平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

銭ゲバ 最終話

2009年03月21日 | その他ドラマ
 録画していた「銭ゲバ」最終話を見る。
 見事な緊張感の1時間。
 
 迫るダイナマイトの導火線についた炎。
 死を前にして風太郎(松山ケンイチ)が見たのは<もしも……の世界>。
 もし金に囚われずに生きていたら……。
 子供が出来て見送ってくれる家族がいてまわりにはたくさんの人がいる。
 挿入される<幸せ>の文字。
 風太郎はこんな幸せを求めていた。
 だが求めて得られなかった幸せ。
 地獄の道を歩んでしまった人生。
 風太郎の胸に去来するのは哀しさ。

 導火線が迫り風太郎は命乞いをする。
 あんなに絶望していたのに生きることに執着する。
 風太郎はまだ人生を捨てていなかった。

 しかしダイナマイトは爆発。
 風太郎は死んだ。
 だが風太郎は死んでまわりの人の記憶に刻まれた。
 死んだ風太郎と酒を酌み交わす父親。
 定食屋には風太郎の手紙が額に。
 彼らの記憶の中に生き続ける風太郎。
 いささかセンチメンタルなエンディングだ。
 
 なるほどねえ、こう結論づけたか。
 言いたいことは<金に執着するな><風太郎の地獄の人生を教訓にせよ>。

 だがここで驚くべき展開が!!!!!!

 時間はさかのぼり、再び小屋の中の風太郎。
 風太郎はこうつぶやく。

 『オレは間違っていたとは思わない』

 何と今回のほとんどの時間を使って描いてきたことの完全否定!
 風太郎は家族がいて友人がいる<幸せ>など求めていなかった。
 死の間際になっても世の中を憎んでいた。
 そしてこう挑発する。
 『この世界に生きてるヤツはみんな銭ゲバだ。
  気づかんフリして飼い慣らされたブタみたいに生きてるだけの話ズラ。
  それでよきゃ、どうぞお幸せに。
  俺みたいなヤツは次々生まれてくるズラ。そこら中、歩いてんだぜ、銭ゲバは』

 作者はふたつの結論を用意し視聴者に委ねているのだ。
 <風太郎は最期で後悔したのか、後悔しなかったのか?>

 後悔したと考える人は風太郎が夢想した様な人生を送る。
 家族がいて友人がいる人生。
 出勤の時に奥さんと子供が見送ってくれる人生。

 後悔しなかったと考える人は世の中を恨んで生きていく。
 銭ゲバばかりの世の中に戦いを挑んでいく。

 僕は小市民なので前者の結論をとるが後者の結論も引っかかる。
 完全に否定は出来ない。
 ラストに考えさせる結論を持ってきたことで、この作品は見事な秀作となった。


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ありふれた奇跡 最終話

2009年03月20日 | 恋愛ドラマ
 「私はひとりではない」
 ラストの藤本(陣内孝則)のせりふ。
 これがこの作品のすべてを物語っていますね。

 描かれていたのは真っ正面から自分や他人に向き合えない人達。
 加奈(仲間由紀恵)と翔太(加瀬亮)はそれぞれのコンプレックスから自信がなく他人と向き合うことがが出来ない。
 まわりの家族は家柄、職業、子供が出来ないことなどの色眼鏡で他人を見てしまう。

 四郎(井川比佐志)もそうでした。
 厳しい世間の風にさらされてきた四郎は人を信じることが出来ない。
 おそらくその人生は信じては裏切られるの連続だったんでしょうね。
 いくら善良な人間であっても風が変われば人は裏切る。
 神戸(松重豊)への言葉は四郎の人間観そのもの。
 加奈との結婚だっていずれは裏切られてつらいめに遭うと考えてしまう。

 それに対して翔太。
 「用心のしすぎだよ。それじゃずっと独りじゃないか。誰かに心を開くってことがないじゃないか。なに怖がってんだ。やってみればいいじゃないか」
 こう言えた翔太は強くなりましたね。
 「やってみればいいじゃないか」と言えるのは、四郎に言わせれば人生経験の少ない若造の言うことかもしれませんが、とりあえず前に進もうとしている。
 これに対して四郎も親戚の前で正直に自分の想いをさらけ出した。
 <自分は不信の中に生きてきたが、もう一度信じてみたい>
 ハダカになった四郎。
 だからまわりも受け入れてくれた。(「いいお話でした」と感想を漏らした八千草薫さんのおばあちゃんがいい感じですね)

 そしてラストの四郎のシーンは感動的。
 神戸の家族に囲まれて写真を撮る四郎。
 その笑顔。
 もう一度人を信じようと思わなければ得ることができなかった笑顔。

 そう言えば藤本も赤ん坊と母親と写真を撮っていました。
 <他人といっしょに笑顔で写真を撮る>
 これが人生における素晴らしい一瞬なのかもしれませんね。
 この瞬間のために人はがんばって人と人の絆を作ろうとしているのかもしれません。

※追記
 加奈と翔太のお父さんの秘密って<女装趣味>だったんですね。
 これこそありのままの人の繋がり。
 この絆は強い。


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相棒 「特命」

2009年03月19日 | 推理・サスペンスドラマ
 絵から読み取る犯罪の真実。
 天井から垂れ下がっているロープ。
 血を流して死んでいる女性。その傍らで嘆いている男。
 包丁らしきものを持っている男。
 そして注意してみるとネズミが見える。

 推理ドラマとしてはこの絵に描いてあるとおり。
 <自殺でもあり他殺でもある>
 <殺された女性には保険金>
 あまりひねりはない。
 ただ「ダビンチコード」の様な絵画ミステリーを見られて満足。

 今回のポイントは新相棒・神戸尊(及川光博)。キャリアの秀才タイプ。
 右京(水谷豊)とどう絡むか?

 まず最初の洗礼は尊の質問。
 「こんな所で何をしているのか?」という尊の問いに「ここに来た経緯であなたはある程度わかっているはずだ」と答える。
 そこで言い直す尊。
 「どんな事件なんですか?」
 細かすぎる右京さん。
 おまけに「杉下警部ですか?」と携帯で話したのを区長の小池(前田吟)に聞かれて「刑事であることがばれた」と指摘される。
 ちょっと尊はかわいそう。

 ふたつめの洗礼は熱狂的に語る右京さん。
 ただの絵に事件を見る右京にバカバカしいと思う尊。
 そんな尊に右京は「絵を描いた毅一は目で見たことしか描かないこと」などの理由をまくしたてる。
 自分の世界に入って熱く語る右京さんは尊には<変人>に見えたでしょうね。

 最後の洗礼は犯罪に容赦ない右京さん。
 右京が見過ごせばすべてが幸せになったかもしれない今回の事件。
 尊は「世の中には見過ごされている犯罪があるのに不公平」と感想を漏らす。
 言い方は違うがこの優しさは亀山薫に通じるもの。
 仕方なく罪を犯してしまった人間への同情、優しさ。
 だが右京の信念はこう。
 「真実はつらいが受け入れれば前に進める。偽りは人の心を硬直させやがては殺す」
 罰せられることを免れても犯した罪は残り、やがては人の心を壊すというわけですね。

 この新コンビ、今後の活躍が楽しみ。


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バタリアン4

2009年03月18日 | 洋画
 以前ゾンビというモンスターの怖ろしさについてこう書いた。
・集団、数の怖ろしさ
・倒しても倒しても増殖してくる存在の怖さ
・思考がないことの怖さ、食べるという本能のままに生きる怖ろしさ

 考えてみると生殖でなく噛みつくだけでゾンビになってしまうのだからその増殖力はネズミ以上。
 また本能のままに生き死を怖れないというのも画期的だ。
 人間の対極をなす存在。人間は理性的に生き何よりも死を一番怖れていますからね。

 この様にゾンビというのは作家にとって魅力的なモチーフ。
 ゾンビは様々な形をとって我々の前に現れてきたが、この「バタリアン4」もそう。
 ゾンビの物語の発展型。
 どの様に発展させたかというと
 <ゾンビの軍事利用>
 ただし増殖力は強いが戦闘能力は噛みつくだけで皆無(さらに動きものろい)なので何と<メカゾンビ>を作り出した。
 ゾンビにメカを装着させている。
 男の方は重機関銃、女の方はなぜか円型のチェーンソー。
 アーマーも着いているので多少銃で撃たれても倒れない。
 いろいろ考えるものですね。
 ただしこの武装ゾンビ。ゾンビというよりはむしろロボットに近い存在。
 だから「ゾンビ」の怖さとは少し違う。
 製作側もこの点には気づかなかったか!
 もっとも僕は冒頭のシーンでゾンビが「ブレイン、ブレイン(脳ミソがほしい、脳ミソがほしい)」と叫んだことで興ざめしてしまった。
 ゾンビは言葉をしゃべったらいけないのだ。
 言葉は理性の始まりですからね。もし「死」という言葉を覚えたらゾンビは死を怖れるモンスターになってしまう。
 この点、このスタッフはゾンビがわかっていない。
 そうゾンビマニアの僕は思うのでした。

 映画「ゾンビ」のレビューはこちら
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名探偵コナン 14番目の標的

2009年03月17日 | コミック・アニメ・特撮
 トランプになぞらえて行われる襲撃事件

 目暮十三 ……13(キング)
 蘭の母・妃……12(クイーン)
 阿笠博士 ……11(ジャック)~士の文字が11に読める。
 辻弘樹  ……10~辻の文字の中に十。
 旭 勝吉 …… 9~旭  〃   九。
 沢木公平 …… 8~公  〃   八。
 小山内奈々…… 7
 宍戸   …… 6~宍  〃   六。
 毛利小五郎…… 5
 P・フォード… 4~フォードでフォー。
 白鳥任三郎…… 3
 仁科   …… 2
 工藤新一 …… 1
 容疑者は小五郎に恨みを持つトランプのディーラー村上丈~ジョーカー。

 ミステリーに通じている人ならこれに隠された真犯人の意図はわかる。
1.真犯人は村上を犯人に見せかけようとしている。
2.13の事件のうちいくつかはダミー。本当に殺したい人間がいる。
 木を隠すには森の中に隠せ、死体を隠すなら戦場に隠せというやつだ。

 さてコナン君、どの様にして真犯人を見つけたか?
 今回はイマイチ。
 何しろ殺害現場にたまたま置いてあったジュースを真犯人が倒したことから判明するのだから。
 ジュースの残りが服に付いたというわけ。
 その他、被害者が殺害される時に持っていたワインのコルクが犯人のポケットに入っていたというのもイマイチ。
 ジュースもコルクも偶然の要素ですからね。
 もしジュースが置いてなかったら、コルクがポケットに入っていなかったら犯人は判明しなかった。
 動機の解明もそう。
 ミネラルウォーターを飲ませる。
 これで僕には犯人がわかってしまった。何しろ犯人の職業は……。

 この様にミステリー部分ではイマイチのこの作品。
 しかし「名探偵コナン」の魅力は新一と蘭の恋話。
 今回もAという文字が効果的に使われている。
 犯人に人質にされた蘭。
 新一を意味するスペードのAのトランプを握りしめている。これを持っていれば大丈夫というわけだ。
 恋占いで<Aの予感>と出たことも恋話に一役買っている。
 水の中、溺れそうになったコナン(新一)に蘭はキス。酸素を与えた。
 Aという文字がトランプとキスとでふたつの意味で使われている。
 これは「時計じかけの摩天楼」で<赤>がラッキーカラーと赤い糸のふたつの意味で使われていたのと同じ。
 その他にも母を撃った小五郎の意図などがリンクして恋話を盛り上げている。

 それにしても蘭ちゃん、トランプを握りしめているとは本当にひたむきですね。
 小五郎とお母さんはヨリを戻しそうにないし、一番つらいのは蘭ちゃんです。


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天地人 第11回「御館の乱」

2009年03月16日 | 大河ドラマ・時代劇
★リーダーの条件
 「私は所詮北条の子」「信じていた景勝に裏切られた」
 心が頑なになってしまった景虎(玉山鉄二)。
 華姫(相武紗季)の想いも通じない。
 仙桃院(高島礼子)は「心の氷を溶かそう」とするが……。

 人間こうなってしまうとつらいですね。
 他人を受け入れずひとりであがき谷底へ転がり落ちていく。
 本来信ずべき華姫を信じずに遠山を信じてしまう。
 景虎役の玉山鉄二さんは何かのインタビューで「景虎は自負心が強く純粋すぎた」と評していましたが、「信じた者に裏切られるのはもう沢山」というせりふは彼の銃粋さを現していますね。
 自分が強く美しいから他人もそうだと思ってしまう。
 他人は弱く、ある意味いい加減だということがわからない。
 物事は行き違いや偶然で進行していくことがわからない。

 一方、景勝(北村一輝)。
 自分の弱さを知っている人間。
 だから迷っている。
 「このいくさ、まことに義があるのか?わしが身を退けばこのいくさ終わらすことが出来るのではないか」と迷っている。
 景勝は景虎とは対照的なやわらかい心の持ち主ですよね。
 これでいいのか?自分は間違っていないのかと常に自問している。

 景勝と景虎、どちらがリーダーとしてふさわしいかは議論の分かれる所ですが、景虎の場合は独善に陥りやすい。
 ひとつ自分の決定が間違うと破滅していく。
 一方、景勝の様な人間には自分にアドバイスをくれる有能な他者が必要。
 景勝の場合は兼続(妻夫木聡)。
 今回も「義はあるのか?」という問いに答えたのは兼続だった。

 このリーダー論は昔からありますよね。
 「項羽と劉邦」
 独善的な項羽とまわりの意見を聞いた劉邦。
 最後に勝利したのは劉邦でしたが。

★鬼となる
 今回は2回この言葉が出て来ました。
 兼続と信長(吉川晃司)。
 信長は何と「鬼になること」を怖れていて初音(長澤まさみ)に諭されていた。
 これもリーダー論になりますが、時代を切り開いて何かを成し遂げるには「鬼となる」必要があるんですね。
 他人に恨まれようと自分を貫いていく。
 そう言えば「篤姫」でも大久保さんは鬼になって倒幕を行い明治の体制を作りましたね。
 これが他人や既存勢力を尊重する人間だと大きなことは成し遂げられない。平和な時代なら有能な人材ですが。
 しかし鬼になるというのはエネルギーのいること。
 他人の恨みも買うし汚いことにも手を染めなければならないから精神も消耗する。
 信長が「謙信に止めて欲しかった」と言ったのもそんな理由からかもしれません。

★言葉の弱さ
 <義>でひとつだった上杉家が跡目争いで分断。
 これは言葉というものがいかに弱いかという実例ですね。
 本来なら<義>という理想のもとひとつになるべきなのにそうならない。
 信長は「義は戯れ言」と今回も言いましたが、まさにその通りになった。
 言葉とか理想というものは弱いもの。いずれは変節していく。
 力や実利を信じたリアリスト信長の勝利と言った所でしょうか?

★雨
 今回は雨がうまく使われましたね。
 火縄銃を構える景虎軍。突然降り出す雨。
 ここで景虎は「自分に天の利がない」ことを覚るべきだった。
 あるいは覚っていたのでしょうがやけくそで反対のことをしてしまった。
 仙桃院の雨のとらえ方も面白かった。
 「お館さまが泣いている」
 人によって物事のとらえ方が違うんですね。

 その他、映像的には「毘」と「龍」の旗があがった所はカッコ良かった。
 我こそは謙信の正統であるという象徴。
 それに対する景虎のリアクションもいい。
 それにしても旗があがるとなぜ高揚するのでしょうか?
 われわれのDNAに刷り込まれているんですかね?

※追記
 前回の兼続の行動の理由。
 景勝を跡継ぎにするために「泥を被った」ということらしい。
 しかし知将としてはまだ成長が必要な様。
 結局、後処理が出来ず上杉を分断するいくさにしてしまったのだから。
 本丸を取って事をうまく収めてこそ知将。
 そういう<したたかさ>を兼続は今後持つのだろうか?


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13デイズ

2009年03月15日 | 洋画
 実話(「キューバ危機」)をもとにした物語。

 1962年10月16日、キューバに持ち込まれた核ミサイル。
 キューバは着々と発射可能にする準備をしている。
 もしミサイルが配備されればアメリカ・ソ連の軍事バランスが大きく崩れる。
 何しろアメリカは自分の喉もとに核ミサイルを突きつけられているのだから。
 こんな情況に立ち向かうのは、J・F・ケネディ大統領(ブルース・グリーンウッド)と弟の司法長官ロバート(スティーヴン・カルプ)、それに親友の大統領特別補佐官ケネス・オドネル(ケヴィン・コスナー)。

 実に見事なサスペンス映画でしたね。
 物語の中心にあるのは政治家と軍人の対立・葛藤。
 空爆してミサイルを破壊することを主張する軍人達に対し、ケネディやオドネルら政治家たちはあくまで話し合いの政治的解決をしようとする。
 何故なら空爆をしてしまえばキューバ政府を支援する同じ共産国家のソ連が報復行動に出てしまうからだ。
 その結果引き起こされるのは第三次世界大戦。

 ケネディは幾たびか決断を迫られる。
 軍人からは「ソ連に通じる言葉は”力”、頭を下げさせるのは”力”」と主張される。
 「ひとつ要求を飲めばやつらは図に乗って次から次へと要求をしてくる。ベルリンを寄こせと言て来る」と主張される。
 敵はソ連や軍人だけではない。マスコミもそう。
 マスコミはキューバの情況をスクープし大統領の声明が求めてくる。
 ケネディは「国家緊急事態に関する声明」を国民の前で発表し<海上封鎖>でミサイル発射装置を持ち込むのを阻止すると宣言するがソ連は内政干渉と反発。キューバへの貨物船に潜水艦を護衛につける。
 もし海上封鎖を無視した貨物船を攻撃すれば潜水艦が報復してくる。
 一触即発の緊張状態。
 こんなこともあったミサイルの状況を確認しに行った偵察機が迎撃ミサイルで破壊されてしまうのだ。
 攻撃を受けてアメリカ人が死んだのだから報復すべきだと息巻く軍人達。

 この状況下のケネディの対応は立派ですね。
 マイナスの要素の中、あくまで政治的解決を試みる。
 外交裏ルートを使い、国連を使い。
 大量破壊兵器があるからと言って空爆したブッシュとはえらい違い。(ブッシュの時代はソ連の脅威がなかったから。第三次世界大戦の危険がなかったからだといも言えますが)

 そしてこの情況を現在に当てはめると……。
 北朝鮮の”衛星”発射通告。
 日本は迎撃態勢をとっている様だが、もし近い将来北朝鮮が正式に核ミサイルを配備したら……。
 攻撃される前に攻撃すべしという議論が巻き起こっても不自然ではない。
 そしてこの時日本のリーダーはどんな結論を出すか?
 『攻撃される前に攻撃すべし』という決断を出すリーダーであれば、その決断の前にぜひこの映画を見てほしい。


※追記 
 この作品を見る限り軍人というのは戦争をしたがる人種の様ですね。
 もっとも”軍事力”は彼らのアイデンティティであり、マスコミがペンを使う様に使いたがるのは当然なのですが。
 ただし民主主義国家では軍隊は文民統制であることは忘れてはならない。
 この作品でも指揮権を持つ大統領ケネディの意思に反して攻撃に出ようとした軍人が描かれていた。


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相棒 「悪意の行方」

2009年03月14日 | 推理・サスペンスドラマ
 「悪意の行方」

 ネット社会ならではの事件ですね。
 きっかけは退学になった八木下卓也(春山幹介)の掲示板での女教師バッシング。
 それに久保田優子(原史奈)の復讐と掲示板の閲覧者の悪意が加わって。
 インターネットでは悪意がどんどん増殖し発展していく。(善意が増殖していくということもありますが)
 何しろ八木下の悪意が右京(水谷豊)の監禁にまで発展するのですから。
 しかも幾人もの見ず知らずの人を介して。

 こんな状況ですから現在の警察捜査は大変ですね。
 今までは被害者に関わりのある人物を洗っていけば犯人にたどり着けた。
 しかし今は関わりのない人がネットで結びつき関わっていく。
 警察の捜査範囲は膨大になる。
 動機もそう。
 刑事は動機を洗って犯人を特定できた。
 しかし現在は動機を直接持たない人間がネットの悪意にほだされて犯罪を行ってしまう。
 実に複雑な時代です。

 ラストも気がきいている。
 優子の女教師に対する復讐は根拠のないものだった。
 女教師が万引きをする様に書き込みをしたのは優子の両親の本屋でなくコンビニだった。
 優子の復讐は無意味どころか何も関係のない人を苦しめていた。
 もし優子が女教師を殺害するなどのことをしていたら……。
 根拠のないことに踊らされて人生を台なしにしてしまった優子は笑うに笑えないだろう。
 ネットの情報もそうですが人間の物事の認識って実に頼りない所に立脚している。
 文章は100%を伝えることが出来ない。
 20字前後の掲示板の文章ならなおさら。
 そんな認識を持ってネット社会に生きていきたいですね。

 今回は非常に現代的テーマを扱った意欲作でした。

※追記
 陣川公平(原田龍二)さん。
 思い込みの激しい彼は<人間の認識能力の頼りなさ>を象徴しているキャラですね。
 優子と繋がったことも他に理由があるのに<運命>と感じてしまう。
 「二軒目に行きませんか」と誘って「仕事がある」と断られて失恋したと思ってしまう。
 その点、右京さんは抜群の認識能力。
 ウーロン茶しか飲まなかったことで「仕事がある」と言った優子の言葉が真実であることを見抜いてしまう。

 右京さんは物事を認識する達人なんですね。


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ぼくのバラ色の人生

2009年03月13日 | 洋画
 ぼくは女の子?
 リュドヴィック(ジョルジュ・デ・フレネ)は7歳。
 女の子の服を着て人形遊びをしたい。
 ジェロームという同級生の男の子が好き。

 性同一障害(障害という言葉が気になるが)の男の子の物語。
 人は自我に目覚める時、他と違う自分を発見した時、何とか自分のことを説明しようとする。
 リュドの場合はこう。 
 姉からたまたま聞いた聞いたXY染色体の話(XXは女性、XYは男性)。
 「神様は僕にYを落としてしまったんだ。Yはゴミ箱に捨てられてしまったんだ」
 こういう発想が7歳の男の子らしい。

 物語は自分に正直なろうとするリュドとまわりの葛藤という形で展開していく。
 学芸会の「白雪姫」。
 王子様役のジェロームにキスされたくて白雪姫役の子をトイレに閉じこめ自分が白雪姫になってしまう。
 当然問題に。
 周囲の風当たりは強く転校の要求。
 最初は息子をかばっていたリュドの両親。
 だが父親が会社をクビになり引っ越すことになって「全部お前のせいよ!」と母親に言われてしまう。
 長くのばしていた髪もバッサリ切られてしまう。
 母親にこうされたというのはリュドにはつらいでしょうね。
 7歳にしてまわりに味方が誰もいないことを知ってしまうなんて。

 しかしリュドは周囲の冷たい目に負けなかった。
 自分自身であろうとした。
 自分に真っ正面から向き合っていた。(引っ越しをしてからはさすがのリュドも男の子に甘んじてしまったが)
 このリュドの姿勢は立派ですね。
 多くの人は周囲の目を気にして自分に妥協してしまう。
 自分を貫き通せる人は強い。
 でも自分を貫き通すことは他人との深い理解に繋がるんですね。
 葛藤の末、母親も父親もリュドのことを認めた。深い理解で繋がった。
 もしリュドがうわべだけ男の子を装っていたら仮面の関係。
 リュドの心は満たされず障害となる両親を憎んでしまったかもしれない。

 この作品は自分に正直に真面目に向き合うことの大切さを教えてくれますね。

※追記
 翌日の「思いっきりテレビ」の一万歩の旅をたまたま見ていたらはるな愛さんが出ていた。
 巣鴨のおばさんたちに囲まれて「可愛いわね~」と言われ胸を触られたりして。
 そんな彼女(彼?)は皆に現在の自分を認められている。
 はるなさんがイキイキとしている理由は<自分に正直に生きてまわりに認められている>からなんでしょうね。


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謙信女性説 日本史ミステリー劇場

2009年03月12日 | バラエティ・報道
 先週の「日本史ミステリー劇場」で紹介された上杉謙信。
 謙信はなぜ生涯女犯をしなかったのか?

 一番ノーマルな説は「毘沙門天に帰依する仏門の身」だからという理由。
 次の理由は男色家だったからという説。
 もっとも戦国時代は男色が当たり前の時代(戦場に稚児を連れて行った)。
 だから十分にあり得る可能性。
 兼続が重用されたのは謙信の寵愛を受けていたからという説もあるらしい。

 少し話は「ミステリー劇場」から離れるが、現在の「天地人」を男色の立場からとらえ直してみたらどうだろう。
 たとえば謙信は美形の景虎を寵愛していた。
 結果養子にした。
 でも景勝はそれが面白くない。(彼はブ男であったらしいし)
 だから無口で心を閉ざしてしまった。
 こんなふうに考えてみると今の大河ドラマの人間関係が面白く見えてくる。
 男色の面から歴史をとらえ直してみると新しい歴史解釈が出来るかもしれない。
 
 そして番組のラストで紹介されていたのは<謙信女性説>。
 「松平記」に拠ると謙信は月に一度お腹をこわしていたらしい。
 また越後に伝わる歌。
 「まんとら様は男も及ばぬ大力無双~♪」
 謙信は<政虎>と呼ばれていた時期が長かった。<まんとら様>は<政虎様>と解釈できる。
 またオランダの書物にはこんな記載があるらしい。
 「景勝はTIAの開発した佐渡の黄金を会津に運んだ」
 オランダ語でTIAとは<叔母>のこと。
 記述ミスの可能性もあるが、もし正しければ叔母=女性=謙信。

 こうして様々な説を見てみると歴史はますます楽しくなりますね。
 そして謙信女性説は魅力的な素材。
 どなたかこの素材で小説を書かれる作家さんはいらっしゃらないでしょうか?


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