愛について・・・。





私はたいした料理は出来ませんが休日のお昼に、
子供や奥さんの為によくおにぎりを作ります。
今日も休みではありませんが作りました。上の写真がそうです。
たいしたものを作れない分見た目は多少考えます。
強く握りすぎるので二人とももっとやさしく握れと言いますが、
変えるつもりはありません。
私が包み込む丁度好いと思う強さだからです。

子供はたいてい『おにぎり』が好きだと思います。
それも自分のお母さんが作ったものです。

以前コンビになどでは海苔がべたっとならない様食べる時に
自分で包むものが主流でしたが、あれは好くないと思っていました。
最近は又、元に戻って人の手で握ったものが復活して色んな種類のものがあり
結構美味しいと思います。
以前から専門店もありますが、長続きはしない様でその内無くなります。
何故かつぶれるのです。

おにぎりが美味しく感じるのはたぶん味だけではないと思います。
子供が好きなのはお母さんの手の中に包み込んで作ってくれた
“手の温もり”と“こころ”
を実感出来るのではないかと思っています。

昔うちに遊びに来た子供の友達にカミサンが作って上げたら
“うちのお母さんの方が美味しい”と言ってました。
味噌汁や煮物がお袋の味なら、おにぎりはやっぱり“お母さんのこころ”です。

同じ様なモノにサンドイッチがあります。
これは、包み込むのでは無くはさみこんで作ります。
だからかどうか判りませんが、お母さんが作ってくれても
特別な感情にはなりません。
パン好きのお母さんゴメンナサイ。批判してませんから。。

だから、包み込むという事が何か特別な気持ちにさせるのでは
ないかと思うのです。お茶を飲むときも手の平に器を包み込んで
嗜むとか、大切なものは風呂敷に包みこんで渡すとかです。

住宅のデザインをする時も同じ事を考えたりします。
その中に住む人が幸せであるよう建物の中にやさしく
包み込んで上げたいとかいう事です。
だから、こころさえあれば必ず住む人に伝わると思っています。
もし住む人が不幸せになったら自分のこころが足らなかったと言う事でしょうか。
使う人にとって多分私は天使です。(自分ではそう思っているだけかも・・・・)
でも、施工する人からは悪魔か鬼のように、かっては云われました。
使う人の幸せの為なら、鬼でも悪魔にでもなってやろうと思っていましたが
最近は歳のせいかやさしくなりすぎましたけど。

建築やデザインの世界では、“神は細部に宿る”と言います。
デイティールを大切にしなさいと言う事です。

世のお母様、そしてこれからお母さんになる女性の皆様、
お昼は子供におにぎりを作って上げましょう。

“愛はおにぎりに宿る”筈です。^^
でも、私はお父さんです。。。
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