平成エンタメ研究所

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宮崎駿 新作に挑む100日

2007年03月29日 | コミック・アニメ・特撮
 NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で放送された「宮崎駿 新作に挑む100日」では、新作「崖の上のポニョ」の最初の1カットが作られるまでが描かれる。
 その創作過程はこうだ。
 「頭の中に釣り糸を垂れる」形で頭の中にあるイメージを絵(「イメージボード」)にしていく。宮崎さんはアニメーター出身だけあって発想はまず絵。始めにストーリーありきではなく、絵ありきなのだ。
 そしてイメージボードを何枚も描いていき、作品の世界、全体像を作っていくのだが、そこで留意するのは「風呂敷を広げること」。決して体裁よくまとめようとしないということ。宮崎さんは「まとまったものはつまらない」と言う。また「何を訴えたいかが明確である作品などいかがわしい」と言う。
 この言葉で僕が最近の宮崎作品に抱いていた疑問が晴れた。
 その疑問とは「宮崎作品の物語は破綻している」「後半は言葉足らずなことが多い」「結局何を訴えたかったのか?」。
 宮崎さんは風呂敷を広げるだけ広げ、小さくまとめようとしないからそうなるのだ。
 発想が右脳であり、左脳で理屈・論理としてまとめようとしないからそうなるのだ。
 宮崎さんは言っていた。
「子供たちが見て面白くないと言われない様にまとめるだけで精一杯」
 『まとめるだけで精一杯』という言葉もそうだが、『子供たちが見て面白い』という点も重要。子供たちは論理・理屈でない右脳で生活している。だから宮崎作品が楽しめるのだ。
 宮崎作品は右脳で楽しめばいい。

 番組では、さらに新作に挑む宮崎さんの創作の苦しみ、葛藤が描かれる。
 イメージボードを描いていく作業ではこうだ。
 なかなか納得するイメージが描けない。
「どこが違うということはわからないが、違うということだけがわかっている」。
 これは凄まじい生みの苦しみだろう。
「どこが違うということがわからない」
 宮崎さんであってもそうなのだ。
 宮崎さんはご自分の年齢のこともおっしゃっている。
「握力は若いころの半分になった」
「(筆圧が弱くなって)昔はHBの鉛筆を使っていたが、今は5Bを使っている」
「頭の中から出て来る(イメージの)蛇口が狭くなっている」
 そして苦闘の末、たどりついた「ポニョ来る」という1枚のイメージボード。
 この1枚のイメージが生み出されたことで、やっと作品の全体像が見えてきたと言う。それまでの試行錯誤と苦しみはテレビの映像を見ている我々にはなかなか伝わらないが、宮崎さんの中では壮絶なものがあったのだろう。
 たった1枚のイメージをひねり出すための苦闘。
 安易な妥協の多い生活を送っている僕などには想像もできないこと。
 そしてそれが一流の流儀ということなのだろう。

 その他には番組中こんなことを宮崎さんは語られていた。
 以下は宮崎語録。
「プロフェッショナルというよりは半分シロウトでありたい。シロウトというのは自分のやりたいという気持ちを大事にすること」
「理想ある現実主義者でありたい。今は理想のない現実主義者が多すぎる」
「今が大事。今の仕事がすべて。過去の作品は直せないし、直したいとも思わない」
「映画は裸になって作る。自分に正直に作らないと、自分にダメージが来る。映画が作れなくなる」
「現実にはできないけど、この一本で世の中を変えてやろうという気持ちで映画を作る」
「僕は不機嫌な人間でいたい。(他人に笑顔など向けることなく)自分の考えに浸っていたい」
 どれも含蓄のある言葉だが、やはり僕が印象に残ったのはこの言葉。

「違うということだけがわかっている」


 

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