エスペラントな日々

エスペラントを学び始めて25年目である。この言葉をめぐる日常些事、学習や読書、海外旅行や国際交流等々について記す。

エスペラント文を大量に読む

2005-05-10 | エスペラントの学習
 「従軍慰安婦は、韓国の親たちがお金のためにその娘を売ったもので、売春婦にすぎない」といった内容の醜悪なエスペラント文が日本エスペラント学会の月刊機関誌「エスペラント」に掲載されたのは、1998年8月であった。もちろんエスペランティストにも言論の自由があるから何を書いてもよいのだが、韓国の友人のメールではじめてこの記事について知ったとき、私は恥ずかしいと思った。日本の代表的なエスペラント雑誌にどんな記事が掲載されているのか知らないままに、外国人と交流するわけにはいかないと思った。
 1999年1月頃から、私は入会以来2年分の「エスペラント」誌の、エスペラント記事を読み始めた。これをきっかけに、私はエスペラント文をどんどん読み始めた。「Esperanto en Azio」(アジアのエスペラント)という季刊の小さな雑誌を創刊号から三十数冊取り寄せ、月刊文芸雑誌「Riveroj」(リベーロイ)をこれまた創刊号から約二十冊を取り寄せて読んだ。この年の発行分やその他の本も含めて、1年間で2,000ページを優に超える量を読んだことになる。まだまだ語彙が不十分なこのころとしては良く読んだと思う。
 「エスペラント」誌には時々ひどく難しい文があって、Niftyのフォーラムで教えていただいた。社会的な評論やエッセイ、エスペラント運動やその報告、学習読み物など内容は多岐にわたる。「アジアのエスペラント」には、アジアのいろんな国からの報告や手紙が掲載されていて興味深かった。エスペラント文は比較的易しくて読みやすい。年3回になったが、いまも発行が続いている。「リベーロイ」は文芸誌なので、原作や翻訳の連載小説、詩、文芸評論などが中心で、絵物語のようなものもあった。残念ながら、99年11月号を最後に廃刊になってしまった。
 ともあれ、エスペラント学習の3年目は、この大量の読書であった。人生の3分の2を過ぎた私の硬い頭にはなかなかエスペラントの単語が定着しない。いまでもそうだが、おかげで一つの単語を何度でも引くことになる。「エスペラント小辞典」はボロボロになってしまった。あまり自慢できることではないが、いま使っているのは2冊目である。最近はエスエス辞典もよく使うが、「小辞典」は離せない。しかし、それでも語彙は少しずつ増えて、この年の終わりには読むスピードも上がり、普通の会話が何とかこなせるようになっていた。

   写真は「緑の学校」宿泊棟(信州高遠少年自然の家)
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1 コメント

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Unknown (lignponto)
2005-05-10 14:05:15
私のブログにコメントありがとうございます。今は、遅いGWです。連休が終わったらまた勉強を始めます。

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