広島の人・エポカわ~るど編集日記

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「左右学」と「瀬戸内学」で活躍する元アナウンサー 小沢 康甫(おざわやすとし)さん

2010年06月30日 20時42分39秒 | 日記
今回のエポカわ~るどは、元アナウンサー小沢康甫さんを紹介しました。
 
    

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 小沢康甫さんは長年、身近な左右の謎を調べてきた。その集大成として昨年秋、『暮らしのなかの左右学』(東京堂出版)を刊行、関連の講演活動を精力的に展開している。また、2007年には企画・編集・分担執筆で携わった『瀬戸内海事典』(南々社)を出版、今年7月からは「探訪・美味しい瀬戸内~食べもの紀行~」と題した講演も始める。その他、異業種交流会「へそ曲がり倶楽部」を2001年4月から運営し、現在、世話人代表を務めている。趣味は郷土玩具の収集で、その数は約1千点にのぼる。
 このように小沢さんの活動は多彩だが、中国放送時代の活躍ぶりも個性的で興味深い。本日は、その足跡を中心に取材した。

 
詳細⇒http://www.epocaclub.com/

<コメント>
 小沢さんの略歴を紹介すると、
○広島県内の小中高校を卒業後、慶応大学に入学。大学を卒業すると関西の銀行に入ったが、水が合わず2年半ばかりで退社。
○RCCのアナウンサー募集、約200人の応募者のなかで小沢さん一人だけが合格。
○3年過ぎたころ、ラジオの新番組「なんでもジョッキー」のパーソナリティーに抜擢される。
○それから4年後、配転願いを提出。テレビ制作部へ。
○番組制作に生きがいを感じていたが、9年後、報道部へ配置換え記者となる。
○2年半経ってから、今度は松山市に開設されたテレビ局へ出向。
○2年後広島に戻り、人事部長、財務部長、報道センター長などを歴任。
○その後、制作現場への配転希望を提出。ラジオ番組の担当へ。
○4年後の2007年退職。

上記略歴から見ても、小沢さんは並みのサラリーマンではない。次から次へと新しいことに挑戦、大きな足跡を残していく。

「若いうちから、自分にはこれしかできない、と分野を固定することはありません。若さは限りない可能性を秘めていると思います。いろいろなことに挑戦すべきです。上司から仕事を振られたら、嫌がらずにやってみることです。それが眠っている能力を引き出してくれるかもしれません」
 この言葉は、彼の人生観であり生き方だったのだろう。

 
ジャンル:
文化
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