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馬医者残日録

サラブレッド生産地の元大動物獣医師の日々

修行じゃなくて何て言う?

2014-10-27 | How to 馬医者修行
自分を高めるための努力やその過程、あるいは他者を教え導くための方法を何と呼ぶ?
education 教育はまさしく「教え、育てる」ことだろう。
しかし、ちょっとおこがましいし、堅苦しい。
もっといろいろな表現があっても良いはずだ。
                  -
訓練?
これは軍隊っぽい。
                  -
演習?
これも違う。
                  -
研修?
これは事業としての呼び方だろう。
                  -
育成?
これはかなり感覚的にはいいかもしれない。
ただ、育てる側からの呼び方であって、育てられるほうにとっては受身でしかない。
                  -
成長?
これは目標だが、能動的な意味あいに欠ける。
放っておいても伸びて成長する者も物もあるから。
                  -
こうして考えると、「教育」以外には、そういった教え育(はぐく)むことを呼ぶ言葉がないことに驚く。
これは英語でもそのように思う。
                  -
周囲にその意欲があって、環境が整っていて、何かを犠牲にしなければならないのでなければ、
修行とは呼ばない。
だから、馬医者「修行」なのさ;笑。
///////////
今日は、
黒毛和牛の肩関節OCDの手術の予定だったが、歩きがよくなっている。
手術してかえって悪くなったり、良くならない可能性があるならやりたくない。とのことで手術中止。
そのまま肥育できるなら無理に手術する必要はないだろう。
午後は3歳競走馬の種子骨骨折の関節鏡手術。
脛骨近位成長板を損傷した当歳馬は剖検。
手術はしなくて済むならやらないにこしたことはない。
しかし、やらなければならないなら躊躇せずやらなければならない。
                  -
今年はどの山も林も赤みが強いようだ。


12 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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Unknown (piebald)
2014-10-27 22:21:17
 「修行」、行を修める。
 もしかして、「行」という字に、何かありそうですね。
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Unknown (はとぽっけ)
2014-10-27 23:35:27
 「修業」のほうなのでしょうけど、修行の要素がフンダンにあるように思えます。(笑)
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>piebaldさん (hig)
2014-10-28 05:49:19
そうですね。「行」は仏教用語なんでしょうか・・漢字では広く”do”の意味なんでしょうけど。
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>はとぽっけさん (hig)
2014-10-28 05:53:32
なるほど。修業だと on job training の感じがでますね。学業の修得にも使われるようですから continue education にも合うかもしれません。でも馬医者は修行っぽいでしょ?それじゃあいけないんでしょうけど。
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Unknown (zebra)
2014-10-28 07:40:19
実践practiceで良いのではないでしょうか。前にも俎上に上がった事がありますが。
前を進んでいる方が先導者leaderかも知れませんが、やっていることに継続性があるならすべての段階の人間の共同責任での作業となります。
「教える」などという大言を平気で語る結果に興味がないタイプは、得てして威を借りていたり尻尾が切れていたりします。
臨床家ってフィールドと向かい合っているだけで精一杯で後ろを振り向いてどうのこうの言っている暇はなかなかないと思います。。
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>zebraさん (hig)
2014-10-28 19:00:54
practiceは実践ですが、練習でもあります。臨床だけで上達できれば良いのですが、例えば心臓外科や脳外科でそれをやったら死体累々でしょう?馬臨床も「できなければやらせてもらえない。でも、やらなければできるようにならない。」という時代にとっくの昔になっています。じゃあどうやってできるようになるの、するの?ということなんですけど。
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犠牲 (platinumdragon)
2014-10-29 03:14:27
大筋からズレてしまうかもしれませんが。
修行とは払った犠牲の大きさよりも、得るものが大きいように感じます。ただ、先に払う犠牲になかなか踏ん切りがつかず、躊躇い、断念してしまう。
己との戦?戦って表現もちょっと違いますね。

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>platinumdragonさん (hig)
2014-10-29 17:15:42
修行が得るものが大きいとしたら主体性の高さゆえですかね。しかし、成就しない修行も数多いと思います。

USAでは学生達は自分で教育ローンを組んでmedical school,law school, veterinary colegeに入りますが、7割程度しか卒業できません。教育制度が整っているようでも、犠牲者も出続けているようです。
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Unknown (zebra)
2014-10-31 07:42:04
練習といってもpracticeとtrainingの意味は違うでしょう。
失敗するのは鍛錬が足りないか、パターン化してしまったかのどちらかだろうと思います。
センスに依存するのは普遍化されないでしょうからいけません。
出来るといった人間が出来る、興味のある人間がスペシャリストではやはり死屍累々で、普遍化されている技術には鍛錬してから望むべきで気軽にチャレンジでは業界の信用問題でしょうね。
出来る人間に依存している体制というのも上手くありません。
実はそれが外科屋に綿々と続く本質かもしれません。
自尊心なければ続けられないでしょう。
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>zebraさん (hig)
2014-10-31 18:27:01
いきなりpractice実践あるいは臨床をやったら失敗します。その前に「〇〇」が必要なのです。ではそれを何と呼びます?鍛錬?環境づくり、動機付け、主体性、結果、いろいろな要素が必要ですが、「教育」という以外に呼び方がないというのは実は世間にそのようなものはほとんど存在しないのではないかとさえ思います。
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