平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

坂の上の雲 「旅順総攻撃」~戦場における合理性

2011年12月05日 | 大河ドラマ・時代劇
 旅順総攻撃。
 劇中では<肉弾>という言葉が使われた。
 兵隊は弾丸なのだ。物なのだ。
 機関銃が斉射され、砲撃で地煙が噴き上がる。
 鉄条網があり、それを越えても保塁がある。
 保塁を越えても、壁の穴から機関銃。
 こんな中を命令されれば進まなければならない兵隊。
 地面に広がる屍の山。
 これが戦争の実態だ。決してカッコイイものでも勇壮なものでもない。
 恐ろしく、惨めで理不尽な死しかない。

 さて、旅順要塞はなぜ攻略されなければならなかったのか?
 作品中ではあまり語られなかったので書いておくと、要塞のある旅順港にはロシアの旅順艦隊がある。
 これを日本海軍は殲滅しようとしているのだが、旅順湾から出てこようとしない。
 なぜ出てこないかといえば、黒海のバルチック艦隊がアフリカ大陸の喜望峰をまわってやって来るからだ。
 バルチック艦隊が来れば、ロシアの艦隊数は、バルチック艦隊+旅順艦隊の合計になり、日本海軍の艦隊数をはるかにしのぐ。
 戦えば、日本海軍の負けは必然。艦隊壊滅。
 日本海軍が負けて制海権をロシアに奪われれば、満州で戦っている日本陸軍の補給が絶たれる。日本本土から弾薬、砲弾、食料が届かない。
 そうなれば日本陸軍は壊滅。
 結果、日本は敗北。
 半島の先端、満州の主戦場から離れた場所ながら、旅順は勝敗を決する戦略的意味があったのだ。

 というわけで日本にとって旅順攻略は必須であったのだが、乃木希典(柄本明)は正面突破にこだわり、屍を築くだけ。
 日本の命運が乃木にかかっていたと言ってもいい。
 だから、秋山真之(本木雅弘)が直談判に行こうとする。
 長岡外史(的場浩司)が乃木を更迭しようとする。
 そして戦略的には、秋山真之の主張した203高地攻略が正しかった。
 なぜなら大切なのは、旅順港のロシア旅順艦隊を壊滅させること。旅順要塞を落とすことではない。
 旅順要塞にこだわらず、203高地を占拠して観測地にすれば、203高地から旅順湾のロシア艦隊の位置を確認することが出来、旅順艦隊を砲撃することが出来たのだ。

 戦争とは合理性である。
 合理的に考えれば、203高地を落とせばいいだけのことなのに、旅順要塞攻略にこだわった乃木と参謀たちは愚かとしか言いようがない。
 <たくさんの犠牲を払ってきたのだから、要塞を攻略しなければ、死んだ兵士たちに申し訳ない>と考えるのは非合理で愚かである。
 この意味では真之は極めて合理的な人物であったと言えよう。
 被害をいかに少なくして勝つか? 勝たなくても戦略的優位を占めるか? これを参謀は考えなければならない。
 この点で伊地知(村田浩雄)は参謀ではない。
 何しろ28センチ瑠弾砲を「送るに及ばず」と返答したのだから。

 乃木や伊地知のような合理性を欠いた軍人たちは昭和の戦争でも登場し、主流派になる。
 中国との戦争だけで苦労している日本が、戦場を拡大して、アメリカや英国と戦ったこと事態が非合理。
 まあ、これは現在だから言えることで、当時に身を置いてみれば見えなかったことかもしれないが、少なくとも日露戦争の時には真之のような合理的な軍人はいた。


※追記
 また戦争とは数学である。
 先程の兵站(武器や食料の輸送)も数学だし、高橋是清(西田敏行)がロンドンで戦費を集めようとしていたのも数学。
 もっとも高橋に戦費を提供したヤコブ・シフがユダヤ人であったのは人間的である。
 ロシアで迫害を受けている500万人のユダヤ人のためにシフは戦費を提供した。
 同胞を助けたいという思いや感情が、合理的に利益を追求しなければならない銀行家のシフを動かしたのだ。



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15 コメント

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犬死にしてどうする (megumi)
2011-12-05 12:20:48
コウジさん こんにちは

昨夜 リアル視聴しました

戦争ほど勿体無いものはありませんね

太平洋戦争のドキュメンタリーを見ると
軍令部の無謀さ 無知さ 人命軽視などには
腹が立ちます
犠牲が あそこまで拡大する前に
終戦に持ち込むチャンスはあったのに
破滅へと突き進む道を選んだ中枢の人間が許せません

乃木希典無能論もよく目にしますよね
それがどこまで正しいのか 
勉強不足で分りませんが
秋山真之の参謀としての能力の高さは 
間違い無いように思いました
返信する
Unknown (Unknown)
2011-12-05 19:27:16
旅順攻略に関する御意見は、結果を知ってるから言えるだけでは?。
28サンチ砲は、勝利の決定的要因ではなく、WW1のベルダン要塞攻略では、42サンチ砲が使用されましたが、戦争終結まで陥落しませんでした。
公平に見て、旅順要塞攻略成功はマグレ以外の何ものでもなく、乃木の無能より、強運を褒めるべきでしょう。近代要塞攻略は、司馬さんが考えるほど単純なものではありません。

後番組のドキュメンタリーは気にしない方がいいです。調べればすぐ分かりますが、当時の軍はどこでも似たようなもので、昔の日本が特別無能だったわけではありません。それに今の政府の無為無策っぷりを見れば、現代人に彼らを責める資格はないでしょう。
返信する
一年ぶりの司馬ワールド (TEPO)
2011-12-06 02:15:50
>こんな中を命令されれば進まなければならない兵隊。
>これが戦争の実態だ。決してカッコイイものでも勇壮なものでもない。

こうした「兵隊」の描写の比重如何が「戦争賛美」と「反戦」という対立軸の中での作品の位置を決めるのでしょうね。
以前紹介した芥川龍之介の伏せ字だらけの小品『将軍』には乃木に言葉をかけられた白襷隊の一兵卒のエピソードもありました。その後仲間の兵隊たちとのやりとりなどが描かれるも、最後は機関銃の餌食となり正気を失った姿で終わっていました。
公式HPによれば、今回「肉弾」となる兵隊たちを演じるのはただのエキストラではなく、しっかりとオーディションを受け、自衛隊に体験入隊し、当時の軍事についても勉強した人たちだそうです。
「兵隊」の描写に力を入れている姿勢を示すことで「戦争賛美」との批判に配慮しているのでしょう(後番組のドキュメンタリーにもNHKのそうした配慮が感じられます)。
ただ、それだけ力を入れているのであれば、もう少し「兵隊」を描き込んでもよいようにも思いますが。

自身戦車部隊で辛酸をなめた司馬さんによる「明治の軍人は良く昭和の軍人は悪い」という左右両翼から批判を招きそうな視点からすれば、コウジさんのおっしゃるとおり、乃木や伊地知は「昭和の無能な軍人」の草分けということになるでしょう。
昨年放送された「無策の指揮官は殺人者である」という真之の教官就任演説はストレートに乃木たちに向けられている、という構図と理解しました。
ただし目立って無能だというわけではなく(伊地知は機関砲の威力に無知ではなかった)また「一生懸命」でもあった(乃木は誠実に悩み、伊地知は体調不良を押して頑張っている)が、ただ「凡庸」だった(正攻法の常識に囚われていた)といったところでしょうか。
普通の日本人は「一生懸命な人」には優しいので「乃木や伊地知は可哀想」となるところを司馬さんは許さないのでしょうね。
「非凡」でなければ「無策の殺人者」である。
司馬さんが「非凡」の代表選手である真之や児玉源太郎を美化しすぎかどうかは軍事の専門家ででもないと何とも言えないところですが。

高橋是清を通して当時の日本は欧米人にとっていわば「賭け」の対象だったという「経済」の視点-このことを大山巌はしっかりと認識していた-を描いたのは良かったと思います。
またシフが戦費を提供したのは「大穴狙い」ではなく「同朋のため」だったというのも「なるほど」でした。
直後の「世界は複雑だな」という是清の述懐が味わい深く感じられました。
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描写 (コウジ)
2011-12-06 08:58:18
megumiさん

いつもありがとうございます。

>戦争ほど勿体無いものはありませんね

おっしゃるとおり大量消費ですよね。
弾丸や砲弾を消費し、築いた建物や自然を破壊し、戦費を使いまくり、そして命を消費する。

だから、これで大儲けする人もいるわけですが、はっきり言って、普通の人々を巻き込むのはやめてほしい。
戦争をやりたい人は戦争ゲームでもやっててくれればいい。

それにしても、この作品では戦争の描写がドライですね。
普通は、戦友が死んだり、その家族が悲しんだり、お涙ちょうだいの描写があるのですが、戦場を進む兵士たちの上からの描写と戦死者数のナレーションだけ。
賛否は分かれる所でしょうが、こういう客観描写で伝わることもあるんですね。
返信する
反論です (コウジ)
2011-12-06 09:27:18
>旅順攻略に関する御意見は、結果を知ってるから言えるだけでは?

確かにそのとおりなんです。
なので、僕も最後の文章で「まあ、これは現在だから言えることで、当時に身を置いてみれば見えなかったことかもしれないが」と書いているのですが、一方で<過去の歴史から学ぶ>こともあると思うんです。
乃木の失敗は、要塞攻略にこだわったこと。
旅順艦隊を無力化するという目的のためだったら、真之の主張した203高地占拠でよかったわけです。
このことで、我々は<戦場での合理思考の大切さ>を学ばなくてはならないと思うんです。

>28サンチ砲は、勝利の決定的要因ではなく、WW1のベルダン要塞攻略では、42サンチ砲が使用されましたが、戦争終結まで陥落しませんでした。

そうだとしても強力な武器がないよりはマシですよね。決定的な要因にはならなかったとしても、旅順要塞にこもるロシア兵に恐怖心など心理的影響を与えたことは確かでしょう。
それと、<WW1のベルダン要塞攻略>とこの件をいっしょに論じるのはどうでしょう?

>公平に見て、旅順要塞攻略成功はマグレ以外の何ものでもなく、乃木の無能より、強運を褒めるべきでしょう。

マグレ、強運……、こんなもので戦争をされては困ります。
<乃木は強運だったから>
そう総括されたら、あの戦いから何も学ぶこともないわけで。
<神風が吹くから日本は大丈夫>と考えるのと同じ発想ですよね。

>近代要塞攻略は、司馬さんが考えるほど単純なものではありません。

確かに司馬さんの分析・解釈が絶対とは思いませんが、だからこそ、しっかり分析されるべきだと思うんです。

>後番組のドキュメンタリーは気にしない方がいいです。調べればすぐ分かりますが、当時の軍はどこでも似たようなもので、昔の日本が特別無能だったわけではありません。

確かに戦場には、日本軍だけでなく、愚かなこと、無策・無能が溢れていたことでしょう。
愚行、無策、無能……、だからこそ戦争はバカげているのだと僕は考えます。
当時の人々にとってみれば、米英と戦うことは必然だったのかもしれませんが、だからこそ(繰り返しになりますが)現代の人間はあの戦争から多くのことを学ぶべきだと思うんです。

>それに今の政府の無為無策っぷりを見れば、現代人に彼らを責める資格はないでしょう。

確かに今の政府の無為無策は情けない。
しかし、今の政府の無為無策→現代人が彼らを責める資格はない、という論理は飛躍のしすぎでは?

僕は今の政府が無為無策であるがゆえに、再びおかしな時代になっていくのではないかと危惧しています。
返信する
非合理なものが嫌いな司馬さん (コウジ)
2011-12-06 09:56:51
TEPOさん

いつもありがとうございます。

おっしゃるとおり、司馬さんは非合理なものが嫌いなんですね。
おそらく「坂の上の雲」は、昭和の戦争の精神主義、非合理なものへの批判から書かれた。
明治の時代は、真之などまだ合理的な発想をする人間がいたということを描きたかった。
当時の政治家たちも戦争を終結を前提として動いていたわけで、一億玉砕を叫んだ戦中の政治家とは大きく違う。

TEPOさんが指摘されている<一兵士>にスポットライトを当てなかったのも司馬作品らしい感じがしますね。
叙情的なことよりも、対象から少し距離を置いて物事を見る手法。
映画「二百三高地」なんかでは、乃木の息子の死はかなり深く描かれていましたが、ここでは息子の戦死した戦場を乃木が見に行くくらい。
芥川龍之介の「将軍」。
知らなかったのですが、ありがとうございます。ぜひ読んでみます。

それにしてもTEPOさん、作品を詳細に見ていらっしゃいますね。

>「無策の指揮官は殺人者である」という真之の教官就任演説
のことなど、すっかり忘れていました。
この発言が今回の真之の言動に繋がっているんですね。

>「世界は複雑だな」
という高橋是清の述懐も確かに深い。

それと

>普通の日本人は「一生懸命な人」には優しいので「乃木や伊地知は可哀想」となるところを司馬さんは許さないのでしょうね。
「非凡」でなければ「無策の殺人者」である。
司馬さんが「非凡」の代表選手である真之や児玉源太郎を美化しすぎかどうかは軍事の専門家ででもないと何とも言えないところですが。

というご意見にも賛成です。
「一生懸命な人」に優しい日本人。
見事な日本人論ですね。
真之と児玉の美化についても、僕もちょっと引っかかっていました。
返信する
Unknown (A)
2011-12-07 15:15:46
二〇三高地は初期に落としに行ったらロシアの防衛に阻まれて結局旅順要塞と同じ結果になっていたと言われています
後になって攻略が成功したのは北方の第2軍が奮戦して補給能力を絶ったから

ではなぜ補給が断たれるまで乃木は待つということをしなかったのか
それは海軍が早くしろとせっついたからです
ドラマで書かれているように陸軍が勝手に期限を区切ったのではなく、海軍、中央司令が実際にバルチック艦隊が来る予想日時を大幅に早く伝え、情報収集の時間すら与えなかったと言われています


現実には秋山(ドラマ)も児玉(小説)も二〇三高地奪取を最初に進言したという資料はなく
第2回総攻撃の時の威力偵察で二〇三高地の防衛能力が著しく落ちていることを発見した現地の参謀の進言によって実行されたと言われています

二八サンチ砲は結果として旅順艦隊を壊滅させるに至る戦果をあげました
それを送らなくていいといった伊地知が無能と小説には記されています
しかしこれも現実の資料には「海軍から要請された総攻撃には間に合わないが、とにかく送れるものは送ってくれ」という返答があったとされています

つまり乃木と伊地知を無能に仕立てようとした司馬さんの創作がこの部分には多く入っているのです

結果として大量の死者を出した乃木を有能だと言いきるのは難しいですが
むしろ人によっては、その後戦車を持ってしても正面から落とせない近代要塞を「たった3万人の犠牲で」無力化した乃木はやはり有能だったと言う人すらいます
(自分はさすがに有能とまではいえない、と思っていますが)
返信する
Unknown (A)
2011-12-07 15:33:37
追記です

このドラマでは原作坂の上の雲を意識して
ことさら乃木と伊地知を有能な将軍に仕立て上げないレベルにしつつも
原作のようにただただ無能に描き上げることもせず、現代資料を元にした改変をしてあります
(乃木と児玉の会話の「伊地知が弾をくれと言っているのはただ楽をしたいからではない~」の下りなどは原作になく、単純に弾をよこせと言い続けたバカな参謀として原作には書かれています)

そういうのも意識して見ると面白いと思います
返信する
ドラマの描き方 (よしぼう)
2011-12-07 18:30:30
お久しぶりです。

乃木無能論に対する反論については、ほとんど史実に基づいたUnknownさんのコメントに尽きていますが、少し書くと、

今さら補給がどうのと言ってる時点でおかしいと思います。補給は満洲にいる陸軍の重要なポイントなので、開戦前に陸海軍で決定しておくべきです。それを決定していなっかったから、おかしなことになる。これは昭和の戦争でも見られるパターンですよね。

旅順攻略はほとんど海軍側の要請でなされた作戦で、これに何の予備知識もなく投入された乃木や伊地知のつらい胸の内もドラマはなるべく描こうとしているように見えます。

確か「肉弾」という恐ろしい表現もそうしたシーンで使われていたように思います。
それで初めて要塞の様子が分かってきたというように。

それに今回の白眉は、このやりとりでしょう。
「要塞戦は弱点攻撃が大原則じゃ。何故、もっと弱点を探らん?」

「……弱点など……何処にある? わしらは何の情報も持たずに旅順(これ)に挑んだのじゃ。伊地知が砲弾をくれというておるのは楽に勝ちたいからではない。砲弾がなければ兵たちを肉弾として送り出さねばならんのじゃ! これまでの死をムダには出来ぬ……じゃから、この一月、同胞の血を吸った大地を皆で掘り進んでおるのじゃ。それ以外に旅順を陥とす方途はないと信じておる」

「それで勝てるんか……」

「勝たねばならぬ……!」

ここで乃木のつらい胸の内が柄本明氏の見事な演技によって伝わった気がしました。
原作は未読ですが、ドラマは最近の研究も踏まえ、乃木を決して無能の将軍として描いていないことが見受けられます。
また、伊地知が28サンチ砲を断るシーンも、海軍の要求する期限に土台の完成が間に合わないからと、はっきり言っていました。

司馬さんが乃木や伊地知の表す陸軍の「体質」を憎むのは、当然でしょうが、乃木や伊地知がただ無能な軍人ととらえるだけでは、ドラマも本もを見誤る気がします。

返信する
海軍側の責任 (TEPO)
2011-12-07 21:14:20
「A」さん(おそらく最初のUnknownさんとは別の方ですね)及びよしぼうさんのコメントで原作、ドラマ、最近の研究による史実の関係がよくわかり勉強になりました。

要するに司馬さんは昭和陸軍での体験から
>陸軍の「体質」を憎む
あまり乃木や伊地知をことさらに「無能」に描き、他方海軍側の責任をやや隠蔽して真之や児玉を美化していたというわけですね。

ドラマを見ただけで原作や史実に当たったわけでない私としては、お陰様で色々なことがすっきりと見えてきたように思います。
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