平成エンタメ研究所

最近は政治ブログのようになって来ました。世を憂う日々。悪くなっていく社会にひと言。

風林火山 第2・3回

2007年01月22日 | 大河ドラマ・時代劇
 この物足りなさは何だろう?
 第2話・3話の勘助(内野聖陽)の心のドラマはこうである。

 「どこにも居場所のない勘助が唯一見つけた居場所はミツのいる所」

 故郷に帰っても疎まれる勘助。
 大林の義母は当然、自分の腹を痛めた子を可愛がり、信じていた義父も息子の出世のために勘助の持ってきた首を使った。
 大林の名を捨て、本来の山本姓に戻る勘助だが、今川への仕官はならない。
 逆に今川の福島越前守の裏切りを知ってしまったため、兄から命を狙われることに。
 こうして勘助は故郷に居場所を失った。
 そして甲斐。
 ここで勘助は赤部を斬った男として敵とされている。
 当然、仕官などかなわない。
 ここでも居場所をなくしてしまった勘助。
 唯一の居場所はミツ(貫地谷しほり)。
 ミツは勘助の子を宿しているが、彼はそれを受け入れられない。
「誰の子かわからぬ」と言い、「その命、わしには受け取れんのじゃ」と言う。
 ミツにしてみれば、つらい言葉。
 それでもミツは勘助を愛している。
 勘助の軍配で偉くなりたいという夢を理解しているのだ。
 彼の夢を自分や子供のために潰してはいけないと思っている。
「本当にここにいていいのか?」と勘助に問う。
 そして勘助。
 今まで「誰にも求められなかった」「誰も導けなかった」彼が、ミツには求められている。導いてくれることを求められている。
「ミツを城だ」と言い、「ミツのためにいくさをしたい」と言う。
「人はおのれの求められている場所で生きるのが最も幸せなのだ」と言う。

 以上が第2話・3話のドラマ部分だ。
 物語としては実に感動的なのだが、今ひとつ物足りない。
 原因を考えてみると
 ひとつはその他の余分な要素が多すぎる。
 後の展開のために信虎(仲代達矢)と晴信(市川亀治郎)の対立は描いておかなくてはならないが、晴信がうつけを偽り、自堕落な生活をしたり、板垣信方(千葉真一)が歌を披露する下りは描かなくてもいいし、後で描いてもいい。
 小山田信有も太原雪斎もまだ出す必要がない。歴史ファンなら登場して嬉しい所なのだろうが、普通の視聴者には関係ない。その他の武田の家臣を把握し理解するのに忙しいのに、また新しい人物が出て来て、新しい人間関係が描かれるのでついていけなくなる。
 あとは勘助のキャラ。
 結構ずるい。誠実でない。
 そのずるさがうまく転じれば魅力になるのだが、「ずるさ」ばかりが気にかかる。
 そのずるさの理由は、勘助の「軍配でひとかどの人物になりたい」という夢なのだが、ミツがけなげなだけに、ミツを悲しませてまで見る夢って何なの?それでいいの?と思ってしまう。
 また「ひとかどの人物になりたい」という夢も彼の隻眼、他人から疎まれたことからのコンプレックスから発していることなので、いささか興ざめだ。
 人間くさいと言えば人間くさいなのだが、描かれ方が足りない。
 小山田信有や太原雪斎を描く時間があれば、勘助に使うべきだと思った。


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