MIN LEKPLATS

& Patrick Chan is the ONE

氷の孤独その3

2011-02-02 16:14:16 | 氷の孤独
クリストファーは自国でこそ無敵だったが、国際戦では苦戦を強いられた。スケート能力の良さで敬意を払われるものの、彼と最頂上のエリート達とを決定的に分かつものがあった。無数のトライ、練習時間にも拘わらず、彼はどうしてもクワドラプル、すなわち空中で四回転するジャンプ、を決めることが出来なかったのだ。四回転することは出来る、だがいつも着氷で転倒した。従って彼がクワドを試合用プログラムに入れることはなく、 その結果試合が始まる前から既にベストの選手と比べてかなりの劣勢を余儀なくされた。
技術的不足を補うために、彼はスケートの他の部分の向上に努め始めた。フィギュアスケートの試合では審査員は技術的要素-ジャンプ、スピン、特定のステップ-を審査する一方、『芸術的』部分-振り付け、衣装、主題の解釈-をも審査の対象にする。クリストファーはプロのダンサーを振付師に採用し、氷上での表現力の向上に努めながら、人と異なった主題、選曲を試みた。
同時にフィリップ・スティラーとしのぎを削る。
二人はまた、自分たちに刺激を受けて若い男子たちがフィギュアスケートを始めるようになるのを目撃した。フィリップのクラブに一風変わった逸材が入ってきた。格闘技の経験があり、アイスホッケーをやっていたのだが、氷上でしょっちゅう喧嘩沙汰になるので辞めたのだという。フィギュアスケーターとしてのアドリアン・シュルタイスは、その爆発的ジャンプで衆目の感心をかった。けれど、簡単に喧嘩に巻き込まれるのは相変わらずだった。十代のフィギュアスケーターの御多分に漏れず、彼も度々アイスリンクでホッケーチームの少年らにからかわれた。が、彼は断固として如何なる侮辱も受け入れなかった。
「どんなに大きな相手でも関係ないんだ」とフィリップ・スティラーは追憶する。「あいつは相手かまわず向かっていった」ある日一人の少年がアドリアン・シュルタイスのことを『ホモ野郎』と呼んだ。アドリアンは少年に飛び掛り、友達が止めに入っても、ホッケー少年に頭を蹴られても止めようとしなかった。「俺を侮辱する奴は誰であろうと許さない。必ず返すべきものは返す」とアドリアンは言った。
フィリップ・スティラー:
「自制心に長けているとはとても思えないので、彼が試合で良い結果を出すたびに皆びっくりしたよ。気まぐれに行動し、言いたいことを言って、食べたいものを食べていた」
ジュニアで三度金メダルを獲得した後、17歳のシュルタイスはカールスコーナ開催のナショナルで、フィリップ、クリストファーと対戦することになった。アドリアンのフリーの真っ只中で音楽が止まった。彼はスピンで転倒して怒り狂い、主催者側スタッフと口論を始める。数分後に止まったところから音楽が再開し、アドリアンは失敗なしで演じ切った。
表彰台でのクリストファー・ベルントソンは、下唇にピアスした生意気な17歳の若造に負かされたことへの落胆を隠し切れないでいた。5年間に渡って、ナショナルは彼の大会だったのだ。それだけではない、大きな国際試合の参加権もこの結果次第だった為、三位に終わったフィリップ・スティラーがユーロに行けなくなったことも、彼を悲しませた。
フィリップは引退を決意した。それで益々孤独になったクリストファーだが、同時にスウェーデンNO.1の位置を再び取り戻すための彼の闘いもまた始まった。
翌年のナショナルでクリストファーは自己新を記録して、2007年度の東京ワールド出場権を獲得する。そこでの1週間、ずっと彼はユーテボリの宣伝事務所から派遣されたカメラ・チームに随行された。次の年のワールドがユーテボリ開催予定であったため、市は自国のNO.1選手にスポットライトを当てることで、大会を活性化したかったのだ。
ブレード・カバーを外して、派手な絹のシャツと模造皮の黒ズボンといういでたちで氷上に進み出ながら、クリストファーはナーヴァスなあまり腹が痛くなっていた。が、彼が’Stayin’ Alive’の曲にあわせてトラボルダ風ダンスを始めると直ぐ、客席から歓声が聞こえてきた。完璧なトリプル・アクセルが決まり、続いて同様に完璧なトリプル・トゥループが決まった瞬間、彼は何か大きなことが起こりつつあるのを悟った。TVの解説者、カタリーナ・フルトゥリングとロッタ・ファレケンベックがスウェーデンの人々にレポートする:「なんという滑走!」「ポップでクリスピー!」「ああ、なんて素晴らしい!」
最後のスピン後、クリストファー・ベルントソンは左手を腰に置いてもう一方の手を天井に向けて突き出した。満場の観客は彼にスタンディング・オベーションを贈った、花束やテディベアが空を飛んで氷上に降り注いだ。クリストファーは我知らず笑みを浮かべ、自らに拍手せずにはおれなかった。これほど良い滑走は未だ嘗てやったことがない。自己新を20点も上回り、最終的に9位 -スウェーデンの男子選手としては、ギリス・グラフストロームが1929年に金を獲得して以来最高の成績だった。
24歳のクリストファー・ベルントソンはユーテボリにスターとなって凱旋した。人々は道で立ち止まって彼にお祝いを言った。しかもこの結果のお陰で、自国開催ワールドの参加枠が2枠になったのだ。
その後クリストファーはザガレブのユーロで7位 -彼の国際試合での最高記録-を記録した。全ては素晴らしいの一言に尽きたに違いない-18歳のアドリアン・シュルタイスが6位になってさえいなかったら。
世界のフィギュア・ファンにとっては、スウェーデンに何か大きなことが起こりつつあるのを窺い知る出来事だった。かれこれ100年ものあいだ大規模なコンテキストからは無縁できた国から、突如ヨーロッパのベスト7に入る選手が二人も出現したのだから。

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5 Comments

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拍手ご返事 ()
2011-02-03 14:08:59
>クリス偏愛ファンさんへ

えーっと、なるべく偏愛しないように努力はしているんですよ、一応は・・(苦笑)

アドリアンってほんと強い子ですね。それもフィリップが訝ってるようにとても不思議な強さです。

>自分なんて10代の頃は周りの目を気にして迎合しまくってたような気がします…。

そんなのまだいいです、私なんて十代はおろかその後かなり年取るまで人の目気にしいしいの主体性ゼロ子だったですから(んなこと自慢してどうする
それより、実は私アドリアンと同い年の息子がいるもんでね(名前はアドリアンではなくクリストファーと申します)。彼見てるとまだまだ未だに子供ですからねー。

でも、アディの人と巧く折り合って行けないらしい処はかなり胸が痛いです。同年の子を持つ親として、正直彼の親はどうしてるんだ?と思うとことがあります。彼、幸せな子供時代を過ごせたのかなあ・・

いくらプレッシャーを与えられても出来ないものは出来ません。さすがにこの年になると開き直りからか主体性も出てきたし(笑)マイペースでいきますのでどうかご心配なく。でも、なるべく早く次ぎを上げれるように頑張ります。


あ、思いついたのでここを借りて一言:

無記名にしたいというはっきりした意向がおありの場合はもちろんそれで良いのですが、特にそうでない場合は、出来ましたらコメントを下さる時に『クリス偏愛ファン』さんのようにHNを記入して頂けると嬉しいです。最近拍手コメが無記名過多気味でご返事とかで失礼が生じるのではないかと憂慮しております。宜しくお願い致します 
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続・拍手ご返事 ()
2011-02-03 19:48:58
>MINAMIさん
またまた深いお話有難うございました。いちいち同感の内容ばかりです。私だけ拝読するのではあまりに勿体無いと思うのですが如何でしょう。次からは是非ブログのコメ欄に投稿して一般公開してくださいよ。

クリスとアドリアンが絶対混じり合わない水と油でありながら、それでもいつの間にか影響し合って、その類似性の故にまた憎み合わざるを得ない・・んん、ちょっと違ったかな(笑)
ほんと二人の関係は多重構造ですよねー

クリスがクワドレスであることに強い劣等感を抱いているだろうというのは私も同感です。
ただ、彼はクワドなしでも『それ以外の』ジャンプを決めさえすれば、相当のところまで行けるんですよ。彼の問題はクワドではなくて『ただの』トリプルをここ一発で決められないってことに尽きると思いますね。そういう意味で記事のここの部分はちょっと現実に即してないと感じました。ここまで書いてきて、事に依るとクリスがそういう言い方をしたのかなあ、とふと思った本当の傷を見せないために・・なんて考え過ぎ?

>鏡の自分を受け入れるのは二十代の青年たちにとって、しんどいことなんでしょうね。

本当に名言です。これは私もずっと考えてきました。難しいんでしょうね・・

>日本の選手が自宅用リンクを持っているという文章にびっくりしました。

そうそうこれこれ、なんとかしなきゃと思いながら忘れてました
この『自家用』ってのは'egna'='own'の訳なんです。間違ってるよねと思いつつ他に良い言葉が浮ばなかったもんで・・
決して自宅にリンクを持ってるという意味ではありません。自分達専用のリンクがあるの意です。SWEではホッケーリンク借用だからそれとの対比でしょう。驚かせてどうも申し訳ありません。
日本選手の状況がどうかもほとんど知らないですが、そういうコンテクスなら事実に即しているんでしょうかね?
尚SWEの状況については後からまたクリスの日常ルポとしての描写があります。

ではまた
次は是非こっちに書いてくださいね、MINAMIさん

というか、出来ればなるだけ多くの方にこっちに書いていただきたいな。読めるのが私だけなんてほんと勿体無いですもの
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2011-02-04 13:33:20
けーこさん

ご助言有難うございます!
何年ファンしてても基本的に勉強する気が薄いもんでさっぱりフィギュアの知識が深まらなくて、しかも適当な日本語訳がわからないというのもあるので、私の翻訳はいつも非常に危ういです。間違いを指摘して頂けるのは本当に感謝です。

仰るとおり、あそこはクワドループではなくクワドラプルなんですね。さすがの私もあれがクワド・ループでないのぐらいはわかりましたが、どうカナ振るのかわからなくて。ならそこで立ち止まって調べるべきなんだけど、根がいい加減なもんでそのまま通りすぎてしまいましたま、私っていつもそんな感じです、申し訳ない。
自家用と共に早速訂正させて頂きます。これからもチェックお願いしますね。

>クワドについてですが、話の流れ的に、旧採点時代のことではないでしょうか?たしか、当時はSPでクワドレスはその時点で0.6くらい技術点を引かれ、連動する芸術点も知れているという状況だったと思います。

ははあ、そうでしたか。当時はクワド入れて当然状態だったってことですね。これはちょっとびっくりです。その頃も観戦はしていましたけど、点数の付け方とかには関心がなかったので知りませんでした(ま、それを言うなら今だってたいして関心あるわけではないのですが
それなら昨シーズンまでのクワドレス状態をプル様たちが嘆いたのも頷けるなあ・・(と今更に納得)

ただ、当時のクリスはそういうレベルで云々するところまでも行ってなかったんじゃ?って気もしますけどね・・

貴重なアドバイス本当に有難うございました!
これからも是非間違いに気づかれましたら宜しくお願いします。背景の補強情報も大歓迎です。
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またまた拍手 ()
2011-02-04 16:02:53
レラさん

なるほど、シュル太のあの性格は次男坊の典型
では、という御意見ですね。
確かに我が家のクリス(次男)も言いたい放題やりたい放題の気まぐれ君で、最近やっとちょっと落ち着いてきてホッとしているところです。長男が優等生で生真面目で責任感が強くて頑固でそれでいてかなり内気(お、こっちも誰かを連想させるな)なのとまさに正反対。

しかしですね、次男坊のもう一つの特徴は、人間関係に長けていることじゃないかと思うんですけど如何?我が家をみてもまわりの家庭をみても、一様に人との付き合いが苦手なのは生真面目な長男のほうで、次男は好き勝手をやりながらも愛されて、いつも友人に囲まれてワイワイやってるというイメージです。むろん例外もあるだろうし、一概には言えないでしょうけど。

ですから、アドリアンが次男坊的な奔放さがあるにも拘わらず孤独、というか持ち前の奔放さを人間関係ではマイナスにしか使えないというのがやっぱりひっかかります。成長過程でなにか満たされないものがあったんじゃないかと。

記事の終盤でアドリアンの経済的困窮にも言及されてるんですけど、放蕩でもしてるならいざ知らず、アスレートとして世界一を目指ししかも既にかなりのところまでいっている子供が経済的に困っているんだから、普通の親なら大なり小なり援助しようとするのが当たり前なんじゃないかなあとかね・・

きっとファンの方たちは彼の家族の状況もある程度ご存知じゃないかと思います。出来ればそのうち教えて頂ければと。
さもないと、私の中ではどんどんシュルタイス家の親世代に対する不信感が深まるばかりですので(笑)
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2011-02-08 14:57:13
レラさん

ご返事遅くなりました。
一人の人間を形成するものが何かなんてなかなか簡単に理解できるものではないですよねー。

私も同様に、アドリアンは結構イメージを強調するお芝居をしているんだろうと考えていたんですけど、最近こりゃどうやらあれが彼の素みたいだなと思えてきました。それを人が面白がってるのに気づいてそれをまた面白がってるとこはある気がしますが(笑)

不幸というとちょっと御幣があるように思います。彼らはなんのかんの言っても例外的に幸福な人たちですよ。逆境では如何でしょう。シュル太は逆境に喧嘩を売る、べるは淡々と受け入れる・・なら当たっている気がします。
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