平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

レ・ミゼラブル ②~貧しき人々・悲惨な人々

2012年12月31日 | 洋画
 映画版の『レ・ミゼラブル』。
 原作を知っている人は楽しめたと思うけれど、知らない人にはどう見えたんだろう?
 あの膨大な内容を2時間半で描くこと自体が無謀なのだが、ダイジェスト感は否めない。
 ただ、映画版(ミュージカル版)ならではの解釈も描かれている。
 それは<貧しき人々><悲惨な人々>。
 『レ・ミゼラブル』は『ああ無情』と訳されることが多いが、直訳すると<貧しき人々><悲惨な人々>である。
 映画版では、まさに<貧しき人々><悲惨な人々>が描かれている。
 それは
・飢えている妹の子供のためにパンを盗んで獄に繋がれたジャン・バルジャン(ヒュー・ジャックマン)。
・父親のいない子を産んだだけで迫害され、コゼットのために体を売り、髪や歯を売るファンテーヌ(アン・ハサウェイ)。
・そんな貧しい人たちのために立ち上がるマリウスやアンジョルラス。
 ジャン・バルジャンの<愛の行為>に目を奪われがちだが、この作品の底流には<貧しき人々>を作り出す19世紀フランス社会への怒りがある。
 バルジャンは罪人として獄に繋がれたが、彼は悪人なのだろうか? 貧困が彼を追い込み、仕方なくパンを盗むという行為をさせたのではないかと問うている。

 ところで『レ・ミゼラブル』の状況は、別に19世紀フランス社会に限ったことではない。
 現在の日本だって。
 非正規雇用、ネットカフェ難民、年越し派遣村……。
 格差がもっと進めば、19世紀フランスの『レ・ミゼラブル』がこの国にも現れるかもしれない。
 安倍さん、自民党政権は、国民に<自助・自立>を求める政権で、弱者を切り捨てる政策をしようとしているようですけど、頼みますよ、憲法25条で<生存権>は認められているんです。
 <非正規雇用>というシステムを作ったのは、小泉氏の自民党政権ですから、それがもっと極端にならないか心配。

 さて、話を映画『レ・ミゼラブル』に戻すと、<貧しき人々>は決して暗く描かれていない。
 バリケードの少年・ガブローシュは元気でたくましいし、あの悪党ティナルディエ夫妻でさえ、ユーモラスに描かれている。
 ラスト、マリウスとコゼットの結婚式から追い出されるティナルディエ夫妻は、金持ちから金品をスリまくり、どんなことをしても生きてやると宣言する。
 自分たちは貧しいんだから金持ちから盗み取るのは当たり前、どんな手段を使っても生き抜くのは当たり前と考えているようだ。
 この夫妻の生き様は、マリウスたちが特権階級と闘おうとしたのと同じ。
 ただ手段が違うだけ。
 マリウスたちは<革命>によって闘おうとしたが、夫妻は<盗み>や<脅迫>によって特権階級と闘っている。
 そんな彼らは何としたたかで、たくましいことか!

 というわけで<貧しき人々><悲惨な人々>という視点からもとらえ直すことが出来る映画版『レ・ミゼラブル』。
 ネタバレになるので詳しく書かないが、だから映画版はあのラストになる。
 <貧しき人々>は繋がり合うことが出来るのだ。


 レビュー『レ・ミゼラブル ①~愛の人ジャン・バルジャン』はこちら



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