が走る。

アドリアンはわざとらしく眉を上げて見せた。
「どうした？・・動けねえのか？」

－嘘だ・・こんな・・嘘、嘘、嘘だ・・・！！－
息が・・・出来ない・・

「悪いけど、お前の救世主ごっこに付き合う気はもうない」
－嘘だ・・－
「世話になるばかりで悪いが、これでおさらばするよ」アドリアンは悪魔のような笑みを浮かべた。「だって」
嘲笑が冷たい無表情に変わり、いつの間にかすっかり大人びてしまった少年が言った。
「俺がお前から学ぶことは・・もう何もないからな」

「あばよ、優等生」アドリアンは身を翻して闇に消えた。

彼をがんじがらめにしていた魔力が消えた後も、クリストファーは茫然自失で立ち尽くしたままだった。
頭が混乱して何も考えられない。涙がぽろぽろと頬を伝ったが、それにも無自覚だった。
―嘘だ、そんな・・そんな！！・・僕は・・僕はどうすれば・・・？－
よろよろと数歩前に進んだ。

その時、脇から何者かがドンとうぶっつかってきた。

脇腹に衝撃を覚えて無意識に手をやる。
手の平が赤く染まった。

顔を上げると空間が妙な感じでねじれて見える。
『あれ、雪が降ってきたな・・』わけもなくそんなことを思った。

残っていた最後の意識がそれでふっつりと切れ、あとはただ一面真っ暗な闇・・


翔ぶ者たち第一部　－完－


その２２へ