平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

いだてん 第39回 「懐かしの満州」~敗戦の焼け野原に立った志ん生は言う。「みんな揃って上向いて這い上がっていけばわけないや」

2019年10月14日 | 大河ドラマ・時代劇
「お前、誰だ?」
「美川ですよ~」
「知らねえな」(笑)
 相変わらずの美川秀信(勝地涼)である!(笑)

 よく当る占い師、改め、占いが必ず反対になる占い師・マリー(薬師丸ひろ子)も健在!

 小松勝(仲野太賀)の死というつらいエピソードの中、
 こうした小ネタのギャグを入れて来る所がいいですね。

 どんな状況でも笑って暮らしたい。
 つらい時こそ笑いたい。
 脚本・宮藤官九郎さんの思いが反映されていると思います。
 それは、ソ連がやって来る満州で、志ん生(森山未來)、圓生(中村七之助)の落語会に来た客たちも。
 客たちは言う。
「いっぱい笑わせてくれよ。笑って死にてえんだ」

 美川はたくましいなあ。
 引き揚げのドサクサの中、中国人の格好をしてウォッカを売っている!
 何でもありだな(笑)
 こういうしたたかで、たくましい人、僕は好きです。
 しかも誰にも名前を覚えられていない(笑)

 小松勝の上官の隊長も僕は好きです。
「死にたくないやつは逃げろ! 逃げ続けろ!」
 国のために死ぬなんてバカげています。
 敗戦時の国とは何かと言えば、戦争を遂行した愚かな指導者たち。

 中村七之助さんの演じる圓生は品があるなあ。
 さすが歌舞伎役者。
 立ち居振る舞いがスッとしている。
 引き揚げの混乱、敗戦の悲惨の中でも粋でスタイルを変えない。

 一方、混乱しまくりなのが志ん生。
 酒に逃げ、酔いつぶれて、どうにでもなれ、のべらんめえ。
 髪もひげも伸び放題だし、服もボロ。きっちりした圓生とは対照的。
 行き当たりばったり。
 でも空襲を怖がったり、酒に逃げるあたり小心者なんですよね。
 そんな志ん生が生き残ってたどり着いた境地はどのようなものだったのだろう?
 生死の狭間で見た喜怒哀楽。
 混乱の中で垣間見た人間という存在。
 これが芸の肥やしになって生きてくる。

 小松勝はどうしてあの時、逃げたのだろう?
 逃げれば撃たれるのはわかっているのに。
 表情を見ていると、怖くて逃げてるって感じじゃなかったしね。
 演芸ホールにいる志ん生や客たちを守ろうとしたのだろうか?

 脚本の宮藤官九郎さんは『死んでいる人間』より『生きている人間』に興味があるようだ。
 それが正解だと思う。
 焼け野原の東京に帰ってきた志ん生は言う。

「今は俺たちだけが貧乏じゃねえ。
 みんな揃って上向いて這い上がっていけばわけないや」


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素直に「見事」と言いたい (TEPO)
2019-10-14 18:52:37
これまで私は「上手い」と言いながら、そこには「技巧に走っている」という皮肉のニュアンスもありましたが、今回に限っては素直に「見事」と言いたい思いです。

まず、今回は四三も政治もほとんど出さず―出ても脇役で―孝蔵・志ん生と小松父子を主人公に絞った点が良かったと思います。
「シマちゃん回」もそうでしたが、今回も一つのまとまりの締めくくりのようです。
シマも小松勝も架空の人物だと思いますが、それゆえに目一杯ドラマチックに設定されています。

シマは関東大震災でおそらく亡くなっていますが、四三も治五郎先生も村田富江はじめ四三の生徒たちも皆生き残っています。
つまり、「もしも」シマが四三、治五郎と共に競技場を見学に行っていたならば、あるいは、時間前から「浅草十三階」に行っていなかったならば、助かっていたのに、という状況に設定されていました。

今回も、勝は普通に戦死したのではなく、分隊長の英断により「うまくすれば生きて日本に帰れていたかもしれない」状況に置かれます。
>小松勝はどうしてあの時、逃げたのだろう?
これは私にも謎ですが、はっきりしているのは視聴者に対してギリギリまで「残念な」思いを抱かせている点です。

初回に後の五りんこと小松金治青年が持っていた「志ん生の『富久』は絶品」と書かれた葉書の伏線、何とも劇的に回収されました。

まず、「志ん生の『富久』は絶品」との書き込みは勝の絶筆だったこと。また、

>これが芸の肥やしになって生きてくる。
5代目古今亭志ん生は、満州から生還してから芸が一回り大きくなったと言われているそうです。
そこのところのMissing-link、「生死の狭間の体験」ということでも良いのでしょうが、本作では、孝蔵が「走りに生涯を賭けた」勝の助言を素直に聞き入れたことで埋めています。
マラソンと落語、分野は違いながら、孝蔵は「幻のオリンピックランナー」勝の思いを受け継いだ、ということなのでしょう。

>よく当る占い師、改め、占いが必ず反対になる占い師・マリーも健在!
今回の「死ぬまで、あんた一筋だったようだよ」も見事に―真逆が―当たりでしたが、おりんさん、マリー占いの特性を知らなくてよかったですね。(笑)
この作品は落語 (コウジ)
2019-10-15 09:42:07
TEPOさん

いつもありがとうございます。

この作品、『オリムピック噺』とサブタイにあるように、語り口は落語なんですよね。

なので、今回も「おっ、久しぶり」「お父ちゃん」のやりとりを現在と過去で掛け合わせて締めている。

今回、おっしゃるとおり「志ん生の『富久』は絶品」の伏線が回収されましたが、あらゆる伏線を回収している所もお見事で、観客は「上手いねえ」とうなずいてしまう。
マリーや美川もさりげなく登場して存在感を見せる。

今作は語り口の妙(=技巧)を愉しむ作品なのかもしれません。

シマ、勝の死は、うまく行けば助かったかもしれない命。
なるほど、気がつきませんでした。
何ですかね、この死生観は。
・人の生き死には単なる偶然で、神も仏もいない
と考えているのか?
・人の生き死には神のいたずら
と考えているのか?
答えは前者のような気がします。
人の人生はライク・ア・ロリングストーン。
転がる石のように生きて、成功する人、失敗する人、死んでしまう人、偶然生き残る人がいるだけ。
そこには何の意味もない。
やはり、これは落語なんですよね。
深遠な宗教や哲学ではない。

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