氷の孤独その７

孤独　アドリアンは僕にとってフィリップの代わりにはなり得ない。二人のライバル関係は違う種類のものだった。僕とフィリップは一緒に成長した仲だもの。
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私は28歳で最高の成績を出せるものだろうかと問うた。
「どうだろうね」と彼は言う。「多分まだ誰も試したことのないことだろうから。続けると決めるまでには随分迷った、でもやるとしたら今しかないからね。三年後ではやりたくても出来ない」
夏の練習でほとんどクワドが決まったことがあった、が、その後はより簡単なジャンプの安定性を優先させねばならなかった。シーズンに入るのが遅れたため、プログラムを『自動操縦で演じられる』までに身につける暇がなかったのだ。が、ユーロとワールドの決着がつく春までにはものに出来ると確信している。
「問題なのは、今ナショナルまでになんとか纏め上げなければ、春にお目見えするチャンス自体がないってことなんだ」
彼はブレードカバーを外して氷上に出た。軽いスピンやステップ、ジャンプをしながらウォームアップのラップを数回った後、リブからＣＤ盤を取り出してＰＡシステムに入れた。すぐさまスピーカーから映画Amelie from Montmantre の挿入曲、Yann Tiersen のComptine d’une Autre Été が響き渡る。
プロラムの只中に、ホッケーブースから女性の声が聞こえてきた。
「いいわ、クリストファー、とても良いルッツだったわ！」
アンドレア・ドハニーはクリストファーを、彼がスケートを始めた頃からコーチしてきた。が、彼女にはがらんとして冷え切った、汗の臭いの漂うプック痕だらけなリブのリンクよりも、アスペンのスキー・ホテルのほうが似合いそうだった。黒髪を後ろに梳かし付けてかっちりした髷に結い上げ、真珠のネックレスとムーンブーツ、そしてMonclerのダウンジャケットを身に纏っている。
スピーカーからはSmoothe Criminalが流れ始め、氷上のクリストファーはスピンやジャンプに腰の動きを織り交ぜて、マイケル・ジャクソンのレパートリーを蹴り出した。
私はアンドレアに、彼最後のナショナルについてどう思うかと問うた。
「クリストファーは全て完璧に出来る（力を持っている）」と彼女は言う。「だけど、試合で時々調子が狂うのよね。変な考えがあれこれ頭に浮びさえしなければ、巧くいくんだけど」
それについて二人でよく話し合っているのか？
「ええ、でも残念ながらここ数年で彼、かなりの数の悪い滑走をしてしまってるから。以前の彼にはとても大きな器があった、もっと上にいけなかったのが残念よ。でも最大の原因は怪我なの。これ（フィギュア）は身体に良いスポーツじゃない。年をとればとるほど、また痛みを感じたり怪我するのを恐れて誤った動きで補おうとするようになる。彼がジャンプに弱いのはそのせいなのよ。トリプル・アクセルを注意深く跳ぶなんて出来ないから。恐怖心を取り除くには長い手続きが必要なの」
一時間氷上で練習した後、クリストファーは両手を膝においた前屈みの姿勢で暫く滑った。顔を顰め、荒い息を吐きながら右足に手をやる。
「脚のつけ根に負担が掛かり過ぎだ。思う存分のジャンプが出来ない」
その後、陸上ハウスへ向かう急行バスの中で、運転手から隠れてこっそりサンドイッチを食べているクリストファーに、私はアドリアン・シュルタイスとのライバル関係についてどう思っているのかを聞いた。
「うん・・そうだな、それはむしろ・・彼は今でも僕が点を貰い過ぎだと思っているかも知れないね。でも、試合の時はいつだってそう感じるものなんだ。だって勝ちたいからね。人はそれぞれだけど。ま、こうは言っても良いだろうな：彼は僕よりずっと若い。登場した時は才能に溢れてもいた。だけど、僕は一度も、なんて言ったら良いんだろうな・・彼がメディア相手に言ってきたようなこと、僕なら絶対言わなかっただろう」

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