平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

いだてん 第36回 「前畑がんばれ」~すごいな、「がんばれ!」だけでドラマをつくっちゃったよ! マルタ・ゼネンゲルは表彰台で「ハイル・ヒトラー」のポーズ!

2019年09月23日 | 大河ドラマ・時代劇
「前畑がんばれ! 前畑がんばれ!」
 すごいな~
「がんばれ!」だけでドラマをつくっちゃったよ。

 おそらく、僕を含めたテレビの前の視聴者も「前畑がんばれ! 前畑がんばれ!」と心の中で叫んでいただろう。
 作品の中の人物に「がんばれ! がんばれ!」と声援をおくる。
 世の中にはさまざまなドラマ論・ドラマツルギーがあるが、
 ドラマというのは実はシンプルで、「がんばれ!」とただひたすら作中の人物を応援するものなのかもしれない。

「がんばれ」は秀子の亡き父母とのシーンでも。
「がんばれの他に言うことないの?」
 と問う秀子に対し、母親は、
「秀子が生まれたことが母ちゃんの人生。
 秀子は母ちゃんの金メダルよ」
 父親は、
「秀子はがんもだ」(笑)
 これで3人は笑うが、最終的に父親と母親が言う言葉は、
「秀子、がんばれ」(笑)
 でも、この「がんばれ」は一方的に秀子に押しつける他人事の「がんばれ」ではない。
 秀子といっしょにがんばるという当事者の「がんばれ」だ。
「がんばれ」にも、いろいろあるんですね。
 
 表彰式のシーンはなかなか象徴的だった。
 泣いて喜ぶ前畑秀子(上白石萌歌)の背後で、マルタ・ゲネンゲルは「ハイル・ヒトラー」のポーズ。
 マルタの心の中はどうだったのだろう?
 ヒトラーの期待を裏切ってしまった恐怖、不安、申し訳なさ。
 自分の喜びや悔しさでなく、気持ちはヒトラーや国家に向いている。
 アスリートは自分の喜びのために戦ってほしいな。
 国家は二の次、副次的なもの。
 個人のがんばりが、みんなに力や勇気を与える。
 前畑秀子のような姿こそが、スポーツであり、オリンピックだろう。

 通訳のヤーコプも哀しい。
 日本語を話せるだけでも希有の人材なのに、ユダヤ人というだけで絶望し、命を断たなくてはならない。
 ロサンゼルスオリンピックの日系人ナオミ(織田梨沙)のようにヤーコプも前畑秀子の泳ぎに勇気をもらった存在。
 ナオミは未来への希望を見出したのに、ヤーコプは自殺。
 ユダヤ人(あるいは日系人)という括りで人間を見るから、こうなってしまう。
 ………………

 嘉納治五郎(役所広司)は衰えたな。

 ベルリンオリンピックの壮大さを見て不安になり、東京市や軍部の主張をはね返すことができない。
「単なるお祭り騒ぎではダメです。
 国民の体育の全般的向上を目指し、団体訓練に役立つようにやっていただききたい。
 これが陸軍の総意です」

 オリンピックの根本は『お祭り騒ぎ』『大きな運動会』なんですけどね。
 船頭が多いというのも困りもので、いろいろな意見が入ってコンセプトのはっきりしない曖昧なものになったり、お金を出す声の大きい人間の意見が通ったりする。

 2020年の東京オリンピックも、東京都、JOC、国の体制だが、誰が中心になってやっているんだろう?
 いまだにコンセプトが見えてこないんだけど。
 田畑政治(阿部サダヲ)や嘉納治五郎や副島道正(塚本晋也)ような人物が取り仕切っててくれればいいのに……。


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4 コメント

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全てはベルリン五輪ですかね。 (ロギー)
2019-09-23 19:39:09
前畑とマルタの間には差は無かったと思います。
実際に女子平泳ぎ200メートル水泳は前畑とマルタの一騎打ちで互角でしたからな。
しかし、前畑は己の為に戦って、マルタは国の為に戦った所で二人の勝負は最終的に前畑は金メダルを得たんでしょう。
それでも、競技終了後に前畑とマルタが称え合う姿はノーサイドですな。

ヤーコプの自殺を知った時、やるせない気分でした。
でも、ユダヤ人と知った時、何で彼が常に煮えいきらない態度で常にびくびくしてたのか納得いきました(通訳としての能力は微妙で、はっきりしない奴と思いましたよ。でも、くどかんって何気に出来る奴より出来ない人間とかを出しますよね)
前畑の活躍で勇気を得たナオミと異なって、彼が自殺をしたのはアメリカとドイツの違いですかね。
まだあの頃のアメリカは努力すれば夢がかなうと言う風潮はありますけど。
独裁者ヒトラーの支配するドイツではそんな希望はないですからね。

治五郎爺さん、挙国一致や日本精神を世界にアピールするって、完全にヒトラーの猿真似以前に堕ちましたね。
昔の彼だったら、オリンピックと政治は別だと怒りだして、軍部や東京市の連中に一喝位はした筈です。
それにそもそも、オリンピックの運営に軍人や政治家が口出しするのは可笑しいです。


最後に河野はヒトラーがオリンピックを歪めたと発言しましたが、これは今でも続いてますね。
自分もヒトラーがオリンピックの利用価値を見出してから、可笑しくなった気がしますよ。
そして、来年の東京オリンピックでも、利権に群がるゲスどもはいますからな。
作劇上の見識 (TEPO)
2019-09-23 20:26:28
>「がんばれ!」だけでドラマをつくっちゃったよ。

前畑秀子女史が偉大なアスリートであったことについては誰の目から見ても疑問の余地はありません。
それゆえ、今回は誰もが―私のような臍曲がりでも―「前畑がんばれ! 前畑がんばれ!」と叫ぶことは最初から分かりきっています。

しかしながら、今回の全体を「前畑がんばれ!」一色で終わらせなかった―一部には「前畑がんばれ!」に絞るべきだったとの意見もあるようですが―のは見識だったように思います。
日中戦争開戦、ヤーコプ青年の自殺、治五郎先生の演説が「ドイツ」を「日本」に置き換えただけのナチスの翻案に過ぎないとの副島道正の指摘、そして河野一郎の「オリンピック反対」宣言。
「負の要素」と組み合わせることによってしっかりとバランスをとっていたと感じました。

そうした「光」と「影」とをすべて見通した上で、改めて今回全体を見直してみて「救い」だったのは、泳ぎ終わったマルタ・ゲネンゲルが前畑に「また貴方と泳ぎたい」と言葉を交わしたシーンだったように思います。
おそらく彼女は前畑以上のプレッシャーに曝されていたと思いますので。
ヒトラーの握手 (コウジ)
2019-09-23 21:33:27
ロギーさん

いつもありがとうございます。

>前畑は己の為に戦って、マルタは国の為に戦った
おっしゃるとおり、これではマルタのモチベーションは弱くなりますよね。
おまけに前畑は日本国民の「がんばれ」を体に取り込んで力に変えている。
一方、ヒトラーは仮に「がんばれ」と思っていたとしても、それは「国のためにがんばれ」だったでしょうし。

治五郎先生の変貌の原因は何だったんでしょうね?
僕は老いと不安と解釈しましたが、次回は元に戻って最後の大演説をおこなう様子。
どんなことを語るのか楽しみです。

ヒトラーは国民煽動の天才なんですよね。
だからオリンピックを国威発揚に使うという手法を究極まで突き詰めた。

本文で書き忘れましたが、ヒトラーが田畑と握手したのは、どんな理由からなんでしょうね?
言葉が通じなくても田畑の感謝の思いを理解したのか、いずれ同盟国となる日本人だから利用できると考えたのか。
心中がはっきり明かさないのが、独裁者であり、これが逆に怖いですよね。
ロサンゼルス五輪と対極をなすもの (コウジ)
2019-09-23 21:50:46
TEPOさん

いつもありがとうございます。

光の部分を描きつつも負の部分も描く。
負の部分というのは、ヒトラーの影。
今回のエピソードはヒトラーの影である「ヤーコプの自殺」と「治五郎の迷い」まで描くことで、完結するんでしょうね。
それはロサンゼルスオリンピックのハッピーエンドとは対極をなすもの。
ロサンゼルスオリンピックを輝かしいものとして描くためにはベルリンオリンピックを暗く描かなくてはならなかった。

とは言え、結果、カタルシスが中途半端になってしまいましたよね。
前畑秀子のエピソードは、人見絹枝の時のように、その後の前畑秀子を描くことで完結すると思うので、ぜひその後を何らかの形で描いてほしいです。
ちなみに『いだてん』の公式ツイッターに拠れば、前畑秀子とマルタ・ゲネンゲルは1977年、41年ぶりに再会し、同じベルリンのプールで一緒に50mを泳いだそうです。

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