山を見れば、その山の名前が知りたいし、花を見たら、その花の名を知りたい。これはごく普通のことかと思っていたが、たいていの人は、名前にこだわらないようだし、知らないことに頓着がないようだ。まして、自分の住んでいる地域の地形や水路のことなどについては、ひま人の気にすることで、こだわることなどないようだ。しかし、わたしは、「言葉」と「指示物」とをいつも明確にしたくてならない。単に「国語」の教師だからではなく、探求心が人一倍強いからかも、と良いように解釈しているが……。
この西宮市の夙川近くに転居して3年、長年暮していた芦屋市との微妙な違いにも大分慣れてきたが、芦屋と西宮の間は、意外に高低差のある地形と、いくつかの水路が複雑に絡み合うようにあって、とても探求心をくすぐるものがあるのだ。市境も入り組んでいるし、震災後の復興で、かなり改変してしまったところも多い。散歩するのには、なかなか風情もある適地でもある。
夙川は整備され公園化しているので問題はないが、芦屋川との間に、名前がはっきりしている堀切川、江尻川、宮川と細い水路がいくつかあること、片鉾池、皿池、中池などいくつかの池塘も散在していることはなかなか興味深い。そして、現代の国道や高速道路や鉄道、そして住宅街の整備の過程で、すっかり側溝になってしまい、あるいは地下水路にされてしまい、その存在も分からなくなった川もあることが気になる。その一つ、「森具川」を、今日やっと見つけることができた。それが、わたしの大きな成果のようにも思えるのだ。
小雨の降る中、香櫨園の駅から西に歩き、森具からの道が43号線に入る交差点のところから、ずっと浜まで続く道に沿って側溝がある。まるで水も流れていないので見逃しがちだが、これこそ古い地図にある「森具川」なのだ。やがて甲陽中学のところから海までは、水もある流れになり、堤防のところでまた見えなくなってしまう。西の「堀切川」は水門まであってはっきりしているが……。しかし、43号線から上は、もう地下に隠れてしまい,上の道ばかりが川のように蛇行して、阪急を越え、山の方へ続いている。つまり、夙川の支流ではなく、苦楽園の方に水源をもつちゃんとした川なのである。また、「森具」という地名は、「もりぐ」と読むからわからないが、地名の本を調べると、もともと「夙川」の「しゅく」、それが「しく」「しんぐ」となり、漢字で「森(しん)具(ぐ)」になり、「もりぐ」となったとか。現在の森具公園の西側に、この川の面影を見ることはできる。また、大手前大学を通って、JRを渡り、山手幹線に出るが、そこだけは道が低くなっていて、「谷」であることも分かる。(大谷町の谷とは別のへこみなのだ。)
それがどうした、と言われると答えようもない。古い地図のある「森具川」が分かったからどうだというのだ、と問われても困るばかりだ。しかし、やっと自分の住む生活圏が理解できたようで落ち着くのだ。芦屋も西宮も、六甲山麓に広がる住宅都市、というような一様な捉え方でなく、地形と歴史と街並みがより身近に、親しみ深いものとして把握でき、何か根付くようにも感じるのだ。やっとこの地に存在出来たような安心感もある。(2/28)


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